この報告では、ケーブルテレビの加入世帯と非加入世帯の調査を通じて、メディア選択によって生じる4つのケースにおける対照グループ間の差異が、どの様な要因で、どの程度の大きさで生じているのかを分析してきた。様々な変数の差の有意性を使って、逆に全体像を再現しようとした訳であり、この点では面白い試みであると思われる。その結果、メディア選択を左右する延べで17個の要因(差異の再現に効く変数)を抽出した。
これらの中で従来にはなく新たに抽出した要因は、夫婦の視聴態度に関するものである。調査の前に予備的に実施したケーブルテレビ加入世帯の主婦に対するグループインタビューによると、加入決定に対する主婦の影響力はかなり大きいことが分かった。この点では、加入は世帯決定であり、世帯主と配偶者の相互関係が現れる局面が強いはずである。テレビを見る態度にそれが現れる可能性がある。このため夫婦のデータを合わせた因子分析を用いて様々な視聴態度を集約し、5つの因子を抽出した。その結果、5つの因子のうちの3つの因子、すなわち「夫・常時走査視聴」、「妻・走査視聴」、「夫婦深夜視聴」が判別の要因としてメディア選択では重要な役割を果たしていることが分かった。これらは換言すれば、夫や妻のテレビ好きの程度と、深夜に夫婦がテレビを見る傾向の強さである。いずれもテレビ視聴における積極性の側面がある。
他方、要因にならなかった他の因子の一つは「妻・計画視聴」である。「見ないときは消す」、「事前に調べてみる」などの節約指向の傾向は、与えられたもので間に合わせる、と言う傾向と相通じ、メディアの選択と言う点では消極的である。もう一つの「夫婦追従視聴」も相手に合わせる視聴態度で、積極的な面は弱い。この様に積極的な因子が選択に効く要因として現れている。
情報機器所有の因子分析を通じて得られた5つの因子は、それぞれが主に世帯主の情報行動を特徴づけるものであるが、そのうちの4つ「ビジネス通信指向」、「電話活用指向」、「高級テレビ指向」、「ビデオ指向」がメディア選択に係わる要因であることは、メディア選択が多面性を持つという点で、興味深い。従来は情報機器所有がケーブルテレビの加入と関係がある点は知られていたが、今回はそれを5つの因子に集約し、かつそのうちの4つがメディア選択の要因となることを示した点が新たな知見である。要因として現れてこなかった「パーソナル情報指向」は、実は視聴態度の「夫・常時走査視聴」とある程度の相関があり、変数選択の過程で後者が優先されている。その点ではメディア選択に寄与を持たないわけではない。この因子スコアはチャンネル・レパートリーと有意な相関があり、この傾向の強い人ほど視聴チャンネル数が多い。この様な点では、興味が持たれる因子である。
他方、分析の過程で現れてきたこの様な傾向は、判別分析の手法の適用限界をも示している。変数間の相関がある場合には変数の選択は単純でなくなるためである。特に採用順位の低い、係数の絶対値の小さい変数の場合、問題が起こりやすい。その様な限界を踏まえて、要因の選択を行うと言うことでもある。
テレビのパーソナル視聴が進展しているが、メディア選択は世帯単位でなされ、そのために夫と妻の諸側面がメディア選択に影響している。この様な点を具体的かつ定量的に示してきた。しかし今回はケーブルテレビのある一地域を選んで調査・分析を行ったものであり、ケーブルテレビの事業には地域性が強く関与することを考えれば、研究としては探りを入れた段階である。さらに今後テレビ・メディアの多メディア化がさらに進展すると見られており、この様なメディア環境から見れば、メディア選択の問題はますます重要性を持つと見られ、多くの研究が期待される。
- 多チャンネル・ケーブルテレビ
視聴チャンネル数の多いケーブルテレビを表す言葉としては、郵政省に定義されている都市型ケーブルテレビと言う言葉がある。ただしこの定義では、地方の区域外再送信を柱としたケーブルテレビ事業も含まれる。ここでは「地上波テレビチャンネル数の多い地域の多チャンネル指向のケーブルテレビ」という意味で、この言葉を使った。- メディア選択後の2つのグループ(例えばケーブルテレビの加入と非加入)の比較であるため、厳密に言えば選択の因果関係を説明するとは言えない。この問題は選択の前と後の調査を行って、はじめて扱うことが出来る。メディア選択後の要因に変化がなければ、因果関係を示すものとして扱うことが出来るが、その変化の有無を知ることは出来ない。因果関係を示す可能性が強い、と言う程度には解釈していいのではないかと思う。
- このデータは所有か否かの1−0のデータである。このデータに因子分析を実施することに対する適合性は、KMO測度は0.63で、優秀、良好、中間、並、不十分、不可の分類では”並”の水準にあると評価されている。
- 名古屋市内のケーブルテレビの加入者と非加入者の間でどの様な差があるかについては、戸村(1992)は次のように述べている。”加入者は、職業は4人に1人が経営・管理者層で、大卒は5割を超え、収入は1,000万以上が5割を超え、一戸建て住宅に住む人は7割に近く、持ち家率は88%に達している”また次のような点では、加入者の方がは有意に高くなっていると言う。
また池田(1995)は、広島のケーブルテレビの加入者と非加入者の分析から、年齢、学歴、収入、イノベーター度(早くイノベーションを採用する度合い)、ハイテク機器所有数、近所のケーブルテレビ加入率推測(高く推測する人は加入の度合いが高い)と述べている。ただしこれらのデータは、視聴行動調査の一環としてなされたものであり、回答者が加入の意志決定に関与する度合いは不明である。
- 若い人の考えやライフスタイルに関心を持っている。
- 一日の世の中の出来事を知らないと落ち着かない。
- 新型のAV機器やOA機器に興味がある。
- 話題の商品や食べ物は、一応見たり試したりしている。
- 色々な情報があるので、物事の判断に役立つ。
- 役に立つ情報を手に入れるためには、かなりのお金がかかってもかまわない。
- ここの判別分析では変数のデータは標準化される。データが標準化された場合、変数は重心からの変化分で表されるので、変化分の方向(+または−)がその変数のどの様な意味を表しているか、を示している。
- ケーブルテレビ加入者のうちでBSを加入理由に上げた者と挙げなかった者の間には、BS受信料のコスト感には有意な差がある。他方、地上波のBS視聴者とケーブルテレビ加入者のうちBSを加入理由に挙げた者とのあいだでは、コスト感には有意な差はない。BSを加入理由としていないケーブルテレビの加入者には、BS受信料への不満が大きいと見られる。
- 相関係数を見ると、コスト感は世帯収入にはあまり関係ない。相関の程度は小さいが、年齢とは逆相関(若年ほどコスト感強い)、視聴態度の夫・常時走査視聴とは逆相関(テレビ好きほどコスト感が強い)がある。したがってコスト感には情報行動面での価値判断が含まれ、高収入ではコスト感が小さいと言う様に単純ではない。
- 電話活用指向の強い人々は、電話コミュニティとでも言える電話ネットワークによる情報交換に馴れている。最近の電話文化の享受者とでも言うべき層である。この種の人々にとっては、電話は自分の情報環境を充実させる一つの手段である。ペイチャンネルも同様な情報環境充実の手段と思われる。なお本調査では、電話活用指向は若者のいる世帯の方が有意に高いが、若者がいない世帯と大きい差があるわけではないことを断っておく。
- 池田謙一(1995)、「ケーブルテレビの加入実態と普及過程」『放送メディアの変容の社会的影響過程に関する研究』平成4、5、6年度科学研究費補助金研究成果報告書 1995.3 PP.7〜17
- 戸村栄子(1992)「多チャンネル型ケーブルテレビはどう見られているのか」放送研究と調査 92年6月号 PP.18〜31
- 西野、戸村(1993)「多チャンネル型ケーブルテレビはどう見られているのか」放送研究と調査 93年12月号 PP.26〜31,PP62〜69
- 八ッ橋武明(1995)「多チャンネル・ケーブルテレビの加入決定と顧客満足」マス・コミュニケーション研究 No.48 1995