2.国策の中の歴史教育
公教育が公権力による教育である以上、公権力の「思惑」が教育内容や方法に入り込むことは自然の流れであろう。「愛国心の涵養」が、しばしば公教育の目標に入るのは、公教育の性格からすれば、善し悪しは別として無理からぬことと言ってよい。
そうした思惑が最も入り込みやすい教科の1つが「歴史」である。日本の戦前の歴史教育において、天皇の神格化を意図する記述の多かったことはよく知られた事実である。国策から考えて好ましくない出来事は、時にはあっさりと切り捨てられる。逆に、国策がらみで国民に訴えたい事柄は、誇大に記述
される。こうした書き方は、「歴史の教科書」が抱え込みがちな問題である。
とりわけ、隣国との関係についての歴史教科書の記述は、愛国心涵養の視点から、しばしば、国策の道具として使われがちである。
3.韓国の歴史教科書
韓国は、小学校が全て国定制、中・高校が検定制である。ただし、中・高も「歴史」については国定制である。「歴史の教科書」の持つ意味はこのことからも明らかだ。日本との関係についての記述が情意性過多であると評されても、あながち間違いではなかろう。鄭在貞氏(ソウル市立大教授)の次のコメントもこういう実態についてである。
【抜粋】 日本の教科書は事実を淡々と書いているのに対し、韓国の教科書は「日本帝国主義の過酷な弾圧に反抗して……」といった感情的な記述が目につく。これは韓国側の良くない点だ。(2001.8.18『朝日新聞』より抜粋)
4.中国の歴史教科書
中国の歴史教科書にも、次のような情意的な表現が多用されている。
【抜粋】
戦争の火蓋がきって落とされると、中国守備軍第二十九軍司令部は、盧溝橋死守の命令を発した。戦士たちはもはや胸中にたぎる怒りをおさえることができず、敵を殺せという命令が下されると城内から走り出て、侵略者をすぐに全滅させられないのをもどかしく思うほどであった。鉄道橋を守っていた二つの小隊の中国兵は数百人の日本軍の進攻に直面しても少しも恐れず、敵と激しい肉弾戦を展開し、橋のたもとでほぼ全員が戦死した。兵士たちは同胞の戦死を見ても少しも悲しまず、ただ歯を食いしばり、前方へと急いだ。
(中国中学校歴史教科書より抜粋)
上記の記述からは、「歴史物語」ではないかといった印象を受ける人も多いはずである。ここでは、中国軍が如何に勇敢であったかを口をきわめて讃えている。中国政府が歴史教育に込める思いが、どのようなものかを知るのに適した事例である。
5.日本の歴史教科書
日本の場合、韓・中に比較すれば、情意性は抑制されている。しかし、国際関係を意識したステレオタイプの文言が見られるのはなぜだろう。異なった執筆者がここまで一致する文言を使用する確率がどれほどなのかは不明である。検定のプロセスにおける力学は皆無ではないのだろう。
今回は、第2次大戦終結時の記述部分を集めてみた。「加害者」日本が、原爆の被害を受けたその事実をどう記述しているか。日本から受けた被害について書く韓・中の記述に比べてみると、その相違が理解されよう。
ここで特に注目したいのはアメリカによる原爆投下に対する記述である。原爆投下の理由として、@日本がポツダム宣言を受諾しなかったため(ないし、戦争の早期終結を名目に)、Aアメリカがソ連に対する優位性を示したかったため、などが挙げられている。どちらも妥当性のある理由であると解釈することは不可能ではない。しかし、根拠はどうなのか。Aについて、明示したのは3社、2社はこの理由に触れておらず、1社は、「戦後の社会で、ソ連に対して優位に立とうとするねらいがあったからだと言われている」との記述である。@、Aに明確な根拠があるのか、推測なのか、それが不分明なようなら、日本の歴史教科書の記述には問題が残ることになる。
6.ドイツの歴史教科書
ドイツは第2次大戦において日本と同盟関係にあったこと、周辺各国に対する侵略行為があったことなど、共通点が多い。そのドイツが、第2次大戦やヒトラーをどう記述しているか、興味ある点である。ドイツの歴史教科書から学ぶ点は多い。
@因果関係の解釈については、根拠となる資料を掲げて述べる努力をしている。A外国との関わりに関する歴史的事実の評価については、周辺国との共同研究によってできる限り客観的な記述に努めている。B歴史的事実の背後で、その事実を後押しした人、反対した人などの存在を証言などで跡づけている。このような姿勢は、歴史を科学として扱おうとする姿勢をよく表している。
Bの例として、中等学校の歴史教科書
'UNSERE GESCHICHTE Band3',(『私たちの歴史第3巻』)では、強制収容所に入ったユダヤ人男性、ドイツ少女団の団長、歴史家、「ポツダムの日」に参加した人、別の証人の目から見た「ポツダムの日」、政治犯が連行されていく様子を目撃した人など、様々な人
のコメントを随所に掲載している。
ドイツノルトライン・ヴェストファーレン州教育課程基準(ギムナジウム前期段階1993年)では、「生徒は、今日の社会に見られる歴史的な要素、構造、経緯を把握する力を身につけ、また現在も進行中の歴史像の伝達と変容のプロセスのなかで、自らの歴史的判断能力を発展させるべきである。」としている。日本の学習指導要領と比較検討することは意義深い。韓国、中国、日本、そのどれとも違う姿勢で書かれたドイツの教科書の存在は多くのことを我々に示唆している。
(文責:教育学部 平沢 茂)
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