文教大学付属教育研究所 紀要第10号(2001年発行)

特集 大学教育の情報化

文章表現教育の情報化

岡野雅雄
(文教大学情報学部)


要  旨

文章教育を情報化し、かつ情報化社会に対応したものにするために、以下の5点から考察した。(1)伝達能力を重視する、(2)言語技術としての文章指導を行う、(3)文章指導技術を情報化する、(4)電子メディアへの対応を促進する、(5)ネットワークとチーム・ライティングを重視する。

1.はじめに-文章の基礎教育とアカデミック・ライティング
本稿では、大学における文章教育においてどのような情報化が可能か、あるいはどのような情報化が望ましいか、という点について、主に情報学部の広報学科で「文章演習」を担当している者としての立場から述べたい。重要なテーマではあるが、外国語による作文(留学生に対する日本語教育も含む)については性質が異なるために専門家の意見にまかせ、ここでは言及をひかえたい。
本論に入る前に、まず文章教育で対象とする文章のタイプを分けて整理してみたい。どのような学科でも必要となるものは、特定目的にかかわらない一般的な文書作成とアカデミック・ライティングの教育であろう。これはレポート作成や卒論などの基礎教育となるものである。次に、特殊な目的のために特化した文章教育というものがある。たとえば、マニュアル執筆などを含むテクニカル・ライティングや、さまざまな創作を対象とするクリエーティブ・ライティングなどが考えられる。これらの文章のタイプによって文章教育が截然と分割され、モジュール化されているかというと、ある程度整理されている面と混在している面とがある。
広報学科のカリキュラムを例にとってみると、「文章演習」では、 1〜2セメスターで一般的な文章力の基礎、3〜4セメスターで応用力を養うことなっている。これらは目的やコースに関わらず全員の必修科目である。5〜6セメスターではライターを目指す人のための文章教育や、就職のための作文などに目的を特化させている。「文章演習」以外の専門科目でもシナリオ・ライティングを行う科目などもある。また、ゼミナールで行われる卒業論文指導はアカデミック・ライティングの指導という面をもっている。
執筆活動を執筆対象や執筆者の興味と切り離すことが難しいことを考えると、ライティングの技術のみを指導することには、有効性の一方で、限界もあると思われる。卒論を指導しつつ書き方も指導するというようなことは、本当に実のある文章教育をなしていると考えられ、いかに文章教育が情報化したとしてもなくすべきではないし、またなくなるはずもない。
そのような前提の上で、情報化の利点を生かした今後の文章教育の方向について述べてみたい。

2.文章表現教育の情報化
(1) 伝達能力の向上を目的として
まず、文章表現教育のおもな目的は、伝達能力の向上におくべきであると考える。言い換えると、文学的な文章教育は(重要ではあっても)特殊目的のものとして、それと区別するということである。
大学入学前の教育においても、新学習指導要領の国語では、論理的に意見を述べる能力、目的や場面などに応じて適切に表現する能力など、新たに伝達面の教育が強調されている(田中, 2000)。大学教育においては、伝達能力をさらに促進させる教育が望ましいと言えよう。
このように伝達を重視し、コミュニケーションという枠組み全体の中で書く力をとらえるためには、コミュニケーション論の視点が必要である。「伝達」のためには主観的でなく、いわゆる「論理的」な文章が要求されることは多言を要しない。だが、「情報化」の含意として論理性・情報伝達という面が強調されるあまり、コミュニケーション論的な視点が抜け落ちてしまうことがよくある。このような場合「正確な情報を論理的に述べさえすれば伝わる」という考え方がしばしばみられるが、それはコミュニケーションの理論、たとえば語用論や社会言語学的な観点からすると、一面の真理でしかない。相手や場面といった、伝達に関わる要素についても情報化社会では意図的に教えられなくてはならないと考える。
また、同様に、「情報」というコトバの含意から軽視されるようなことがあってはならないのは、書くことの創造的な面である。書くことには、読み手の興味に訴え、納得させたり説得したりということが含まれている。論理だけではなく、効果を考えることも重要であり、レトリックが必要なのはクリエーティブライティングだけではなく、テクニカルライティングにおいても同様であるとされる。
(2) 言語技術としての文章指導
全学的に書く力を向上させるためには、国語嫌いだった学生や理科系の学生にとっても理解しやすい内容である必要がある。そのためには、書く技能を構成する要素のうちルール化できるものは明確化して、確実にマスターできるようにするべきである。書くことを、だれにでもできる言語技術として学習できるようにすることが望ましい。
ただし、そうはいっても、書くことがすべてルール化できるということを主張したいわけではない。ルール化できない面とルール化できる面とを区別して、一時に学習する内容を整理し、目標を明確化するということが趣旨である。Krashen,S.(1991)の理論を借りれば、そのようにしてルールを学習したことは「モニター」となり、書く能力そのものとは区別されるべきであるが、編集や推敲や校正の過程で特に力を発揮するはずである。
このような言語技術としてのルールの洗い出しには、テニクカル・ライティングからのアプローチが有用であると思われる(岡野, 1998)。
(3) 文章指導技術の情報化
文章指導において情報技術の力が活用できる部分が増えてきている。
たとえば、文章診断や記録の面である。学生個々人によって新たに習得すべき点や克服すべき難点は異なるので、文章診断が必要であり、これは基本的には教師が行わなくてはならないが、文章診断やポートフォリオの記録には、情報化が可能である。
また別な情報技術の利用可能な分野として、添削を含むフィードバックがある。これはかなり大量の作業を含むために、労力と時間を縮約できれば、よりよい人的資源の配置やフィードバックの迅速性が得られるはずである。ここでもコンピュータ化できる部分とできない部分をはっきりさせる必要があり、無理な部分までそうしてはいけないことは言うまでもない。
英語の場合であるが、最近、文章の評価をコンピュータで行う試みが米国の一部の大学で行われている。「潜在意味分析」(Wolfe, M. B.et. al.,1998)という理論に基づき、学生の書いた文章を評価して、即座にグレードや欠点などをフィードバックするものである。コンピュータによる処理のため大量の文章を扱うことができ、人間が評価した場合との一致率も高く信頼性が高いと主張されている。論述式の課題なら小論文指導に限らずに適用できるという。
いわゆる「e-ラーニング」ないしWWWを用いた教育が進展してくる中で、今後、日本語においても同様の技術が実現するものと思われるが、そのような技術を取り入れる基盤も作っておくべきであろう。
現時点では日本語でのフィードバックのオンライン化をただちに取り入れるというのは難しいにしても、たとえば添削指導における恣意的評価や印象批評を避け、評価基準のモデル化を進めることは、将来の情報化に備えることになる。
(4) 電子メディアへの対応
オンライン・ライティング、すなわち、WWWやメールといった手段で書くことの比重が高まっており、これらの特性に応じた文章教育が必要とされていることは言を俟たない(すでに小学校レベルから多くの教育実践例が見られる)。情報発信の手段が広がり、個人や小さいグループでメディアが持てるということは、文章教育に変革をもたらさないではいられない。
このように書くことが電子化してくると、従来の「手書き」という、書記行動に依存していた部分の見直しも行われなくてはならない。たとえば、原稿用紙に書くときのルールには現在では意義を失っているルールもある。
また、文章が電子化されているがゆえの利点を生かすことが考えられなければならない。編集したり、他の媒体に転用したりが容易になるため、たとえば、個々の作品を集めて作品集をつくったり、図などのビジュアル・エイドを加えたり、DTP技術を使って冊子にしたりもできるし、またCD-ROMの形態にしたり、WWWで公開したり、などというように展開が可能である。また、プレゼンテーション用に変形させることも比較的容易であろう。
索引を作ったり、用語を統一したりと言った言語データ処理も、文書の電子化がすすむほど、より身近になるものと思われる。電子辞書などの電子ツール、ワープロソフトの校正・推敲支援機能や、同音異義語の使い分け情報・辞書引き機能など、言語技術として旧来の文章演習に統合すべき要素は多い。
さらに、書くための材料集めや調べにもインターネット上の資源を利用することが欠かせなくなってきた。
大学の授業において、このように書く活動をコンピュータ技術と関連させて展開させようとした場合、複数の科目(たとえばコンピュータ・リテラシー科目と言語表現の科目)の間での連携が必要である。
(5) ネットワークとチーム・ライティング
今、文章教育で(無いとは言えないが)軽視されているのが文書作成のコラボレーションという面である。
だが、書くということは現実には孤立した作業ではなく、実際の社会活動においては、他者の原稿を読んで手を加えるなどの作業が多い。ある推定によると執筆の60%以上が共同によるものとされる。それを考えると、他の人の書いた原稿を読んで編集したり、校正したり、コメントしたりするなどの能力が必要である。ネットワークの利用が進むにつれ、このチーム・ライティングの重要性はさらに増加してきている(Anderson, D. et. al, 1998)。

3.まとめー情報化社会に対応した文章表現技術を

以上、伝達能力重視、言語技術としての文章指導、文章指導技術の情報化、電子メディアへの対応、ネットワークとチーム・ライティングの5点から文章教育の情報化について述べてきた。「情報化」が進むということと表現活動が「情報伝達」的となるということとはイコールではない。たとえば、メールや携帯電話やパソコンが爆発的に普及しているとはいえ、そこで交わされるメッセージのかなりの部分は、R.ヤーコブソンのいう「交話機能」のためであると思われ、旧来の活字メディア使用者に比べてどれだけコミュニケーションが進化しているのかは疑わしい。情報化社会の技術を享受するだけの「情報化」ではなく、伝達能力を真に情報化するための教育が望まれる。

引用文献
岡野雅雄ほか,1998,『テクニカルライティング−報系の文書技法』専門教育出版.
田中孝一, 2000, 情報社会の国語教育−新学習指導要領国語の「書くこと」を中心に,『國文學』増刊号,2月号.
Anderson, D. et al, 1998, Connections: A guide to on-line writing, Allyn and Bacon.
Krashen, S.D., 1991, Writing-Research, Theory, and Applications, Laredo Publications.
Wolfe, M. B., et al., 1998, Learning from text: Matching readers and text by Latent Semantic Analysis. Discourse Processes, 25, 309-336.