文教大学付属教育研究所 紀要第10号(2001年発行)

特集 大学教育の情報化

高等教育の情報化

坂 井 知 志
(常磐大学コミュニティ振興学部助教授)

要旨 大学の情報化の中でも大学教育の基本に関わる遠隔教育に焦点を絞り、制度面の変更及び実態の課題をアメリカと比較して論述した。特に、大学経営の問題としての遠隔教育を捉えた時に、有効な方法であるといわれるコンソーシアム型の可能性を中心に記述してみた。

はじめに
現在、教育の情報化は、教育システムの閉塞感から脱却するという側面から語られることが多いが、そのような面だけで情報化が進むとは限らない。学校経営の面からもその必要性が検討されている。企業と同様の経営の合理化である。この合理化は、大学の入試、成績管理などの事務の効率化や教官及び事務局で必要な物資の流通などの合理化を学園内あるいは私学の連合組織で行うことから始められている。事務の効率化という側面の合理化については、大学の運営という観点からの検討がなされた時に、人が直接行うべき事柄は何であり、コンピュータなど情報機器でよいことは何なのかを検討すれば答えは自ずと導きだされてくる。そのことも重要な側面を持っているが、ここでは、大学の事務の効率化という面からの記述ではなく、大学の本質的な行為である「授業」そのものの情報化を中心に論述していく。また、教官と学生との間で行われるコミュニケーションの問題にも若干触れながら記述していくこととする。それは、この両者が一体になりながら新たな「授業」形態へと発展する可能性があるという認識に立つからである。そのためには、制度と実体、そして将来予測を行いつつ、今大学 教育にとっての情報化の課題が何なのかについて具体的に検討してみたい。また、大学自身の在り方を質的に高めることとだけでなく、デメリットについても考察する。さらに、技術的な側面だけが先行しているかに見える情報化は本質的には教育・学習のあらゆる可能性を見いだすという内容上の問題であることもいくつかの事例を検証しつつ論じてみたい。しかし、大学の事務の効率化と遠隔授業は本来同時に検討し、構内LANを構築することが合理的であり、現実には融合しながら進みつつあるが、構内LAN一つとっても技術的問題、著作権等権利処理の問題等検討すべき事柄が多く、ここでは十分触れることはできない。つまり、大学教育の情報化は未知への対応なのである。そのため、検討しなければならない問題が多く、全ての問題について記述することはできないので、喫緊の課題である遠隔教育に焦点を絞って論述していくこととする。

1. 高等教育制度の動向
かつてはニューメディア、そして視聴覚教育や教育工学という範囲で高等教育の情報化は取り組まれてきた。これは授業の改善という教育方法の問題であった。しかし、今進みつつある情報化は、学習システムの抜本的な変更という別次元のことである。その結果を平成9年9月30日の大学審議会の「マルチメディア教育部会における審議の概要」―「遠隔授業」の大学設置基準における取り扱い等について―という形で大学関係者はその変更を最初に目にすることとなった。その後、12月に大学審議会答申となり、平成10年3月に大学設置基準が改正され、それまで実験的・モデル的に行われてきた遠隔授業が正式に位置づけられた。この改正により、大学の卒業要件単位数124単位のうち30単位までは遠隔授業により修得することが認められた。同時に大学通信教育設置基準並びに大学院設置基準も改正された。この改正により大学通信教育は、授業の方法に遠隔授業やCD-ROM等の電子出版を活用することが可能となった。また、大学院においても通信制の大学院が認められ、すべての授業を遠隔授業で行うことも可能となった。その後、平成10年10月の大学審議会答申「21世紀の大学像と今後の改革方策につ いて」を受けて、平成11年3月に大学設置基準が改正され、遠隔授業により修得できる単位数は30単位から60単位まで上限が拡大された。さらに、平成12年11月22日の大学審議会答申「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について」において我が国の高等教育の国際的な通用性・共通性の向上と国際競争力の強化を目指した改革を進めることが求められるとして、下記の五つの視点をあげている。
@グローバル化時代を担う人材の質の向上に向けた教育の充実
A科学技術の革新と社会、経済の変化に対応した高度で多様な教育研究の展開
B情報通信技術の活用
C学生、教員等の国際的流動性の向上
D最先端の教育研究の推進に向けた高等教育機関の組織運営体制の改善と財政基盤の確保
これらの視点にたって改革を進めることにより我が国の高等教育機関が世界に開かれた高等教育機関として、その社会的責任を果たしていくことが重要であると指摘している。さらに、大学教育における情報通信技術の活用の在り方として、授業の在り方、授業時間以外の学習支援、遠隔授業の拡大、外国の大学の単位・学位の取り扱いが検討されている。また、大学間交流の推進としてコンソーシアム方式による海外の大学との間の連携・交流の促進として「海外の大学との間での連携・交流を一層促進するためには、国内外の複数の大学が共同体を形成して協定に基づいて個別大学間の連携・交流を行う、いわゆるコンソーシアム方式の大学間の連携・交流が極めて有益であることから、各大学においては、これに積極的に取り組む必要がある」ことが指摘されている。これら大学審議会の答申の流れは我が国の実体を踏まえた上での認識にあるのではなく、アメリカを中心とした海外の状況を基礎とするもとのいえる。しかし、国際化・情報化の二つの流れは相俟って金融、流通、製造などあらゆるものへ影響をあたえており、教育・学習もそれと無縁ではいられない。その顕著な例を次に検証してみたい 。

2. コンソーシアム方式
日本においても通学生を基本にした連合組織はいくつか存在する。また、単位互換の協定を結んでいる大学も多い。しかし、現実的には授業時間を統一的に行うことや休み時間だけで学生が移動することはあまり考慮されていない。それに比して遠隔学習は少なくとも地理的問題を解決してくれる。また、オンデマンドシステムを走らせると時間的な問題も解決できる。学生にとっては学習メニューが飛躍的に増えることとなる。学生を従来の通学生以外に確保することが求められる大学にとって、新たに建築物としての施設・設備を整備することなく、増加させることも可能という大学経営の問題としても遠隔学習は魅力的である。しかし、学生を確保するための最初のハードルは適切な学習メニューが用意されているかである。通学生以上の選択肢が用意されなければ現段階の学生は通学生を選ぶこととなろう。どのようなコンソーシアムの形態と運営をするかで、コンソーシアム間の競争に残れるかである。
このように、遠隔学習についてコンソーシアムにより取り組まれる例が多いのは、その技術的困難と未成熟の負担を分散するというメリットが第一にあげられる。さらに、国内及び海外への学習者に魅力ある学習内容(それは質量両面)で構成されるコンソーシアムであるという認知を受けるためには、一大学では不可能であるということもその理由としてあげられる。繰り返しになるが、現状の一大学で提供されている以上のものを目指さなければ黎明期には学習者は獲得できないのである。
このようなコンソーシアム型の遠隔授業を提供する機能を日本の大学が提供しないとどのような状況が発生するか考えてみよう。第一には、アメリカをはじめとした海外の大学やコンソーシアムが日本の学習者や大学に自らの遠隔授業を直接提供するということが考えられる。これには日本の学生が英語をはじめとした語学力の低さという壁が立ちはだかってくれる。語学教育の効果が上がっていないことで日本の大学が守られていることは喜べないことといえる。しかし、日本語のプログラムが用意されない確証はないので、問題となる壁は取り払われる可能性はありうる。第二は、大学ではなく、民間の機関がその役割を果たすということである。大前研一氏が代表取締役の株式会社ディスタラーニングは1999年9月「Business Breakthrough」を開校した。Business Breakthroughは衛星放送スカイパーフェクトTVの757チャンネルで授業を提供して、インターネットで質問や出席確認、テスト、成績管理などが行われている。内容は南カリフォルニア大学のMBA取得を目的とした内容となっている。1年目は日本にいてこの遠隔学習システムで受講し、2年目は現地の大学院に編入学してMBA/GMBTA取得、或いは日本校での経営大学院課程修了証取得を行う。このように株式会社が日本の大学とではなく海外の大学と連携して日本の社会人を主な対象として実際に遠隔授業を行っている。第三としては有名大学といわれるものに集約されるという方向性が考えられる。これは、現在進行しつつある。図1の早稲田大学の取り組みである。事実上の系列化は大きな力となりうる。第四は放送大学の拡大である。現在の放送大学が通信を積極的に活用したシステムに変更し、各地の大学の授業そのものを取り込む方向性が出されるとそれは実現する。メディア教育開発センターのSCS(スペース・コラボレーションシステム)をバージョンアップし、それを放送大学のメニューに加えるということは技術的には可能なことである。放送と通信の融合が 旧郵政省の時代から関係者の既定路線として認識されていることを教育界が受け止めるとしたならば結論の一つといえる。このようにあたかも銀行が国際化・情報化により大きく再編・統合され、地方支店を閉鎖するという流れにあるように、教育のグローバル化、情報化は大学を再編・統合していく方向性を内包している。このことがよいことかどうかは別次元ではあるがその選択は最終的には学習者にあるということを大学関係者は再認識する必要がある。大学は教官や事務局職員や経営者のためにあるのではなく、学生のためにあるものであるということでこの再編・統合の流れをみなければならない。日本の学生がアメリカやイギリスそしてアジアの大学の授業を自らの所属する大学の単位とともに受講しているという姿は本来的には望ましいかどうかである。また、埼玉在住の大学生が沖縄の文化を研究したいとなれば現地に赴くことは当然として、琉球大学や沖縄大学の授業を選択する姿が望ましいかどうかである。
このコンソーシアム方式の成否のカギは、メディア教育開発センターの吉田が指摘するように財政と運営母体とコンソーシアムの形態の3点であろう。吉田が別表1にまとめた3つの代表的なコンソーシアムもそれぞれ課題を抱えている。しかし、何が問題となりその問題をどのように解決するかについてアメリカのコンソーシアムは現実問題として直面しているのである。さらに、2000年6月にはグローバル大学連合が発足している。このグローバルな連合組織が成功するかは定かではないが、「これら国境を越えたコンソーシアムがどのように機能するか、まだ不明である。しかし、大学とは、たとえ設置者が公私立いずれであっても、国家と密接な関わりをもって発展してきたという歴史を覆すものとなるやもしれず、その成否を見守らなければならない。」と吉田が指摘するように十分な関心を示す必要がある。さらにいうならば、世界的にも評価の高い大学が他の大学を巻き込み様々なレベルの豊かな学習メニューを備え、国内外の学習者を取り込むことに熱心で、世界的には評価の低い日本の大学は手をこまねいているという事態が現状といえる。図1のように早稲田大学や電子開発学園、東京工業大 学の先進的な試みも残念ながら大きな流れとはなっていない。力のあるものが連合組織をつくり、力のないものが孤立しているという状況を早急に改善するためには、工学としての遠隔学習を大学運営としての問題としてとらえるという発想の転換が急務といえる。その最大の課題が日本型コンソーシアムをどのようにつくるのか、または全く別の方式を考えるかである。

3. 遠隔授業の意味するもの
 今までは大学にとって遠隔学習がどのような意味を持つのかについてみてきたが、遠隔授業は当然学習者にとっても大きな意味を持っている。それを一言でいえば、地理的・時間的な条件を越えて学習機会を得ることができるということである。つまり、生涯学習で提唱された「いつでも・どこでも・だれでも」が学習を行うことができ、そのことを適切に評価する社会、すなわち「生涯学習社会」を実現するためには地理的にも時間的にも制約されている現在の大学教育など既存の対面を基本とした学習システムを改善しなければならない。地理的・時間的な制約から解放される遠隔学習システムの導入は不可欠なのである。また、学習者にとって遠隔学習の内容を提供する機関が大学とは限らないという問題についても適切に対処しなければならない。学芸員のことを学ぶのに退職した元学芸員に学ぶことと、第一線で活躍している学芸員、例えばスミソニアンの学芸員に教わるのがよいのかの比較の問題である。また、企業内教育で高度な内容のことを学ぶことが大学院の授業内容とどちらが実際的であるかである。このように学習者は自らの努力と時間をかけることの実際的な価値を国際的にも国 内的にも比較していくことが可能となりつつある。

4. 対面授業の改善
 大きな教室や講堂における大人数の授業については従来から教育効果の点から疑問を呈されていた。つまり、今までの対面授業においても教師と学生とのコミュニケーションが十分な状況とばかりはいえないことを認めてきたのである。それならば少人数制を大胆に導入するか、メディアを活用して学生とのコミュニケーションを図るのか、現状維持でいくのかの選択が考えられる。ここではメディアを活用することの具体例を考えてみよう。
先に記述した「Business Breakthrough」は衛星放送を活用したリアルタイムの授業を行う場合、学生からの質問はインターネットメールで受け付けている。そのことにより臨場感のある授業展開が可能となっている。また、インターネットのメーリングリストを導入すれば教師と学生、学生同士の授業のフォロー及び発展が容易となる。これは、対面授業では行いづらい効果が期待できる。また、地上回線のテレビ会議システムの活用は小規模の学習グループで地理的に離れた学習者同士が一つの授業を受講することを可能としている。民間の英語教室が、自宅で学習できる授業例は地上回線の特徴をよく活かしている。内容も大学の授業以上のものとなっている場合が多い。民間企業としても収益をあげることを期待している。

5. まとめ
 今までみてきたように、遠隔学習はテクノロジーではなく大学経営の問題としてみなければならない段階に入っている。テクノロジーは大学経営の問題の結果としてついてくるものである。コンソーシアムとしての方向性を否定するのであるならばそれに代わるものを創造しなければならない。誰かがそれを苦労してつくりあげたものについていけば大丈夫であるという認識では役割を与えられることはない。遠隔学習には様々な喫緊の課題がある。
・新たな教材論
・教官の評価システム
・学習者の実質的な学習を適切に評価すること
等々これらを論じる時期ではなく行う時期を迎えている。しかし、現状では文部科学省の動向や他の大学との横並び意識のなかで対応を決定していることがほとんどといえる。自らの大学を文部科学省や他大学がどのように守ってくれるのか。今までのようにはいかないことを多くの大学関係者は理解している。
繰り返しになるが、大学の情報化はグローバル化と技術の陳腐化と組織決定の早さという課題にいかに適切に対応するかというマネージメントの問題である。入学者の減少とともに大学経営の厳しさが増す中で、情報化という安くない機器を導入するモデル事業に参加しない大学は目の前のチャンスを逃している。エルネット・オープンカレッジは文部科学省が全ての費用を支出している大学の方向性を探るモデル事業といえる。これに50数大学しか参加していない。費用もシステムも文部科学省が用意をしているが、大学の体勢は様子見となっている。

参考文献
・「カレッジマネージメント」リクルート2000年、2001年各号。特に、メディア教育開発センター吉田文の2000年9月〜2001年9月(Vol104〜Vol110)連載「IT革命の先を行くアメリカの論争」
・「eラーニング白書2001,2002年版」平成13年5月先進学習基盤協議会編著、オーム社


図1 衛星通信とインターネットを利用した集合型遠隔講座のイメージ(略)


表1 3つのコンソーシアムの比較

ウエスタン・ガバナーズ大学

カリフォルニア・バーチャル・キャンパス

南部地域電子キャンパス

設立年

1998年

1998年

1998年

メンバー

18州+グアム、

49機関+16社

州内、112機関 (→108のコミュニティ・カレッジ)

16州、325機関

設置者

西部諸州知事協会

新設の財団

南部地域教育委員会

学位

準学士、修士(能力ベース)

各参加機関から

各参加機関から

コース数など

950コース、5学位プログラム

2,200コース (→3100コース)

4,000コース、175学位プログラム

学生数

約200人

25,000人 (→14,000人)

20,000人

出典:メディア教育開発センター吉田文「コンソーシアム型のバーチャル大学は未知数」高等教育に及ぼす影響と問題D成功と失敗の分岐点、カレッジマネジメント104