文教大学付属教育研究所 紀要第10号(2001年発行)

特集 大学教育の情報化

エル・ネットの可能性と課題

U.高等教育におけるエル・ネッ卜の可能性と課題


平 沢   茂

(文教大学教育学部)

要   旨

エル・ネットは、大学の生涯学習機能の拡大および大学の教育方法改善という二つの機能を有している。そこにはなお、改善すべき技術的課題や未解明の問題もないわけではない。しかし、学外の遠隔教育に対する取り組みは急速に進化しており、将来を見据えたとき、少なくともエル・ネットの実験に注目する必要はある。

エル・ネット(el―Net)は、大きく2つの可能性を持っている。
1つは、エル・ネット本来の目的に添うもので、大学の生涯学習機能の拡大に関する可能性である。
もう1つは、大学の教育方法改善に関する可能性である。こちらはエル・ネットそのものの本来のねらいではない。エル・ネットのハード面の設備を利用することによる付随的な可能性である。

1.大学の生涯学習機能の拡大
 エル・ネットの「放送」の1つの主要な柱がこれである。具体的に言うと、前項で述べられたエル・ネットオープンカレッジが、その柱を担っている。
2001年5月現在、このシステムを利用している大学は、国立大学21、都道府県立大学6,私立大学20である。まだ実験的な取り組みなので、実施されている講座数もそれほど多くはない。
また、前項で触れたとおり、受講会場もオープンカレッジに限って言うと、現在のところまだ不十分である。しかし、開始当初不十分とされた双方向性の確保も着実に進められており、徐々にその意義が認められつつある段階と言えよう。
このように現状では、いまだしの感があるエル・ネットではある。しかし、将来に向けた可能性には見るべきものがある。つまり、今大学改革において無視できない存在となりつつある遠隔教育システムに関する技術開発とともに、実験データを広範かつ大規模に収集し、提供してくれることである。このことはとりもなおさず大学の生涯学習機能の拡大に貢献するはずだ。
実験では、大学院レベルの通信・遠隔教育の実験も行われている。このことは、現在本学で実施されている通信教育の将来にも重要な示唆を与えてくれるであろう。本学の通信教育は、現在のところ、教員の現職教育に留まっている。しかし、この事業のねらいは、それだけではない。その先を見据えて出発している。少なくとも、通信制大学院の先進校である仏教大や日大等の事例を知ることと同時に、エル・ネットの推移に注目しておく必要があろう。

2.大学の教育方法改善
エル・ネット受発信のためには、相応の施設・設備が必要である(実験参加大学等には、補助金が支出された)。さて、この施設・設備は、遠隔教育のためだけではなく、日常の教育にも使用できるのは当然である。大学教育における視聴覚メディアの活用が日常化しつつある現在、こうした施設・設備を持つことは重要である。
ところで、こうした施設・設備を活用するためには、教材作成などの準備が不可欠となる。実はここのところが肝腎である。
なぜ肝腎かの考察の前に、もう1つ考えておくことがある。「こうした施設・設備の利用は面倒だ」という声を耳にすることが多いということである。この場合、機器の操作が面倒だというのなら話は簡単だ。TA(teaching assistant)の活用などで解決が可能だからである。ところが、多くの場合、面倒なのは機器の操作ではなく、教材の準備なのである。
そこで話を戻そう。教材の準備が面倒だということは、とりも直さず授業の準備が面倒だということに通じる。テキスト(ないし、印刷資料)と黒板があれば十分だという授業内容もあろう。しかし、内容によっては、視聴覚的方法による授業が効果的である場合も少なくない。視聴覚的方法による授業が必要だ、あるいは、より効果的であると判断される場合は、そうした授業の準備に手間をかける必要がある。
こうした授業の必要性については、大学の大衆化が本格化して以来、誰もが認めることであり、ここでは、これ以上の深入りは避けておこう(注1)
もう1つは言うまでもなく、遠隔教育システムの活用にある。複数キャンパスに分かれている本学の場合、遠隔教育の施設・設備は、空間の制約排除にもってこいである。この点についてこれ以上は、言わずもがなであろう。
エル・ネットの施設・設備は、このように授業改善へのインパクトを持つ。

3.エル・ネット受講者による評価
 さて、考えなければならないことは、こうした遠隔教育の仕組みが、果たしてどこまで有効に機能しうるか、また、費用対効果はどうかといった検証であろう。エル・ネットは、1999年度から開始されているので、2000年度が第2年次である。その結果に関する報告書(注2)を基に、エル・ネットの効果について考えてみよう。
エル・ネットの推進母体である高等教育情報化推進協議会は、受講者に対するアンケート調査を実施し、 116人から得た回答の集計結果を報告書に掲載している。
(1)受講者の属性
116人の内訳は次のとおりである。
<性別>
*男性......55人
*女性......61人
<年齢別>
*20代............ 4人
*30代............ 9人
*40代............ 5人
*50代............22人
*60代............30人
*70代............ 5人
*無回答......... 1人
<職業別>
*無 職.........30人
*公務員.........19人
*主 婦.........16人
*会社員......... 4人
*自 営......... 3人
*農 業......... 3人
*団体職員......23人
*医療・福祉... 2人
*教 員......... 1人
*無回答.........36人
これらの回答者が、受講内容や画像・音声などについて評価を行っている。受講内容については、遠隔であるないに関わらない問題であるからここでは除外し、メディアに関わる部分について触れておこう。
(2)画像について
まず、画像についての評価である。評価は4段階、4が++、最高評価である。
4(++)......37人(33.62%)
3(+).........52人(44.83%)
2(−).........15人(12.93%)
1(−−)....... 3人( 2.59%)
無回答............7人( 6.03%)
報告書には、2や1の評価については、画面が小さかったり、受講生の座席による差であろうとのコメントが付されている。
確かに受講会場によっては、十分な映像設備の完備していない会場もあるであろう。遠隔教育の実施に当たっては、ハード面の条件整備は重要な意味を持つ。
一般的には、CRTではなく、ビデオプロジェクタの大型画面が望ましい。ビデオプロジェクタも近年、高輝度化、小型化、低価格化が著しい。受信設備の必須要素となっていると考えるのが妥当だろう。
(3)音声について
音声に関する評価も、画像と同じく4段階評価である。
4(++)...37人(33.62%)(注3)
3(+).........54人(44.83%)
2(−).........15人(12.93%)
1(−−)....... 3人( 2.59%)
無回答............7人( 6.03%)
画像とほとんど同じ評価である。筆者が以前関わった2つの実験(注4)では、いずれも音声処理が難間であった。この点はエル・ネットの技術ではかなり改善されているということであろう。また、音声面の設備には一定の配慮が払われているということであろう。
ただし、興味深いのは、2と1および無回答と答えた者の数が、画像の場合と全く同じであることだ。詳細なデータがないので推測であやふやなことを言うのは慎まなければなるまい。しかし、もし仮に画像をプラス評価(またはマイナス評価)した者と音声をプラス評価(またはマイナス評価)した者とが一致しているとしたら、それはいったいどのような理由によるものであるか、知りたいところだ。この辺りについてもう少し立ち入った分析が欲しい。もし、上の仮定が正しいとしたら、その理由はいったい何に起因するものなのかを知りたいからである。

4.費用対効果
遠隔教育の費用対効果については、まだ明快な資料を得ていない。ただ、本学における実験(注4A)から、次のようにいうことは可能である。
すなわち、教育研究所委員会を遠隔教育システムで行った場合、越谷・湘南の関係者が旗の台に集合して行った場合に比較して、交通費数万円が不要となる。一方、遠隔教育システム(実験では、フェニックスを使用)の経費は、市内電話料金のみである。初期投資に若干の経費がかかるものの、十分に元が取れ、かつ経費的なメリットがあることは明確であった。
講義等におけるメリットもおそらく同様に考えることが出来、関係者の移動時間を考慮すれば、もっと大きなコスト減につながると思われる。

5.今後解明・解決されるべき課題
 特に、アンケート項目の中に、受講者の心理面に関する質問項目があると良かったのではないかという思いがある。
遠隔教育は「臨場感に欠ける」、「隔靴掻岸の感が残る」、 「講師との心理的距離が遠い」など、いわば多少の違和感を持つ受講者がいたと仮定しよう。その場合、次の2点が検討されなければならない。
第1は、そのような違和感は埋めなければならないものなのかどうか、ということである。つまり、@そうした心理的な違和感を埋めないと教育効果が上がらないのか否か、あるいは、A学習者に心理的不満が蓄積し、学習継続が難しくなったりするようなことがあるのか否か、等の検討である。
第2は、そのような違和感は、何らかの工夫で埋められないものなのかどうか、ということである。たとえば、メディアの工夫、あるいは、補助者の配置等によって埋めることが可能ではないのか否か、の検討である。
教育においては、教師と子どもとが「体温を感じ合う」ことが必要であると強調する人々がいる。いささか、感覚的な指摘ではある。しかし、そういう指摘に根拠があるのか否か、の検討も不可欠である。そしてまた、もしそのような指摘に根拠があると仮定した場合、遠隔教育においてどのようにすればそのような課題を克服しうるのか、その検討もまた不可欠のはずである。
こうした検討の必要性の有無を明らかにするためにも、もう少し踏み込んだ分析とデータを公表して欲しいものだ。

6.本学とエル・ネット
 エル・ネットに関しては、実験開始の際、文部省(現・文部科学省)の担当官から文教大学もどうかと持ちかけられていた。前述したように、この実験参加校には補助金が出されることになっており、それを受けてはどうかとの勧めである。
折しも学内では、新規事業開発部が遠隔教育の実験への取り組みを開始したところであった。その受け皿が教育研究所であったので、ただちに、当時の理事会に申請を働きかけた。しかし、当時の判断は「半額補助である(つまり、半額は本学負担である)」との理由で見送りとなった。
当時の多くの幹部が乗り気になり、実現寸前であったのに、なぜ、突然否決されたのか、今もってよく分からない。残念としか言いようのない事実である。本学は、またまた新しい取り組みのチャンスを逸し、後れをとることになったのである。
本紀要収録の中村敏夫氏の論文にあるような実践もあったことであり、他校に先んじる可能性があったのである。エル・ネットを活用した大学院教育における遠隔教育の実験も着実に進んでおり、この点でも本学は後れをとっている。目先の効率のみを追求する姿勢は将来を誤るものである。新理事会の舵取りに期待したいものだ。

(注1)こうした研究成果については、メディア教育開発センターの多くの刊行物等に掲載されている。
(注2)高等教育情報化推進協議会『「エル・ネット オープンカレッジ」について(第2年次報告書)』、2000年3月
(注3)報告書の、この項の百分比は、計算違いないしで誤植であると思われる。ここでは原資料のままを引用した。
(注4)実験は次の2つ。
@1990年に、国際基督教大学と亜細亜大学 との間で行われた遠隔教育システムによ る相互受講、合同演習などの実験
A1998年度に本学新規事業開発部、教育研 究所の行った実験。公開講座、大学院の演習、教育研究所委員会などを実施した。