文教大学付属教育研究所 紀要第10号(2001年発行)

特集 大学教育の情報化

教育の情報化

宮川 裕之
(文教大学情報学部)



要 旨

教育の情報化は、単に教育方法の一部をコンピュータシステムで置き換える作業として捉えるのではなく、教育の質の向上と機会の拡大を図るための手段として捉えていくべきである。情報技術は知的財産を蓄積し、伝達するために活用されなければならない。本稿では、大規模授業での学習支援の事例と遠隔学習環境に関する行政の取り組み、他大学での事例などを紹介し、大学における教育の情報化の進むべき方向性について考察を加える。

1. 情報化社会と教育の情報化
学生の携帯電話の所有率が上がり、いくつかの大学では休講情報その他の学生向け情報をインターネット接続可能な携帯電話を利用して伝達し始めている。高速のデータ転送が可能な次世代携帯電話の販売も開始された。また、パソコンのコストパフォーマンスの向上、家庭からのインターネット接続料金の低価格化と固定料金化(常時接続)は、インターネット利用者の増加に拍車をかけるであろう。今後、これらの情報インフラを利用した新しい双方向型コンテンツサービスが続々と世の中に生まれてくると予想される。
現在の情報化社会の多くの特徴は確かにコンピュータの発明と普及によるところが大きい。コンピュータやコンピュータネットワークの技術開発と普及は、時空間を短縮し、仮想物質を創造する。しかし、狼煙による情報伝達、万里の長城の監視塔による光通信も、その時代においては時空間の短縮を図るものであった。コンピュータグラフィックスによる仮想物質の創造も、突き詰めれば絵画や映像製作の効率化である。これらは歴史的に見れば、情報化社会の量的な特徴と言える。
現在の情報化社会の質的な特徴は、情報手段の個人所有、大衆利用である。それらを可能にしているのは、低価格のパソコンと安価に利用できるネットワークである。狼煙や万里の長城の監視塔、グーテンベルクの活版印刷機の発明など、過去の広範囲・大量の情報伝達システムは、大資本と権力のもとに企画され、開発され、利用されてきた。ボランティアによって支えられているインターネットとコンピュータの普及は、一般大衆の世界規模での情報の受発信を可能にしている点において、革命とも言える歴史的事柄である。
教育の情報化を考えるとき、現在の情報化社会の量的特徴ならびに質的特徴の両面を視野に入れ、相互に関連し合って進化していく情報社会の行方を推測しながら進めていく必要がある。ネットワークの高速化に伴う配信コンテンツの多様化、インターネットへのアクセス可用性の向上、情報手段の個人所有と大衆利用という今日の情報化社会の特性は、今後の教育の情報化を考える上でヒントを与えてくれる。

2. 教育の情報化のめざすもの
教育の情報化という言葉は、情報化を図ること自体を目的にしているという誤解を招く恐れがある。特に大学の教学部門の情報化においては、コンピュータやネットワークを使うこと自体にその目的がある訳ではないはずである。
一般企業における情報化においても、ややもすると閉鎖的な情報システム部門によって利用部門との間での摺り合わせが十分でないまま情報システム化が企画、開発され、情報化は達成しても業績が上がらないという失敗例が繰り返し見受けられる。
教育の情報化は、教育の質の向上と教育の機会の拡大にその目的が置かれるべきである。そのためには、コンピュータシステムやネットワークシステムあるいはそこで利用される情報資源などの充実を図るための企画は、教育の質の向上と機会の拡大を図るための企画と併せて計画していかなければならない。教育の情報化を成功させるためには、そのような企画作りが可能な体制が必要である。
教育の質の向上と一言に言っても、様々なアプローチのしかたがあると思う。教育は教員と学生とのリアルなふれあいの中に生まれることは紛れもない事実だから、クラス人数を少なくし、face to face の機会を拡大していくことができれば、それだけ教育の質は向上すると考えられる。しかし、大学経営という現実の中で、このような理想だけを追求することは難しく、一定の損益分岐点によって与えられたクラス規模の中で、教育の質の向上を目指すための方策を考えていかなければならないのが現実である。

3. 授業運営の工夫の余地
大学が提供する教育サービスの根幹は、カリキュラムの内容であろう。文部科学省の大学設置基準の縛りがあるとはいえ、各大学はカリキュラムの内容を工夫して、他大学との差異化を図ろうとしている。
しかし、教育サービスの質の向上は、カリキュラムの内容だけで決まるものではない。日本の大学生は1単位あたりの勉強時間が少ないと言われており、カリキュラムの内容に関する検討とともに、授業運営の工夫も見過ごすことのできない要素である。社会が大学教育に大きな期待を寄せている今、大学にとってはある意味でチャンスとも言えるときではないだろうか。
ご存じのとおり、文部科学省の考え方では、大学の1単位の授業時間は45時間の学習時間を基礎としている。講義・演習科目であれば、授業時間内の学習時間を15時間〜30時間とすると、授業時間外に、30時間〜15時間の事前事後学習が行われることが期待されている。実験・実習・実技科目の場合には、施設・設備の利用が前提となるので、授業時間は30時間〜45時間、授業時間外の学習は、15時間〜0時間ということになる。1日の学習に費やされる時間を8時間、土曜日を5時間とすると1週間に、 8時間×5日+5時間= 45時間ということになる。すなわち1単位分の学習量は、事前事後学習を含め1週間分の学習量ということになる。1セメスターを15週としているので、 1セメスターで、 1単位×15週=15単位、1年間では、 15単位×2セメスター=30単位、学士課程4年間で、 30単位× 4年=120単位ということになり、 4年生大学の卒業要件単位が120単位となる根拠になっている。 図1は、縦軸に1週間の時間、横軸に1年間(春学期、秋学期、休暇期間)をとり、教室内授業時間と事前事後学習時間を示したものである。
2単位の講義科目の例で示すと、教室内での学習は、週1回2時間を1学期15回、合計30時間の学習時間となり、教室外での事前事後学習は、 週4時間を1学期15回、合計60時間必要とする。合わせて90時間の学習時間となるので2単位が与えられる。
しかし、ここで示した学生の学習時間、特に事前事後学習時間は、文部科学省の方針であり、また、教員の期待であって、実態が大きく異なることは言うまでもない。図1に示すとおり、学生が事前事後学習を行わないとしたら、大学在学中の学生の学習時間がいかに短いかがわかる。一方で、湘南キャンパスでは1セメスターの履修単位の上限を22単位としているので、事前事後学習時間を含めるとすると、1週間の学習時間は66時間となり、1週間の標準学習時間である45時間を大きく上回ることになる。一種の悪循環が発生しているとも言える。
その原因は様々であろう。学生は知的好奇心を持っているものであり、事前事後学習は言われなくても当然学生自らが能動的に行うべきものと考えることは、大学進学率が50%を越え、数年後に全入時代を控えている今日においては現実的ではないであろう。事前事後学習を促すために、授業を進める中でさまざまな工夫が既に試みられていると思われるが、欧米に比べ学習支援体制の脆弱な日本においては教員の熱意に委ねられている面が大きい。
授業自体を学生の知的好奇心を高揚させるような工夫と共に、教室内授業以外での学生の学習環境を充実させていく余地はあるように思う。
情報技術は、このような実質的(バーチャル)な学習環境を提供するのに何らかの貢献ができると考えるが、情報技術だけを適用しても片手落ちである。事前事後学習の内容を含んだ授業設計が必要であり、その授業の進め方を示した設計図であるシラバスの作成も必要であろう。シラバスには、教室外学習(事前事後学習)を含んだ授業の設計を示すとともに、教材のあり場所や提供方法、予習・復習を前提とした授業展開、到達目標と評価方法を明示する必要もあろう。



図1 教室内学習と事前事後学習


4. ITを活用した授業展開の事例紹介
他に探せばもっと工夫を凝らしたIT活用授業があるはずであるが、授業に関する情報はなかなか外部に公開されにくいという面もあり、小職担当の授業科目を事例として紹介したい。
「情報と経済」は、第3セメスターに開講している情報学部情報システム学科の専門選択科目(2単位)で、昨年度の履修人数は330名。いわゆる大規模授業に分類される科目である。概要はシラバスを参照していただきたい。
この授業では、毎回の授業の理解度を確かめるためにネットクイズと称した小テストを毎回実施している。ネットクイズはWebページに表示される多枝選択の設問に答える形式になっている(図2)。学生は90分の授業を終えると、オープン利用の可能なパソコン室に向かい、そこで、この授業のホームページにアクセスし、IDとパスワードを入力した後、所定のネットクイズに回答する。この授業は月曜日に開講されている。ネットクイズの締め切りは、水曜日の17:00としている。回答した答えと共に、学籍番号、氏名、ネットクイズの回答日時・時刻などがデータベースに記録される。一度回答した学生は、同じ問題を2度回答できないようなしくみとした。また、水曜日の締め切り時刻17:00になるとデータベースへの入力をシステム上制限することにより提出できなくしている。
ネットクイズの採点はデータベースに記録されている各自の回答をコンピュータで自動採点し、その結果は、木曜日にWebページに毎回掲示する。図3は、授業実施からネットクイズの採点結果の掲示までの流れを示したものである。
データベースに記録された回答日時から、約60%の学生が授業当日の月曜日に、約20%が翌日の火曜日に、約10%が提出期限の水曜日にネットクイズに回答していることがわかった。中には、自宅からダイアルアップで大学のネットワークに接続して回答している学生もいた。



図2 ネットクイズ

なお、授業で使用した資料等は全てネットワーク上に保存してあり、ネットクイズの成績を公開すると同時に当該授業で使用した資料を公開することとしている。
成績評価は、ネットクイズ(10回、各回20問)、期末試験(マークシートにより実施)をもとに、期末試験60%、ネットクイズ40%の割合で行っている。出席点はカウントしていない。これらの成績評価基準は、第1回目の授業の際に学生に伝えている。
以上がこの授業の進め方である。図4は学生アンケートの集計結果である。
このような授業の進め方の学習効果については、まだきちんとした分析結果が出ているわけではない。しかし、大規模授業の悩みの種である私語について言えば、この授業では最初の1、2回は多少の私語でざわつくが、ネットクイズを含めた授業の進め方を学生が理解するにつれ、私語はほとんど無くなり、居眠りをする学生の数も少ない。

図4 アンケート結果

5. 遠隔学習環境への展開−行政の取り組み

情報技術を利用した遠隔学習方法への展開は、授業時間内における教材の活用、事前事後学習環境の整備、離れた場所にいる人たちへの教育機会の拡大などに向けて今後、益々その開発速度が速くなると考えられる。そのような中で、従来の「授業」の概念は大幅に変わっていくものと予想され、文部科学省もこのような情報化社会へ対応するための制度の見直しを行っている。
平成13年3月に大学設置基準が改正され、遠隔授業の条件が従来よりも緩和された。以下は同設置基準で「授業」について定義している第25条の全文である。

第25条 授業は、講義、演習、実験、実習若しくは実技のいずれかにより又はこれらの併用により行うものとする。
2 大学は、文部科学大臣が別に定めるところにより、前項の授業を、多様なメディアを高度に利用して、当該授業を行う教室等以外の場所で履修させることができる。
3 大学は、第1項の授業を、外国において履修させることができる。前項の規定により、多様なメディアを高度に利用して、当該授業を行う教室等以外の場所で履修させる場合についても、同様とする。(注:60単位まで)

旧設置基準との規定上の違いは第3項の追加であるが、今回の改正ではいわゆる遠隔授業について規定している第2項の「文部科学大臣が別に定めるところ」の省令の内容も同時に改正され、それにより「多様なメディアを高度に利用する」場合の解釈が見直されている。
旧設置基準においては、この第2項の「多様なメディアを高度に利用して」というのは、いわゆるテレビ会議方式による遠隔授業を指していた。このテレビ会議方式による遠隔授業とは、一方の講義室で行われる授業をテレビカメラで撮影し、衛星回線や地上回線などを利用してリアルタイムで離れたところにある他方の講義室のスクリーン画面に映写することによって、離れた場所にいる受講生が授業を受ける形態である。このテレビ会議方式 は、授業における距離の制約は無くなるが、時間の制約は依然として残ることになるため、実施する上で授業開始時間の違いや時差などの影響を受けることになる。
今回の設置基準の改正では、遠隔授業については、第2項の「別に定める」条件を満たしていれば、テレビ会議方式に加えて、同時かつ双方向でない遠隔授業も設置基準上の「授業」に含めることができるとしている(ここでは蓄積型の遠隔授業と言うこととする)。この蓄積型の遠隔授業というのは、簡単に言えば、授業内容を予め収録してコンピュータ上に蓄積しておき、学生はネットワークを介して好きな時間に、好きな場所で、このデジタル化して蓄積された映像や音声、授業資料によって学習する形態である。Video On Demandに類似するこの方式では、距離の制約とともに、時間の制約も無くなる。これらの遠隔授業方式に関する解釈の拡大に伴って、新しい設置基準の第3項では、遠隔授業によって、外国の授業を受けて単位とすることを可能にしている。いよいよ教育の領域においても関税障壁が取り払われはじめたという感がある。
なお、第2項の「別に定める」条件は、文部科学省告示第51号に示されている。今回の改正のポイントは次の2の方である。
通信衛星、光ファイバ等を用いることにより、多様なメディアを高度に利用して、文字、音声、静止画、動画等の多様な情報を一体的に扱うもので、次に掲げるいずれかの要件を満たし、大学において、大学設置基準第25条第1項に規定する面接授業に相当する教育効果を有すると認めたものであること。
1. 同時かつ双方向に行われるものであって、かつ、授業を行う教室等以外の教室、研究室又はこれらに準ずる場所(大学設置基準第31条の規程により単位を授与する場合においては、企業の会議室等の職場又は住居に近い場所を含む。)において履修させるもの
2. 毎回の授業の実施に当たって設問回答、添削指導、質疑応答等による指導を併せ行うものであって、かつ、当該授業に関する学生の意見の交換の機会が確保されているもの
また、この告示に関連して通知された「大学設置基準の一部を改正する省令の施行等について(通知)」によれば上記2に関して、
必要とされる指導については、設問解答、添削指導、質疑応答、課題提出及びこれに対する助言を電子メールやファックス、郵送等により行うことが考えられること。
学生の意見交換の機会については、大学
のホームページに掲示板を設け、学生がこれに書き込めるようにしたり、学生が自主的に集まり学習を行えるような学習施設を設けたりすることが考えられること。
とされている。

6. 他大学の取り組み
国内の大学では、TV会議方式の遠隔授業について、数年前に話題を集めたが、通信回線使用料が高いため(衛星回線を前提としていた)、現在では私立大学で実用化しているところは少ない。蓄積型の遠隔授業については、国内では全体的にはまだ試行段階であるが、全学部の授業をインターネット活用型に転換した私立大学もあり、実用段階に差し掛かっていると言える。
米国の大学では、TV会議方式、蓄積型の遠隔学習環境の整備は日本よりも進んでいるようである。図5は、スタンフォード大学の蓄積型の遠隔学習で利用しているWebページの例である。

図5 スタンフォード大学の例
図5を見ていただくとわかるとおり、意外とシンプルに作られている。印刷の都合上、不鮮明であるが、左側の小さな窓には担当者の映像が表示され、右側には板書の静止画像が写っている。音声も入っている。このような多様なメディアを利用したWebページによるデジタル教材を1科目分用意したものがいわゆる蓄積型の遠隔授業方式である。スタンフォード大学では、開講している主要な科目のデジタル教材化を実行に移している。また、MITも同様に授業で利用する教材のデジタル化を進めており、独自に開発した教育支援システムは、日本語化されて国内でも販売されている。

7. 結びにかえて

教育の情報化を進める上で、コンピュータやネットワークの技術的側面での充実は大切な要素ではあるが、十分条件とは言えない。大学は知の宝庫であり文化の発祥地である。そうあり続けなければその存在価値が消滅する。教員は研究活動によってあらたな知を追い求め、それらが講義室をとおして学生に伝えられてきた。また事務局によってこれらの活動の基盤が支えられてきた。今、大学にある貴重な知的財産をバキュームして蓄積し、それらの再利用を試みようとしている。知の多様性をなるべく犠牲にせずに蓄積していくためには、おそらく最新のマルチメディア技術を必要とするだろう。機械的側面だけではなく、スタッフの体制や制度なども新しい学習環境に向けて再構築する必要があるかもしれない。急速に情報化社会へ転換していく中で、変化するべきことと、変化させてはいけないものを的確に判断することが求められている時代とも言える。

参考文献
浦昭二・細野公男、神沼靖子、宮川裕之:情報システム学へのいざない、培風館(1998)
梅沢忠夫:知的生産の技術、岩波新書(1969)
浦 昭二:情報システムの教育体系の確立に関する総合的研究、平成3−4年度科学研究費補助金(総合研究A)研究成果報告書(1992)
Buckingham, R.A., Hirschheim, R.A.,Lnad, F.F, Tully, C.J.:Information Systems Educations,Cambridge University Press(1987)