文教大学付属教育研究所 紀要第10号(2001年発行)

特集 大学教育の情報化

ストリーミングによる教材配信実験の開始


白石 和夫
(文教大学教育学部)



要 旨

文教大学教育研究所では、平成13年度よりストリーミングによる教材配信の実験を開始した。同期配信技術を利用し、動画または音声による解説と、文字あるいは連続する静止画とで構成される教材を作成し、ADSL回線に接続されたPCをサーバとして利用し、配信実験を行った。その結果、ストリーミング技術を利用して動画を含む教材の配信が可能なことが確認できた。一方、実験開始前には予測できなかった問題点も見いだされた。

1 研究のねらい
文教大学教育研究所では、学内LANを経由するインターネット接続環境が実現する以前から独自にプロバイダと契約してインターネット接続を実現し、インターネットを利用する教育活動の可能性について研究を始めた。現在は、紀要論文やモノグラフシリーズ「文教大学の授業」の公開、教科書展、公開講座、講習会の案内など、多方面にインターネットを活用している。
21世紀をむかえた今年、ADSLを利用した広帯域インターネット環境が一般家庭向けに普及し始め、既存のケーブルテレビを利用するインターネット接続などとあわせ、インターネット接続の高速化が実現しつつある。そして、パソコンの性能の向上とあいまって、インターネットで配信されるコンテンツの主流が文字、静止画から動画へと移行を始めようとしている。大学が学術文化の拠点でありつづけるためには、このような変化に対応していかなければならないであろう。
しかし、実際に何ができるのか、何をやったらよいのか、皆目、検討もつかないのが現実である。何かをやろうとして、それを実現するのに、どの程度のハードを用意したらよいのか、どんなソフトが必要になるのか、どの程度の手間(人力)が必要になるのか、予想がつかない。およその見通しが持てるようにすることが先決である。自宅でADSL回線を利用して動画を公開するのがあたりまえの時代になったのだから、大学でできないはずはない。とにかく始めてみようというのがこの研究の出発点である。          

2 環境整備
(1) 同期配信技術の検討
教育用コンテンツ配信では、教師が話をしている動画とともにあらかじめ指定したタイミングで文字や図表の配信が平行して行える同期配信の技術が必要である。ストリーミングによる動画の配信技術にはマイクロソフト社のWindows Mediaもあるが、Windows Mediaは同期配信に対応していない。そのため、同期配信を行う場合は、Real Networks社のReal Mediaを利用することになる。
(2) インターネット接続
Real Systemで同期配信を行うのにはReal Serverの使用が推奨される。そのため、同期配信に力点をおく今回の研究では独自のサーバを用意することが必要となった。また、研究が順調に進み、外部に高速大容量のレンタルサーバを確保する段階に進んだ場合にも、そのサーバに接続する手段が必要になる。
学内LANが整備される以前、教育研究所では、インターネットプロバイダと契約し、公衆回線を利用してインターネット接続を実現していた。今回、再び、独自のインターネット接続を用意することを決めた。
用意した回線は上り500kbps、下り1.5MbpsのADSLである。法人契約が可能なISPのなかから選ぶという制約のなかで、費用の点から固定IPは断念した。
(3) サーバ
USBモデムを接続したWindows2000機にMicrosoft Internet Information Service(IIS)とReal Server BASICをインストールし、HTTPサーバとReal Serverでの違いをテストできる環境を構築した。
なお、Real Server BASICには12ヶ月の使用期限が付いている。
固定IPを断念したので、ダイナミックDNSを利用して、外部からの接続を確保している。

3 コンテンツの作成
(1) 動画の取り込み
教育研究所では動画を取り込むのにSONY VAIOを利用している。IEEE1394端子を装備していて、IEEE1394に対応したデジタルビデオカメラを接続すると、プリインストールされたビデオ編集ソフトDVgateでビデオを取り込むことができる。
(2) Real Mediaの作成
動画ファイル(Real Media)の作成にはReal Producer BASICを用いる。Real Producer BASICは無料で配布されている。Real Producer BASICでは、通信回線の速度を指定して圧縮したファイルを生成する。入力にはAVIファイルを指定できるので、AVIファイルを作成できる環境にあればストリーミング用の動画ファイルを用意するのは容易である。ただし、画像のサイズの変更、たとえば、360×240の画像を180×120に変更するようなことはできない。
Real Mediaでは、入力のAVIファイルと比べてファイルサイズは10分の1かあるいはそれ以下になる。圧縮率は高いが、その分、品質も劣化する。Peal Producer BASICでは、動きのスムーズを重視した変換と画像の鮮明さを重視した変換とが選択できるようになっていて、Slide Showを選択すると画質最優先になる。それでも、画質の劣化は否めない。文字や図表の送信が重要な意味をもつ教材配信では、Real Mediaだけで目的を達成するのは難しいだろう。
(3) RealTextを利用する
RealTextは、Real Mediaによる動画と同期して配信できる字幕のようなものである。字幕と異なるのは、動画と重ならない領域で再生される点である。
RealTextはメモ帳のような単純なテキストエディタで作成できる。文法はHTMLに似ている。表示するウィンドウの大きさ、文字を表示するタイミングのほか、文字の大きさや色などの指定が可能である。
RealTextは、単純なテキストで解説を付け加える目的には使えそうである。しかし、いくつか問題点を見出すことができる。
まず、気付くのは、漢字と英字を混在させると面倒になることである。文字コードとしてシフトJISを選択すると、文字フォントは等幅のものが割り当てられ、WやMのように幅広の英字を表示させたとき隣りあう文字が重なってしまう。そのため、英字と漢字の境には文字コードを変更するタグを挿入しなければならない。これは、単に面倒というだけでなく、ソーステキストの可読性を大きく損なうことになるし、余分な注意を払わなければならないことにもなる。
もうひとつの難点は、数式や化学式の記述に不可欠な上付き、下付きの指定ができないことである。文字を書くときに文字位置をピクセル単位で指定することができるので不可能ではないが、私はそういう仕事をやりたいとは思わない。Σや積分記号がでてきたら、それを記述するだけのために相当な労力を費やす必要があるだろう。
(4) RealPix
RealPixは、GIFやJPEGなどの画像ファイルをあらかじめ指定したタイミングで配信する技術である。数式を含むテキストを画像ファイルとして用意する手法が可能になる。
RealPixもRealTextと同様、テキストファイルに記述する。
問題は、数式を含む画像ファイルの作り方である。筆者はMS-Wordをよく利用するが、MS-Wordではイタリック体、上付き、下付き、分数、√などが標準で備わった機能の範囲で可能であるし、Micorosoft数式オブジェクトを利用すればΣや積分などの複雑な数式を容易に記述できる。しかし、Wordには編集結果を画像として書き出す機能がない。
PowerPointには、スライドをGIFで保存する機能がある。これは使えるけれども、PowerPointは数式を書く環境としてはWordより劣る。Wordでは数式オブジェクトを一個の文字のように扱うことができるが、PowerPointでは数式オブジェクトは画像と同じで文章とは無関係の存在である。また、数式オブジェクトはテキストを編集するとその影に隠れて見えなくなってしまう。また、PowerPointが書き出すGIF画像のファイル名は半角カタカナで始まる名前になっている。名前を変更しないことにはインターネットに上げることができないので余分な手間がかかる。ただし、以上述べたことはPowerPoint97での考察結果である。最新版でどうなるかは試していない。 
(5) Flashの利用
FlashはMacromedia社のアニメーション作成用ツールである。Webのオンラインゲームによく利用されている。受信する側は無料で配布されているFlashプレーヤーをインストールしておく必要がある。作成用ツールは有料である。
同期配信技術を利用するとFlashアニメとReal Mediaの動画を同期させて配信することができる。アニメーションを作るのは手間がかかるが、PowerPointの自動プレゼンテーション程度のことをやるのであればそれほど難しくなく利用できる。文字については、イタリックや上付き、下付きの指定はできるが、分数や根号の入力はできないようである。
MS Word上で入力したMS数式3.0のオブジェクトをコピーしてFlash上で貼り付けることで数式の入力が可能であることがわかった。ただし、Flashに貼り付けるとMS数式オブジェクトではなくなってしまうので、修正はFlashの機能を利用することになる。したがって貼り付けた後での修正は面倒である。また、Windows2000では、=、+、−などの演算記号やΣが?に変わってしまい、事実上、使い物にならない。Windows MEではWordとFlash5を同時に動かすとシステムリソース残がわずかとなり、不安定な環境での作業を強いられることになるが、Wordを起動せずにMS数式を単独で動作させれば余裕のある状態で作業できることもわかった。
(6) Windows Mediaの作成
Windows Mediaを作成するためのエンコーダも無料で配布されているので、比較のため試用してみた。Real Producer BASICでは出力の画面サイズは入力と同じになるが、Windows Mediaでは出力の画面サイズはビットレートから定まるサイズに変更されるようである。なお細部の評価は今後行いたい。

4 配信実験の結果
(1) RealPixで一般エラー
RealPixでは、表示する画像ファイルのファイル名とタイミングを拡張子が.rpのファイルで指定する。HTTPサーバ(Microsoft IISを使用)によるRealPixを利用した教材の配信実験で、 RealPlayerが

一般エラーが発生しました。
RealPix: Image file slide6.gif does not exist.

というエラーを表示し再生が始まらないという問題が発生した。「slide6.gif」はRPファイル中で指定したファイルのうちの1つであるが、別のファイルになることもある。学内LANに接続されたPCでは受信できるので、送信側の問題ではないように思う。受信に問題が起こるのは筆者の自宅で受信する場合であるが、同じ内容を筆者が加入しているプロバイダのWebサーバにアップロードして受信してみると正常に動作する。そのため、受信側の問題ともいえない。
なお、送信にReal Serverを用いる場合にこの問題は生じていない。
(2) テスト環境
今回の実験で用意したADSL回線は1本だけであった。そのため、サーバの動作確認は容易ではなかった。HTTPサーバの確認は学内LANに接続されたPCで可能であったが、 Real Serverの動作確認は自宅から行うしかなかった。
当初、Real Serverは設定に不備があって正しく動作していなかったのであるが、学内LANがReal Serverに対応していないためにHTTPサーバからのデータを受信して、一見、Real Serverが働いているかのように見えてしまった。そのため、Real Serverが動作していないことに気付くのが遅れてしまった。

5 終わりに
Real Mediaを中心とした同期配信技術を利用して教材配信を行いうることが確認できた。Real Serverには回線速度に応じてビットレートを可変にする機能があり、これは、特にアナログモデムで接続された環境に対して有効であろう。
個人向けISPでホームページサービスにReal Serverを取り入れているところがある( @Nifty)。今後、Real Serverが利用可能なレンタルサーバサービスも増えてくるものと思われる。それらのなかから法人契約が可能なところを探しておくのも次年度に向けての課題である。
一方、8MbpsのADSLが立ち上がるなど、インターネットの広帯域化が急速に進行している。8Mbpsが現実のものとなれば、TV放送に匹敵する動画の配信が可能で、同期配信技術に頼らず動画自体に文字情報を埋め込む形での教材配信ができるようになる。その方向からのアプローチも視野においておきたい。
(本研究は平成13年度私立大学等経常費補助金特別補助を受けて進めている)