文教大学付属教育研究所 紀要第10号(2001年発行)

特集 大学教育の情報化

第2言語習得とCALL環境


生 田 祐 子
(文教大学国際学部)



要 旨

国際学部CALL授業の結果をもとに、CALL(Computer Assisted Language Learning =コンピュータ支援言語学習)環境における語学教育の有効性を、第2言語習得の観点から論じる。特に以下の項目について考察する:1)語学カリキュラムとCALL 2)CALL環境の背景 3)授業実験 4)CALL環境の現状と将来への課題

1. はじめに
国際学部では、2000年度の新カリキュラム編成時に、1年次語学必修科目としてCALL101(春学期)、102(秋学期)、2年次必修語学選択科目としてCALL201(春学期)、202(秋学期)を開講した。CALLは、Computer Assisted Language Learningの略語であり、「コンピュータ支援言語学習」の形態をとる科目をCALL科目と呼ぶ。CALL教育では、次の3項目を目的とする:1)マルチメディア環境とネットワーク環境利用による4技能習得。2)国際理解教育の促進。3)第2言語(外国語)のComputer-Mediated Communication (以下CMC)能力の育成。本稿では、これまでの学習結果をもとに、CALL環境における語学教育(筆者の立場から「英語教育」の実践に基づく)の有効性を、第2言語習得の視点から論じ、英語教育全般への提言を行いたい。

2. 語学カリキュラムとCALL
語学科目は専門領域科目とは異なり、基礎教育、教養教育の一端を担い、高校教育の延長に位置する技能向上重視の授業が中心となってきた。社会のニーズとは裏腹に、ごく一部をのぞいては語学教育改革は遅々として進まない現状がある。事実、6年間に渡る英語教育を経て入学してくる学生の平均的な英語力は、個人差はあるが国際比較の中でも下位に入るのは、周知の事実である。この理由は、英語を媒介として社会生活または教育を受ける機会が少ないこと、即ち英語を母語とする環境で英語を学んでいないことが、大きな要因だと考えられる。しかしながら、インターネットの普及で、社会のグローバル化の進行は著しく、英語はもはや教養や情報収集のためだけの道具ではなく、CMCの手段として急速に広がりつつある。
このような現状をふまえ、英語教育は、あらゆる分野、教育機関において抜本的にみなおされてきている。国際学部では、2000年度のカリキュラム改革を機に、基礎的な4技能教育(Listening, Reading, Writing, Speaking)の訓練をCALL教育環境で行うことを提唱した。その他に、EIC(=English for International Communication)として、英語のみ使用の環境でのリスニングとスピーキング訓練授業を開始した。また、留学や就職を目指す学生の試験準備のためのコースである、ESP(=English for Specific Purpose)、専門分野を英語で学ぶためのEAP(=English for Academic Purpose)を設置した。必修科目数を最小限に抑え、選択必修科目として学生のニーズに応じて選べる語学科目とした。セメスター制への移行により、週2回開講できるこのカリキュラムは、学生の学習意欲も高め、効果を上げていくことが期待されている。

3. CALL環境の背景
3.1第2言語習得理論とCALL
初期のCALLは、構造主義言語学的立場から提唱されたAudio Lingual Methodに代表される暗記やドリルを中心とした機械的な学習環境として始まった。それは、60年代から80年代にかけて、日本中の学校に広がったいわゆるLL教室に代表される。80年代頃からは米国を中心に、パソコン単体で動くハイパーカードテキストで作られた教材が開発され、ゲーム感覚での反復学習が注目された。同時に教授法の研究では、機械的なパターンドリルを中心とするAudio Lingual Methodより、Communicative Approach, Silent Way, Community Language Learningなど心理的側面を重視する説が支持された。90年代に入り、インターネットのインフラが整備されるにつれ、ネットワークコミュニティでの言語教育が注目され、今日のようなCALL環境に至っている。
英語を日常的に使用しない学習者にとっては、CALL環境はバーチャルコミュニティとなると同時に、ボーダーレスなネットワーク世界に生きる相手と、同時性(synchronous)コミュニケーション:e-mail, BBS(Bulletin Board System) on-line conferencing、 chat、また、非同時性(asynchronous) コミュニケーション: e-mail, BBS等を用いたコミュニケーションが可能となる (Herring, 1996)。 Ellis(1994)が、「豊富なコミュニケーション活動の中で、学習者に言語の形に気付かせその明白な知識を学習させることが、効果的である」と教室でのインタラクションと学習効果について言及している。この様に、コミュニケーション能力は、コミュニケーションすることにより初めて習得できると考えられる。そのための、インプットとアウトプットのバランスをとることが可能な場が、CALL環境であると考えられる。

3.2 CALL環境における言語学習法
CALL学習法は多岐にわたるが、次の3つに分類することができる。
1) Behavioristic (行動主義的)Learning Strategies: 基本的な4技能の習得をめざして、セルフラーニング(個別学習)を行う。リスニング、文法学習に適している。特にハイパーカードによる機械的なゲームや練習問題が効果的である。
2) Communicative Learning Strategies: CMC能力育成のため、インターアクティブなプログラム、機能を用いて学習する。
3) Integrated Learning Strategies: Task Based Approach, Project Oriented Approach, Content Based Approachと呼ばれるように、学習者がテーマについて、ウエッブ上の豊富なリーディング素材から情報収集をしながら学んでいく方法。以下のウエッブを使ったライティングプロジェクトを一例として挙げることができる。特徴は学習者に選択権をあたえるautonomy重視の環境であることである。

4. 実 験
この実験は、CALL教育学習効果を測定するためのパイロットスタディであり、学習環境に統制を加える必要があるため、筆者が週2コマ担当できる2クラスに限定して行った。

4.1 方法
被験者:国際学部1年生43名 IR3 クラス(21名) IR7クラス(22名)(人数は実際にプレースメントテストを受験した学生数で、履修登録者数とは異なる)
実験期間:2001年4月~7月(春学期)
Pre・Post Testによる測定:リスニングを含む英語プレースメントテスト(習熟度テスト;英語検定2級レベル)と語彙力調査テストを使用。

4.2 学習内容
4.2.1 Listening, Reading, Writing CALL教材(学生用CD-Romあり):
「アメリカンバーチャル体験」(育英新社)日本人留学生がアメリカの都市を訪ねる設定になっているセルフラーニング教材である。ビデオ映像つきの音声ファイルは、自然な早さの英語を学ぶに最適である。トピックに関するホームページリストも含まれ、関連の英文ホームページを速読教材として使える。練習問題等は単調だが、工夫次第で4技能の訓練をすることが可能である。(CALL教室で使用)
4.2.2 LL教材(学生用CD-Romあり):English Listening and Speaking Basics, Asahi Press
IPA(=International Phonetic Alphabet) に基づく発音を学びながら、英語の聴覚と発声のトレーニングを行う為のテキストである。授業では、発音記号の解説と、全体発音練習を行う。テキストの練習問題は自宅学習で行わせ、学期中2回にわけて発音記号の識別と実際の発音のテストを実施している。
4.2.3 ウエッブを使ったライティングプロジェクト
学期中2つのトピックについてのプロジェクトを行った。検索機能の使用方法を学び、ウエッブ上の資料を集め、読む作業を行う。資料として添付したい画像等をコピーし、その解説を英文200〜500語で書く。 文章の完成後、添削、内容の音読練習、音声ファイルの作成を行なう。発表は、授業時間に学生のプロジェクトをプロジェクターとモニターでクラス全体に流す形をとった。作成したファイルは、湘南キャンパスのネットワークコンピュータ上のクラスファイルに保管、だれにでも学内でアクセスができる。(ただし、2001年度終了時まで)このプロジェクトを作成するにあたり、学習者はインターネットでの資料収集、多量の英語の読み込み、情報の整理、自分でのまとめと、かなりの作業を強いられる。
他に、リーディング力と語彙力増強のために、新聞、雑誌、ホームページからの英文記事をクリッピングし、単語リストと要約を書く課題を毎回課した。授業中に、発表をさせ、英語で質疑応答を行う。学生たちは、この授業と並行して、スピーキング中心のEIC(=English for International Communication)の授業を週2回受講している。

4.3 調査結果の分析と考察

図1


図2 01年度生 PT&語彙調査平均点比較(IR3,IR7)単位:点

2001年4月実施 2001年7月実施
IR3 IR7 IR3 + IR7 学年全体 IR3 IR7 IR3 + IR7
PT総合(100) 25.8 51.6 39 36.6 36.0 51.8 44.7
PTリーディング(50) 13.5 23.0 18.4 18.1 16.4 21.4 19.2
PTリスニング(50) 12.3 28.6 20.6 18.6 19.6 30.4 25.5
語彙調査 108.6 175.5 142.8 153.1 133.6 214.0 178.1
受験者数 21名 22名 43名 277名 17名 21名 38名

図1の度数分布では、7月実施の得点上昇が顕著である。特に低い点数の学習者が伸びて、被験者の平均が、総合点で5.7点(100点満点)(図2参照)上昇していることがわかる。 注目すべき点のひとつは、4月実施時の点数からIR3 とIR7では、IR7の方が成績上位クラスである。しかし、伸び率は、IR3の方がより高い。リーディング部分では、2.9、リスニング部分では、7.3と大幅に伸びていることがわかる。リスニングにおいては、初期点数の低い学習者の方が、CALL環境でより学習効果があるとすれば、興味深い考察である。しかし、語彙調査に関しては、IR3 が25、 IR7が 38.5と成績上位クラスの伸びが顕著である。
総合点での5.7の伸びの観察から、CALL科目の学習効果が見られると判断する。旧カリキュラム通年1年間受講後と今回の結果(CALL科目を含む新カリキュラム一学期間受講後)では学習環境条件が異なるため正確には測定が困難であるかもしれない。しかしながら旧カリキュラム1年間の後における結果が総合点で5点前後であることから、その有意差は読み取られると考える。(小林・生田 2000)

5. CALL環境の現状
言語教育の理想的環境は、Immersion Programに代表されるように、目標とする言語による教育を受けることと、その言語を生活においても使用できる場合である。それに近い環境がインターネットの世界で少しづつ可能となっている。
現状では、文教大学湘南校舎においてCALL教室は6226教室のひとつだけあるが、LL機能が入らない簡易CALLシステムを搭載したマルチメディア教室(3213教室)とLL教室を併用して授業を行っている。ハード面に関する全面的なサポートは情報処理課が担い、運用方法のサポートは2人のLL助手(非常勤職員)が担っている。
2つの異なるタイプのCALL対応教室を比較すると、簡易CALLシステムをインストールしているマルチメディア教室(3213)は、語学教育で最も重視すべき音声面、特にLL機能、画面でのインターアクションの機能、学習・出席記録機能が搭載されていないことと、コミュニケーション学習に対応していない教室のレイアウトからも、実用面で問題がある。特に実際の授業の中で、学生同士や教員と学生のインターアクションに欠けるため、教授法の観点から、CALL教室(6226)の方が教員に支持されている。ただし、セルフアクセスラーニング(自習)の形態の授業であれば影響は少ない。

6. まとめ:文教大学の語学教育の将来
入学者の英語の基礎学力の低落傾向のため、現実には平均的な到達目標が英語検定試験2級程度に留まると思われる。しかし、学生たちの学力の伸長は、明確な動機付けとプログラム化された効果的なシラバス、そして教員の英語教授力すなわちインターアクションやコミュニケーションのあり方にかかっている。とりわけ重要だと思われるのは、目標とする言語を学ぶためのインセンティブ、どの言語を、いつ頃までに、どの程度のレベルまで習得するかという到達目標の設定、そしてクラスサイズ(人数)と個人訓練学習ができる学習環境である。また、CALL環境が、ティーチングマシーンのような無機的学習法の場ではなく、人間のコミュニケーションを中心とする教育の延長線にあるという意識の上に、ハードとソフトの議論だけではなく、教師の「ウォームウエア」がその環境を生かすのに不可欠だと思われる。 
以下に、これからの外国語教育の改革への7つの提言を記して終わる。
1)外国語教育理論に基づいたカリキュラムとシラバスの採用。
2)目標言語による授業(Immersion Programに準じる形をとる。)
3)少人数クラスの徹底(教授法では、15名以下を少人数と呼ぶ。)
4)教師主体の授業ではなく、学生主体の授業。
5)語学教育とその研究経験を重視した語学教員の採用と研修。
6)サポートスタッフ(LL,CALL環境)との協力体制(特に教材の電子化)
7)語学教育を配慮した教室及びハードとソフトウエアの整備。

参考文献
Chapelle, C.(2001). Computer Applications in Second Language Acquisition. Cambridge University Press.
Ellis, R.(1994). The Study of Second Language Acquisition. Oxford: Oxford University Press.
Hanson-Smith,E.(Ed.)(2001) .Technology-Enhanced Learning Environments. TESOL
Herring,S.C.(Ed.).(1996)Computer-medicated communication:Linguistic,social and cross-cultural perspectives. Philadelphia: Jhon Benjamin.
生田 (2000). 「19章CALL」『SLA研究と外国語教育』Jacet SLA研究会編.
小林・生田(2000). 「大学語学教育カリキュラムとCALL教育環境:文教大学国際学部の取り組み」『第39回JACET全国大会要綱』pp.163-164.
小林・生田(2001).「CALLを利用した語学教育の動向」『大学教育と情報』Vol.10. No.1. 私立大学情報教育協会
町田隆哉他(2000)「新しい世代の英語教育:第3世代のCALLと総合的な学習の時間」松柏社
Warschauer, M. et.al. (2000). Internet for English Teaching. TESOL
Warschauer,M. (2000). Network-based Language Teaching: Concepts and Practice. Cambridge University Press
同志社大学北尾謙治教授のホームページ http://ilc2.doshisha.ac.jp/users/kkitao/
HKUST(Hong Kong University of Science and Technology) http//www.ust.hk/celt/wbt/