『教育研究所紀要第7号』文教大学付属教育研究所1998年発行

特集 「教育職員養成審議会第1次答申」を読んで

特殊教育の視点から

星野 常夫 (文教大学教育学部)

本稿は、答申の中でふれられている特殊教育に関連する教員養成の問題に限定して論を進める。
ただ、この答申は、通常の教育に眼目が置かれており、特殊教育についてはけして多くの分量が割かれているわけではない。しかし、現行の特殊教育の抱える課題とこれからの方向についての課題も散見できるので、それらのことを私見として述べていきたい。

T 特殊教育の理解の増進

答申は、教職課程の具体的改善方策をいくつか指摘しているが、特殊教育に関連するものとしては次の二点がある。
@教育実習の充実
中学校の教育実習について最低習得単位数を5単位(うち事前・事後指導1単位)に改め、さらに、「教育実習の一部を盲・聾・養護学校や特殊学級において実施することについては、障害のある子どもたちに対する個に応じた指導を観察・体験することで、教職に関する理解と自覚を深めるとともに、教育者としての使命感や実践的指導力の基礎を一層高める観点から、大きな意義があるものと考える。」
これと同じような趣旨の、いわゆる「介護等体験特例法」(正式名称「小学校及び中学校の教諭の普通免許状授与に係る教育職員免許法の特例等に関する法律」 )がすでに平成9年に成立し今年度から施行されている。これは、教育実習とは別に義務教育段階の教員養成においては2日間の特殊教育諸学校での介護体験が必修となったのである。
A特殊教育に係る内容の必修化
「障害のある子どもたちの心身の発達及び学習の過程に係る内容を、現行の『幼児、児童又は生徒の心身の発達及び学習の過程に関する科目』の中に含めるべきことを制度上明記し、すべての学校段階に属する教員の特殊教育に関する理解を深めることとする。」
幼稚園、小学校、中学校、高等学校の普通免許状の取得に際して特殊教育に関する内容の習得が必修となったのである。
@とAから次のことがいえる。
各学校段階の教員免許状(特殊教育諸学校の教員免許状に対して基礎免許状という)の取得に際し、義務教育の学校段階のすべての教員志望者は、特殊教育の実態にふれ、さらにすべての学校段階の教員は大学における養成の中で特殊教育に関する内容を学ぶことが必修となった。
このように、以前に比べて特殊教育に対する理解が通常教育の中で増してきたといえるだろう。ではことはどのような意味があるのだろうか。
いわゆる障害をもっていたり特別な配慮を必要とする子どもが通常の学級に在籍するという事例が多くなり、通常学級の教員も特殊教育に関する知識を必要とすることが多くなってきており、その対応であるとも考えられる。
また、これまでの障害児を分離して教育をするという視点だけでなく、通常教育の中でできるだけ対応しようとする「特別なニーズ教育」という考えを論議する契機となるかもしれない。

U 特殊教育諸学校の教員免許制度の弾力化

答申の「カリキュラム以外の免許制度の弾力化」の項の中で、「盲・聾・養護学校に係る免許制度の弾力化」がうたわれている。
@ 特殊教育教員免許状の複数取得を容易にするこれまでは特殊教育諸学校としての盲学校、聾学校、養護学校の三つの学校種別の免許状を取得するためにはそれぞれ別個の単位の取得が必要であった。このため、たとえば盲学校教員免許状をすでに所有しているものが、あらたに養護学校教員免許状を取得するためには再度すべての単位について履修をしなければならなかった。
本答申では、それぞれの特殊教育諸学校の免許状を取得するための単位の一部を三種類の免許状に共通に認定されるものとした。
具体的には、教育職員免許法施行規則第7条の付表(盲・聾・養護学校における「特殊教育に関する科目」 )のうち第一欄を共通にした。
このことは第一欄の科目の単位数は変化はないが、その内容は変わらざるをえなくなった。つまり、これまでの科目の内容は、取得しようとする免許状の種類に応じて盲・聾・養護学校それぞれの学校の教育を中心とするものであったが、これからは、盲・聾・養護学校すべてにかかわる内容を含むものとなるのである。
特殊教育教員免許状の複数取得を容易にすることの意義は、特殊教育諸学校がこれまでのように障害種別で分けることが困難になり、また障害の重度・重複した子どもを教員は担当せざるを得ず、それにふさわしい教員養成が求められ、それに対応するためであろう。
A 知的障害教育においては基礎免許状による、担当部、教科の制約を撤廃するこれまでは、教育職員免許法第3条により、盲学校、聾学校または養護学校の各部(幼稚部、小学部、中学部、高等部)の指導については、各部の相当する基礎免許が必要とされた。
答申では、このうち「知的障害児」および「知的障害」を合わせもつ「重複障害者に係る国語、社会、数学等いわゆる一般教科の扱いについては」「基礎免許状による担当部・担当教科の制約を撤廃することとする。 」とある。
「知的障害」という障害の特性のため、発達段階の遅れた高等部生徒に国語や数学を教える時に高等学校の国語や数学の免許は必須の条件ではないだろう。むしろ、「知的障害」という障害の特性に関する専門性を有していることが必要だろう。この場合には、高等学校の国語や数学の免許状よりも養護学校教員免許状をもつことのほうが意味があると考えられる。
これは、これまでの「知的障害児」教育の現実を無視した教員免許の制約をなくし、その教育の実態に合わせた改正であり、合理的なものであろう。
また、基礎免許状による担当部の制約をなくすことで、各学部間の教員の人事交流がスムーズに行われる可能性をもたらした。

V 教員免許法の付則24の特例について

最後に、本答申はまったくふれてはいないのだが、現行の特殊教育のかかえる重要な問題点のひとつである特殊教育教員免許状の免除規定に関する課題をとりあげる。
特殊教育諸学校の教員の免許については、教員免許法第3条3項によると、「盲学校、聾学校又は養護学校の教員免許状のほか、盲学校、聾学校又は養護学校の各部に相当する学校の教員の免許状を有する者でなければならない。 」とあり、特殊教育諸学校の免許状に加え、基礎免許を呼ぶ幼稚園、小学校、中学校、高等学校の免許状が必要とされている。
しかし、付則24(昭和29年6月3日)において、次のような特例が設けられたのである。
基礎免許状をもつ者は、「当分の間…第3条の規定にかかわらず、盲学校、聾学校又は養護学校の相当する各部の教諭となることができる。 」とされた。
つまり、特殊教育諸学校の免許状をもっていなくても、基礎免許状をもってさえいれば特殊教育諸学校の教員となることができるという状態が「当分の間」(といっても40年以上にわたり)継続しているのである。このようなことは、教育職員免許法第1項の「教育職員は、この法律により授与する各相当の免許状を有する者でなければならない」という趣旨にも矛盾している。この付則による特例の影響は、以下の数字に如実に現れている。
特殊教育諸学校および特殊学級で特殊教育を担当している全国の教員のうち、いずれかの特殊教育免許状をもつものの割合は、養護学校 51.4% 聾学校 30.5% 特殊学級 28.7% 盲学校 20.2% というような低い比率となっている。
また、特殊教育教員の採用試験の受験要件に特殊教育免許状の所有を問わないという都道府県が、53%にも達しているということも上の状態を助長する原因となっていると考えられる。
これらの特殊教育諸学校に入学する子どもの保護者の立場になって考えれば、自分の子どもを担当する先生がその分野の専門家であると思うであろう。まさかその分野で無免許であるとは考えてはいないだろう。
特殊教育免許を取得していることが、その分野の専門家となるかどうかは別にしても、多くの特殊教育諸学校の教員は教師養成段階ではその分野の講義を受けていない。
このような状態で現実に特殊教育諸学校がなんの混乱もなく運営されているならば、現行の大学における特殊教育教員養成とはどのような意味があるのだろうか。
このような付則の特例を廃止することが解決策になるかどうかは別にして、この問題について本答申はふれてほしかった。いずれ、どこかで十分な議論がなされることが必要であろう。

参考資料

・「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について」(教育職員審議会・第一次答申) 1997年7月28日
・瀬尾政雄、特殊教育の教員養成、こころの科学、1998.9.


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