『教育研究所紀要第7号』文教大学付属教育研究所1998年発行

特集 「教育職員養成審議会第1次答申」を読んで

感性の教育を柱として

福井 昭雄 (文教大学教育学部)

教員の資質能力に求められるもの

学校週5日制の完全実施に関わる教育課程の改訂は、授業時間の大幅縮減にともなう教育内容の厳選による学校教育のスリム化が大きな"ねらい"となっており、「総合学習」を採り入れるという新たな問題を含めて重要な課題となっている。
こうした教育の新たな時代を迎え、養成校におけるカリキュラムの改善や、教員採用の方法、初任者研修のあり方など、教員の資質能力の向上は早急に取り組まなければならない問題である。
教育職員養成審議会による第一次答申には、これからの時代に求められる教員の資質能力の向上や、教員の改善について述べられており、未来に生きる子どもたちを育てるものとして、幅広い視野に立って教育活動ができる能力を基盤とした実践的な指導力が求められている。答申には、養成系大学における教職課程のあり方や、カリキュラムの改善などが示されているが、これらを充分に検討し新たな時代に向っての教員養成を考えねばならない。
近年、教育の構造を「子どもを中心とした教育」に転換すべきだということが強く主張されており、高度成長期以後、学歴偏重による社会の枠組に適合する子どもたちを育てることを目的としてきたことへの反省がみられ、「生きる力」の育成を基本とした方向に転換している。
子どもが自ら感じ、考え、学び、問題を解決し、行動できる資質や能力を育て、感動する心や、おもいやりの心など豊かな人間性をつくる感性や創造性を育成していかなければならない。特に自然や身近な事象への興味や関心をもたせたり、豊かな心情や感性を育てるには美術、音楽、文学、演劇、舞踊などの芸術教科を、より充実しなければならず、この分野の資質をもっと高めていく必要がある。
「芸術を愛好し、芸術に対する豊かな感性を育てること」は、中教審答申(平成8年)での育成すべき資質・能力の一つとして取り上げられており、我が国や諸外国の文化と伝統に対する理解と愛情を育てるなど、芸術教育を通して他人を思いやる心や、生命や人権を尊重する心、自然や美しいものに感動する心などをあげ、自分の生き方を主体的に考える豊かな人間性を育てることを通して「生きる力」の育成とするなど、これからの教育のあり方について述べられている。
国際化・情報化の進展の中で、科学技術を中心とした知育偏重の教育だけではなく、感性や情操、創造力など、心を育てる教育を大きな軸として、知性や感性、社会性など、バランスのとれた教育が求められている。
教員に求められる資質能力としては、地球的視野に立って自ら考え、幅広く教育活動に積極的に生かすことが求められ、教員としてこれからの激しい時代に向って対応できる社会人としての豊かな人格と、教員としての実践的指導力が求められている。

豊かな個性の育成を

教員に求められる資質能力のなかに「得意分野を持つ個性豊かな教員の必要性」が述べられているが、教員集団としては同じような資質能力を持った者同志より、それぞれの専門領域が多様であったり、個性豊かな人材によって構成されていた方が、互いに連携しあいながら様々な問題に対応していくことができる。
いじめや登校拒否など学校を取り巻く困難な問題が山積している現状では、学校と家庭や地域社会との協力が必要であり、教員以外の専門家による連携や協力体制をつくり、積極的に進める必要があるとしている。
これは画一的な教員像を求めるのではなく、一人一人の分野づくりや、個人の才能や特質を日頃の研鑚のなかで伸ばしていくことを重要視しており、"主体的に学ぶ力"や"思考 力" "創造力""表現力"など、感性を柱とした教育のあり方が重要になってくる。
子どもの生活環境をみるとマルチメディア社会による間接的な体験が多くなっているのに対し、直接的な体験の場が少なくなり、身体を使った直接的な活動経験を通した表現活動による体験的な学習がますます重要になってくる。
21世紀を迎えて国際化や情報化は急速に早まりつつある、社会の変化とともに新しい文化の胎動は必至であり、マルチメディアにおける情報の役割が増大し、地球規模での環境汚染や破壊は急速に進み、環境教育への取り組みはすべての教科で進めなければならない。このような状況の中で、教員としての資質能力を身につけながら、それぞれの得意な分野での研究と豊かな個性を持った人材を育成することが必要になってくる。

広い視野からの専門性

望ましい教員を育成するための教員養成の役割は極めて重要であるが、なかでも免許状取得に関わるカリキュラムは、これからの教員養成に直接的に影響を及ぼすものである。
カリキュラムの改善で大きく変わった点は、「教科に関する科目」が半減し、その分が教職科目に移されていることであろう。改善されたものを見ると「教科に関する科目」が、現行の小学校1種18単位が8単位に、中学校、高校では40単位が、現行2種免許状並の20単位と半減されており、その分が「教職に関する科目」「教科または教職に関する科目」の単位数に増加されている。
教職科目の重視は理解できても、中学校や高校における専門科目での実力低下はまぬがれない。しかも、各科目ごとの最低修得単位数の細目は廃止するとされており、免許教科として必要とおもわれる科目をとらなくても免許状を取得できるということになる。
教科に関する科目とは、その教科の基盤となすもので、小学校、中学校、高校において扱われる教科の内容としてとらえるだけでなく、その教科の基礎・基本をふまえ、より広い視野に立っての教育研究がなされるとみられる。
更に、小学校の2種は4単位、中学校は10単位となっており、これだけの単位でそれぞれの免許状が取得できてしまうとなると、専門科目としての基礎的な知識や技術すら身につけることができないのではないか。
特に美術、音楽、体育などの実技教科においては、基礎的な知識や技能を身につけておかなければ、実際に教壇に立った時に、援助も指導もできないのではないかと思われる。
最近の学生の特徴として自分に興味のないものには、まったくの無関心であり、自分の不得意なものには出来るだけ手をつけないようにしているように見える。
入学当初の学生に「モナリザの作者は?」「ボッティチェルリの代表作は?」と質問すると、分らないという者もおり、中学程度の鑑賞の問題を出しても答えられない者がかなりいる。又、のこぎりや金槌も使ったことがないという者が多く、木彫などで小刀を使うと怪我をする者が続出し医務室が大繁盛という笑えない現実にぶつかるのが実情である。
これは、進学優先の教育のあり方にも問題があるが、当然理解していなければならないことでも分っていないということであり、大学でもある程度の基礎的な学習が必要となってくる。
美術の分野には、絵画(版画)・彫刻・デザイン・工芸(木工・金工・陶芸・染色等)・鑑賞などがあり、材料や道具の扱い方など、どうしても経験しておかなければならないことがあり、造形領域の基本的枠組みを理解してもらわねばならない。
小学校での図画工作では、自然材や人工材など様々な素材と直接触れ合いながら、子どもの生活を通した造形活動が展開される。クレヨンや絵の具などの描画材、紙、木、粘土、空容器など材料についての特質について調べたり、その扱い方についての研究。小刀や彫刻刀、のこぎりや糸のこミシンなどの道具の扱い方など、実際に製作を進めながら修得していくことが必要である。
中学校や高校では更に専門的な知識や技術も必要となり、コンピュータやインターネットなどマルチメディア教材も絵画やデザインの学習として行われている。
このように造形活動の基礎的なことから、美術史や理論などを含めた鑑賞や、デザイン、陶芸、木工、金工、染色など、やや専門的な領域までを修得し、それらを教材科し、現場で役に立つような素地をつくっておかなければならないとすると、今度の改善にやはいささか疑問が残る。
最近の学生の美術に対する関心や美術体験は、極めて消極的であり、高校で美術を選択しているものは30%程度であり、工芸は開設していない学校が多く、履修している者はほとんどいない。美術専修の学生も、美術そのものに対する理解や関心の深さは、美術を専門としない一般の学生に近い場合が多く、油絵を描いたり、粘土での塑造を大学に入ってから初めて経験したという学生もめずらしくはない。
個性豊かな人材を求めるなら、先ず自分の専門分野を広い視野からみつめ総合的な知識や技能を身につけ、更に深めていくことが出来るように育てていくことが大切で、豊かな感性や創造性をはぐくみながら豊かな人間関係をつくれるような人材を育成していかなければならないと思う。


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