『教育研究所紀要第7号』文教大学付属教育研究所1998年発行

特集 「教育職員養成審議会第1次答申」を読んで

よりよい教員養成のために整えること

佐藤 C子(文教大学教育学部)


教員養成の在り方を考える前提として −戦後の学校教育と子どもたち−

学校教育は、時代や社会の進展に伴う社会的要請を受けて、その時代に即した教育が行われてきている。戦後50余年の学校教育を振り返ってみると、学習指導要領の改訂にその足跡を確かめることができる。第二次世界大戦後の先進諸国の科学技術力の進歩は目覚ましいものがあった。日本でもそれを目指しての学力向上を指向した学習指導要領の改訂が昭和33年に行われた。科学技術教育の振興を目標としたこの期を端緒に教育内容は過密となり、その後学校教育についていかれない子どもたちを増加させることになった。一方学歴社会も進み、受験競争は厳しさを増し、偏差値教育という用語も多用されるなど、子どもたちの学習環境は悪化の一途を辿り、学校教育にも多くのひずみを生み出させ、これらは子どもたちに諸種の問題を引き起こさせる要因となったのである。これらの状況を踏まえながら現代から将来を見通した教育の在り方を検討するため中央教育審議会が設置されてきたが、その第15期の第一次答申が平成8年7月19日に公表された。それを受けて教育課程審議会は「ゆとりの中で生きる力をはぐくむ」を改訂の基本方針とする教育課程の在り方を示す答申を、平成10年6月22日に公表 したのである。教育内容を大幅に削減し、基礎的内容を全員につけさせることを主眼とする。学習指導法も一斉指導による知識注入型を排除し、自ら課題を見付け、その解決法を考え実行するという方法を取り入れる。など改められることになった。
子どもは本来好奇心旺盛であり、知的欲求も強く、個性をもつ存在なのである。知的刺激が得られ、自分を生かすことのできる学習の場が学校にあれば子どもたちは喜んで登校するであろう。学校へ、各教科の学習へ子どもたちを取り戻すには、分かり易く、楽しく、成就感のもてる授業にしなければならない。そのための教師の責任は大きく重いのである。

教育職員養成審議会第1次答申の示す教養養成のカリキュラムについて

 文部大臣は、第15期中央教育審議会の第1次答申が出された10日後に、教育職員養成審議会に対して、"新たな時代に向けた教員養成の改善方策について"を諮問した。これは前述したように、学校で起きている子どもたちの深刻な問題や、教科指導、生徒指導に直接かかわる教員の養成の在り方に対する審議を要請したものである。検討事項として、
A.教員養成課程のカリキュラムの改善について
B.修士課程を積極的に活用した養成の在り方について
C.その他関連する事項 の3つが掲げられたが、早期に結論が求められた@の全体及びBのうち特別非常勤講師制度の改善についてに検討を加え、その結果を本答申としている。それ以外のものについては今後引き続き審議することになっている。
第1次答申の全文を精読したのではない。最も関心があり身近な問題である教員養成のカリキュラムに関する部分の、とくに現行と改正されるものとの比較を中心にみたところについて思ったことを述べる。
現行制度によるカリキュラムと改正案で示されたものを比較すると、教員免許取得のための修得単位数の総計は変わらないが、(小・中・高校とも1種で比較する)科目区分とそのそれぞれで修得すべき単位数に変更がみられる。「教科に関する科目」の単位数が減らされ、「教職に関する科目」の単位数が増えている。新たに「教科または教職」の区分が設けられ、その中で修得すべき単位数が示されている。このように改めたことについてはその必要性が述べられているが、まとめると次のようになると考える。
A.現行の免許基準では教員養成のための修得すべき科目とその単位数が詳細に規定されている。平成3年の大学設置基準の大綱化では大学カリキュラム編成の自主性が拡大されたにもかかわらず、教員養成に関してはそれが適用されていない。
B.新たな時代における教員の資質・能力として、得意分野をもつ個性豊かな教員の必要性をあげている。そのためには教員を志願するものは最低必要な授業科目とその単位の修得の他に、「教科又は教職」の区分の中に、大学の裁量によって設けられた授業科目を選択履修することができる。
以上のように、大学側に教員養成のためのカリキュラム編成の自由裁量が認められたのであるから、どのような授業科目をおくのかについては、大学において教員養成の理念を確立することが前提条件となる。また学生側には目的意識を明確にして自ら科目を選択する力量が必要となる。以上のことを踏まえて私の専門である家庭科教育の立場から私見を述べる。

家庭科教員養成のカリキュラムについて

平成10年6月22日に公表された教育課程審議会の答申では、小・中・高等学校における家庭科教育改善の基本方針が次のように示された。(要約)
A.男女共同参画社会の推進、小子高齢化への対応を考慮して、家庭の在り方、家族の人間関係、子育ての意義などの内容を一層重視する。
B.主体的に生活を営む能力を育てるため、自ら課題を見出し、解決を図る問題解決的な学習の充実をはかる。
C.家庭や地域社会との連携や生涯学習の視点を踏まえつつ、学校における学習と、家庭や社会における実践との結びつきに留意して内容の改善を図る。
以上を受けて、小・中・高等学校の各段階の家庭科教育は、内容、学習指導法とも従来のものとは変わることになった。詳細は紙面の都合で省くが、これからの家庭科担当教員は、視野を家庭だけに止めず地球的規模に広げ、学習者一人一人に「生きる力」を育成することを目指して、多岐にわたる教科内容とそれぞれに適切な学習指導法の修得が必要である。教科内容は生活全般にわたる基礎科学、その周辺科学を修めることになるが、「教科に関する科目」20単位(中学1種、高校1種)では到底不足であり、「教科または教職」の区分の中に家庭科の専門科目をできるだけ取り入れたい。「教科に関する科目」「教科又は教職」の区分のなかに、具体的にどのような授業科目をおくかについては、今後の家庭科教育の方向性と家庭科教育を担当する教員として備えるべき資質・能力をどう考え、どう育てるかについての綿密な検討がなされなければならない。

 まとめ・意見

ここにきて教育改革の波がいくつも打ち寄せてきている。すべて21世紀を担う子どもたちの幸せを願ってのことである。「教育職員養成審議会第1次答申を読んで」をまとめるに当たって考えたことをあげてみたい。

A.教養審の答申を受け、教免法も一部改正になることから、教員養成の学部をもつ大学ではカリキュラムの改訂に取り組むことになるが、カリキュラムの一部手直しという微調整だけでよいのだろうか。教員は人を育てるという重要な責任をもつ専門職である。学部4年卒で直ちに一人前とみなされて教職に就くが、医師にインターン制度があるように、教員にも1〜2年の実務・研修期間をとり、その中で臨床的・実践的経験を踏んでから正規の教員になるということは考えられないだろうか。

B.小学校教員の場合、カリキュラムの改変に伴って教科担任制(1教科ではなく自分の得意とする教科を中心に4〜5教科)にすることはどうだろうか。従来は全教科を担当するため「教科に関する科目」の修得単位は18単位であった。新基準では8単位に減じられている。「教科または教職」の区分に「教科」をおいても現行基準には満たない。

C.これからの教員養成の在り方の検討とともに、現に教職についている教員に対して、教育環境を整えることも考えたい。現場の教育条件を整備することによって、教員としての力量を現在以上に高め、教育効果を上げることが期待できるのではないだろうか。例えば少人数学級による学習指導である。長野県の小海町で「きめ細かな教育」を打ち出し、文部省の基準を守れば1,2年とも各1クラスのところをそれぞれ分割して2クラスずつにしようとした。しかし県教委の指導でそれの実現はできなかったが教科によってはチームティーチングの方式をとることにし、教員は正式の採用はできないところから「町採用の先生に副主任の形でついてもらう」ことにして実施する。という記事を本年4月11日朝日新聞の天声人語欄でみた。子どものため、教員のためという勇気ある決断である。

D.現職教員の研修機会を増やすことも考えたい。現代は生涯学習の時代である。研修会、教員相互の情報交換などによって、日々進歩する科学や増加する情報の獲得は教員にとって不可欠である。また、明確な問題意識や目的意識をもっての大学院入学も一法である。これらの研修結果は国の目指す教員の資質・能力の向上に大きく寄与すると考える。


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