『教育研究所紀要第8号』文教大学付属教育研究所1999年発行

特集 「新学習指導要領」を考える

新学習指導要領 - 家庭科の視点から

福田 はぎの (文教大学教育学部 家庭専修)

要  旨

新学習指導要領において家庭科の領域区分が従来の専門縦割り的編成(被服、食物、住居等)に替わり生活課題別編成ともいうべき新方向が打ち出され、なかでも「家庭」重視の立場を一層明確にしたことは画期的だと考えられる。ただし、児童・生徒のわかり易さあるいは時流の重視が、諸課題の客観的理解へと導く知識教育的側面の縮小あるいは技能教育軽視等の傾向を誘発し兼ねないことに、今後の新たな問題所在が示唆されていると思われる。

1.はじめに

新学習指導要領告示に先立って発表された教育課程審議会答申(平成10年7月)によれば、小・中・高等学校を通じた家庭科の「改善の基本方針」(ア〜エの4つの方針を要約する)は、@生活をよりよくしようとする意欲と実践的な態度の育成を一層重視する観点からの領域構成・内容の改善、A男女共同参画社会の推進、少子高齢化などへの対応を考慮した家庭の在あり方や家族の人間関係、子育ての意義などの内容の充実、B実践的・体験的学習の重視と問題解決的な学習の充実、C家庭・地域社会との結びつきに留意した内容の改善、となっている。このうちBには、全教科に共通する「基礎的・基本的な知識・技術を確実に身に付けさせる」というねらいが明示されており、学校完全週5日制への移行に伴う年間授業時数減少に対応した「内容の精選」の基軸的考え方が示されている。家庭科でも現行の内容から部分的削除並びに小学校から中学校への部分的移行などの措置がとられた。その他、全体にわたり大小さまざまな改訂が行われたことはいうまでもないが、以下では、それらすべてに言及することはせずに、とくに注目できる家庭科の変化として@とAに関し、小・中学校を中心に若干の 点を検討するにとどめる。

2.現行領域区分の問題点

小学校家庭科の内容はこれまで3領域区分法がとられていた。現行(平成元年告示)では、A被服、B食物、C家族の生活と住居、その前(昭和52年告示)はA被服、B食物、C住居と家族というのがそれで、この前提にあるのが、中学校・高等学校も含めた領域編成における、被服学、食物学そして住居学等といういわば専門縦割り型の考え方である。もとより、家庭科に対応する大学以上の専門科学においては、被服学、食物学そして住居学は相互に異領域をなしている。このレベルでは相次ぐ技術革新のなかで専門細分化が顕著で、これら諸科学を集めてひとくくりの学問分野として統一名称を掲げている家政学(生活科学への名称変更が進展している)について、統合上の難点が指摘され続けてきた。にもかかわらず家政学という「共通の家」に収まり得るのは、この分野の発生基盤に家庭生活の改善・科学的管理という実践的理念(本元は20世紀初頭にかけて始まるアメリカ合衆国のHome Economics)があり、それにはまた衣食住は家庭の営みへと統合されるという事実認識が裏打ちされていたからである。この点、小・中・高等学校の家庭科は科学教育というより、家庭生活という児童・生徒の生活経験的枠組みが先行的に重視されるから、ひとまず専門細分化の荒波は直接かぶらないかにみえた。しかしその中味に立ち入れば、繰り返すまでもなく実はそれなりの専門領域性は存在していた。それが家庭科の衣・食・住等の領域区分法なのだと了解されるのである。
しかし3領域区分法にはすでに微妙な変化が進行していた。上述のCの領域名に注目すると、現行「家族の生活と住居」は、それ以前の「住居と家族」を改訂したものであり、改訂の趣旨は「家族の生活と関連させながら住居の内容を取り扱うことを一層明確にする観点から」(文部省『小学校指導書 家庭編 平成元年』傍点は筆者)とある。言葉の配列順位にこだわれば、後方にあった「家族」が前に位置づけられた。しかしそもそも一体なぜ「住居」だけが、「家族の生活」と結合する必然性があったのであろうか。実際、現行指導要領で領域別に設定された「目標」および学年別の「内容」をみると、被服と食物の各領域では「家族」への言及がないばかりか、食物と被服というモノに即した知識、技能の学習だけに限られている。例外といえば「団らんの場を楽しくする」間食の意義(第5学年)と「会食の意義」(第6学年)で、ここに家族の人間関係等、ヒトにかかわらせた内容がわずかに登場する。ではC領域ではどうか。実はここでも「住居」と「家族」に直接的な関連づけはなかった。住居の学習は住まいというモノに即した知識で完結し、一方、「家庭の仕事」(第5学年)お よび「生活時間」、「買物の仕方や金銭の使い方」等(第6学年)により構成された家族の学習において、住まいとの関わりは「内容」をなしていない。結局、前回の改訂は、その趣旨と齟齬するかのように「住居」と「家族」との単なる形式的同居の域にとどまるものであった。

3.新視点―専門性より生活実態

「家庭生活の理解」について文部省はすでに次の見解を示していた。すなわち「家庭生活には、家族の人間関係、衣食住などの生活及び時間、労力、経済など家庭経営的側面があり、これらが有機的に関連し合って家庭生活を構成している」(前掲平成元年『指導書』)。「家族」と「衣食住などの生活」そして「家庭経営」の諸側面分け、と同時にその総体を示す「家庭生活」という、いわば部分と全体を関連づける認識がここにある。こうした生活実態としての家庭生活の総合性についての見解は実は、戦後の新教育制度発足の当初より基本的に家庭科関係者のあいだにあったとみることができる。しかしその後の教科内容構成の考え方としては、科学=知識の専門性に委ねる方向で、結果として「家庭生活」が細分化されてしまった。これを顧みることがなければ、家庭科は衣・食・住の諸知識・技能の寄せ集めにもなりかねなかった。また家庭科がほぼ昭和30年をさかいに「女子向き」教科として、いわゆる固定的性別役割分担論あるいは職業教育であれば女子向き職能育成という産業的目的と結びつけて位置づけられる傾向がこの<寄せ集め>を許容した側面が否定できない。将来は被服関係の仕事 をしたい、あるいは栄養関係の道に進みたいというような、家庭科学習を通じた女子固有の専門別職業意識形成コースは多くあったし、現在も同様である。また<主婦>の家事知識・技能の養成だけが目的ならば<寄せ集め>もとくに障害にはならない。家庭科領域の専門縦割り型の考え方が維持された背景には、むろんこのような産業界主導型の職業と家庭のジェンダーも伏在していた。
今回の新指導要領が領域区分を、その考え方の基本に立ち戻って改訂したことは画期的であると思われる。小学校の内容改訂の解説をみると、このように述べられている。すなわち「家庭生活は衣食住それぞれの生活が単独で行われているのではなく、また、家族とかかわり合いながら営まれている…児童が生活を実感し、問題意識をもって課題を解決できるようにするため、内容の相互連関を図りながら柔軟に題材構成ができるように、内容を改善し…すなわち…3領域で内容を示していたことを改め、『家庭生活と家族』『衣服への関心』『生活に役立つ物の制作』『食事への関心』『簡単な調理』『住まい方への関心』『物や金銭の使い方と買物』『家庭生活の工夫』に関する8つの内容に整理統合して構成し、複数の内容の関連を図った題材の構成をしやすくしている」(文部省『小学校学習指導要領解説 家庭編 平成11年』傍点は筆者)。さらに中学校では、現行で「家庭生活」「食物」「被服」「住居」「保育」と5領域区分されていたのが、「生活の自立と衣食住」と「家族と家庭生活」の2領域に再編された。ここでも同様に、家庭科教育が基盤としていた学問的・科学的専門領域 区分を超え、家庭生活という生活実態に基づく新しい領域=課題編成に挑戦するという新指導要領の自己刷新の一面がとらえられる。

4.「家族」重視の意図

専門縦割り型から実態重視へという転換方に関して、もうひとつ注目したいのが「家族」の位置づけ方である。繰り返すまでもなく、前2回の指導要領改訂をつうじ「家族」は「住居」領域に初め宿を借りるかたちで、次いでその首座をしめるかたちで形式的同居を続けていたとみることができる。これは結局、衣・食・住(モノとその管理)中心の教科内容構成を何らかのかたちで脱却しない限り打開は難しかった。方法は少なくとも2つ考えられたはずである。1つは、家族というヒトの領域を別建てすること、もう1つは従来の領域構成自体を廃止することだが、後者の場合、新築の理念が必要とされるために一定の苦労と責任が問われ兼ねない。新指導要領は結果として後者の方法を選んだとみることができる。そしてこの場合の新たな理念を前掲の「家庭生活は衣食住それぞれの生活が単独で行われているのではなく、また、家族とかかわり合いながら営まれている」という解釈に読みとれるといえないであろうか。いわば衣・食・住を統合する要に家族が位置づけられた。家族という要を打ち出したことこそ、今回の実態重視への具体的転換方法であったとみることができる。
こうした方法を支えたのは時代の流れである。「改善方針」Aが明確に示すように「男女共同参画社会の推進、少子高齢化等への対応」の必要性が「家族の人間関係、子育ての意義」を強調する教科姿勢を導出させた。いわゆる家庭責任も含めて男女実質的平等を実現するプログラムは、すでに家庭科男女共修実施前後に一応ひとつの山を越えた。しかし現実にはむしろポスト共修段階でジェンダー論は活気を呈した。「男女共同参画社会」は今後ますます切実な推進課題となることはいうまでもない。なかでも論議が集中しているのが少子高齢化問題である。いまや夫婦・親子という人間のプライベート領域の中核まで、学校教育機能が直接関与する時代状況が進展しつつある。この時代の流れにあって、「家族」は学校教育全体の普遍的テーマとなり得ると考えられる。しかし現状では「家庭生活」領域を分担してきた実績をもって、家庭科がこの任を担う表明をした。新指導要領をこのように読むことも可能なのである。

5.今後に投げかけられた問題点 −むすびにかえて−

一般に、人がそこに帰属し、家族諸関係(むろん扶養も含む)をとおして、また往々にして呼吸をするように再生産している家庭生活を、なぜ改めて学校で義務教育の一環として学習させる必要があるのだろうか。経験的事実が教えるところでみれば、日本人の誰もが小学5年生でボタンのつけ方、ご飯の炊き方、引き出しの整頓法を等しく習い何らかの程度で身に付ける。あるいは「家族」についても、みなが一度は何らかの程度で外側から(客観的に)父母やきょうだいを考える体験をもつ。児童・生徒は学校生活の背後に家庭をもっている。その各家庭の事情は極めて多様である。そうしたなかで平等に一定の「家庭生活」を学習させるということは、家庭科という学校教育が果たす人格形成上、技能育成上の重要な機能だと考えられる。しかしだからこそ問題になるのが、個別具体的な学習内容である。これについて新指導要領の細部に言及するゆとりは最早ないが、いま最も気になる問題点を2つだけあげておきたい。
1つは実技内容の軽減傾向についてである。小学校ではほころび直しが、「日常生活にかかわりの薄くなった」内容として削除され、またこれまで具体的に指定されていたエプロンやカバー類の製作、じゃがいも料理といった題材名が表面から退いた。地域の実態に即した指導、あるいは児童の選択度の重視等、それなりの理由は示されているが、現実には実技の手抜きというマイナス効果が予測される。中学校でも被服製作の選択的履修、調理食品名や調理方法の具体的指定の廃止等、同様の傾向がみられる。いわゆる大綱化の流れのなかで、家庭科教員もその力量や判断力、指導者的実践力の充実がおおいに要求されるわけであるが、学習内容の実技軽減がマイナスの波及効果として、教員養成カリキュラムにおける実技軽視傾向を発生させるとすれば、将来に向けて児童・生徒のなしくずし的で増幅的な実技力低下がおおいに懸念されることになる。
もう1つは「消費」教育への傾斜傾向である。小学校では金銭の記録の仕方、中学校では家庭の収入と支出が削除され
た。ともに生活経済の学習領域の縮小に結び付く。問題はそれが基礎・基本の重視という質的対応として適切であるかどうかである。結果的にはこの学習領域が「消費」に限定されたことが否めないように思われる。現行中学指導要領にある「家庭の経済」という文言が存続しなかった理由は不明であるが、中学生段階までに、自分だけではなく家族の経済(家計としての金銭の流れ)があることの客観的認識を形成することは必要であると考えられる。元来、消費概念は家庭経済というフレームワークの一側面でしかない。この認識の重要性もさることながら、実際に児童・生徒をとり囲むさまざまな家庭生活上の経済問題が増大の一途をたどるなか、そうした問題に対する客観的理解の道を示すことこそ、家庭科が担う現代的課題だと考えられる。にもかかわらず、消費行動面に限定することは、かえって問題をみえにくくし現実回避に通じかねない。児童・生徒がわかり易い身近な課題を重視するあまりに、より広い視野からとらえた現実を冷静にとらえる思考を育成することを怠るとしたら、単に易きに流れる愚になりかねないであろう。
小学校で金銭の記録の仕方を削除する理由には、それが「家庭や日常の生活で行った方が効果的」だからとある。しかしこの文言は、家計簿をつける親が減少するという現状に戻してみれば、かえって<これからは家庭で行うべき>という警鐘に転じるばかりである。教育課程審議会答申では、学校だけではなく家庭、地域社会も分担・協力関係を一層明確にするという趣旨も強調されている。しかし実際には、事実先行的に「家庭の機能の低下」が進展するなか、この趣旨の実現化にはさまざな意味の困難が予測される。児童・生徒の生活実態を重視し、「家族」を重視する家庭科新指導要領であれば、教科内容における学校と家庭の分担関係の模索過程に、ある意味で他教科以上に慎重かつ深刻な議論が必要とされる。この削除決定もそうした議論の結果とは考えられるが、しかし読む側には釈然としない印象が残るのである。家庭科がその社会的位置において、家庭生活の現実を直視し、児童・生徒のための小・中学校・高校を通じて体系的な生活知を創り・創り替えねばならなことは当然だと思う。その場合、専門縦割り型を超えることは今後に向けたスタンスとして有効だと考えられる。その半面、 内容を盛り込むという課題には想像以上の具体的問題があるはずだ。家族重視ですらいまはスタンスの域をでない段階である。新指導要領は家庭科の新局面を切り開く可能性を明示したと考えられる。この軌道を逸することなく今後は着実で社会的に説得力のある内容創りがおおいに期待されると思う。


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