『教育研究所紀要第8号』文教大学付属教育研究所1999年発行

特集 「新学習指導要領」を考える

新・学習指導要領-私はこう見る(図画工作・美術)

一人一人の子どもを出発点として

福井 昭雄 (文教大学教育学部 美術専修)

要  旨

 改訂の主な内容としては、小学校「図画工作」では、"造形遊び"の内容が全学年を通じて展開されることや、中学校「美術」では、従来の絵画、彫刻、デザイン、工芸の四分野が「絵や彫刻などで表現する活動」と「デザインや工芸などで表現する活動」の二つの分野にまとめられている。これらは、子どもの趣味や関心に対応して選択できる主体的な学習として成り立つように示されている。

 図画工作に求められるもの

 今回の学習指導要領の改訂では、平成14年(2002)から始まる学校週5日制の完全実施による各教科のスリム化と、教科の枠を越えた「総合的な学習の時間」の新設、中学校での授業選択の幅が拡げられ各学校で独自のカリキュラム編成ができるようになったことなど、子どもが自ら学び、問題を解決し行動できる資質や能力を育てる"生きる力"の育成を目指している。
図画工作科の目標として「表現及び鑑賞の活動を通して、つくりだす喜びを味わうようにするとともに造形的な創造活動の基礎的な能力を育て、豊かな情操を養う。」と示されているが、現行の「表現及び鑑賞の活動を通して、造形的な創造活動の基礎的な能力を育てるとともに表現の喜びを味わわせ、豊かな情操を養う。」と比べてみると、「…表現の喜びを味わわせ」が、「…つくりだす喜びを味わうようにする」と改善されており、ここでは学習の主体が子どもたちにあることを示し、子どもがものとの関わりを深め、見たり、描いたり、作ったりしながら、自分の思いや願いを表現する楽しさや喜びを味わうようにすることを教科のねらいとしている。
又、現行では「造形的な創造活動の基礎的な能力を育てるとともに表現の喜びを味わわせ」となっているが、これを反対にし「創造活動の基礎的な能力を育てる」の前に「つくりだす喜びを味わう」を入れている。これは、ともすると基礎・基本を重視することによって特定の知識や技能を指導することに重点がおかれることもあるので、先づ子どもが感じたり思ったことを大切にしながら表現することの喜びを味わい、そこから造形感覚や基礎的な能力を育てていこうという考え方で、一人一人の子どもたちが創造的な造形活動を通して豊かな情操を養うことができるという、造形活動の基本的な方針を一層明確にしたものとみられる。
各学年の目標及び内容は、現行と同じようにA表現、B鑑賞の二つの領域で構成されているが、主な改訂点としては、楽しい造形活動として「造形遊び」が高学年にも組み入れられたことと、「絵や立体で表す」と「つくりたいものをつくる」を一体化し、全学年を通して「造形遊び」と「絵・立体・つくる」の二本柱となったことであろう。
表現(1)にあたる「造形遊び」は新学習指導要領では高学年にも扱えるようになり、楽しい造形活動として5・6学年にも位置づけられることによって造形活動の大きな柱の一つとして一貫性をもつようになった。
「造形遊び」は昭和52年の学習指導要領の改訂で「造形的な遊び」として登場し、平成元年の改訂によって中学年までに拡大された。現場では一応定着しつつあるように見えるが、造形遊びについての解釈がさまざまで、必ずしもすべてが望ましい形で行われているとは思えず、そうした中で図画工作の柱の一つとして位置づけられたことは大きな意味をもつものと思
う。
表現(2)の内容をみると「見たこと、感じたこと、想像したこと、伝え合いたいことを絵や立体に表現したり、工作に表したりするようにする」(5・6学年)となっており、現行の三つの項目である(1)絵に表す (2)立体に表す (3)生活を楽しく豊かにするものをつくる。を一体化して子どもたちに多様な表現活動を促しながら、自分が表現したいものを選ぶことができるようにしている。
現行の表現(3)の「生活を楽しくするものや飾るもの、想像したものを作ることができるようにする。」という内容は取り上げておらず、(2)の内容の中に含まれてはいるが、具体的な内容は示されていない。
表現(2)の内容は「絵や立体で表す」と「つくりたいものをつくるや工作に表す」との二本立てになっているようだが、それぞれの内容についての説明が不充分でわかりにくい。「好きなものを好きなようにやりなさい」では、子どもを主体とした多様で柔軟な教育の試みが実らず、かえって"教育のマニュアル化"を招き、○○方式などと呼ばれる指導法が盛んになるような危惧を感じる。
厳選ということで造形活動の重要な内容を削減したり減少するということではなく、この教科で育てねばならないところは、確りおさえて明確に示してもらいたい。
B鑑賞については、特に大きな変化はみられないが、地域の美術館などの利用、校内での作品展示など、鑑賞教育をより充実させようとすることが読みとれる。鑑賞したことを自分の表現に生かすという、表現と鑑賞の有機的な結びつきが望まれている。
新学習指導要領では、各学年の内容も2学年づつにまとめており、現行のように学年ごとに示されていないので、指導計画の立て方や学年ごとの発達をどのように考慮するかなど不安やとまどいを感じる先生方もいるのではないかと思う。
今、図画工作に求められるものは何かと問う時、この教科でなければ育てられないものを確りおさえて、基礎・基本となるものを身につけながら基礎的な能力として育て、自分の思いを自由にのびのびと表現でき、主体的な創造活動ができるこの教科の特性を充分に生かすことができるようにしたいものである。

生活と文化の視点から

中学校学習指導要領「美術」の目標は、「表現及び鑑賞の幅広い活動を通して、美術の創造活動の喜びを味わい美術を愛好する心情を育てるとともに、感性を豊かにし、美術の基礎的能力を伸ばし、豊かな情操を養う」とされているが、現行の「表現及び鑑賞の活動を通して、造形的な創造活動の能力を伸ばすとともに、創造の喜びを味わわせ、美術を愛好する心情を育て、豊かな心情を養う」と比べてみると、「美術を愛好する心情を育てる」を重視し、そこから感性や美術の基礎的能力を伸ばすというように改善している。
感性の教育は幼児期から始まるが、自己確立が不安定な時期とされる中学生にとっては特に重要で自然や社会、人間関係など相互交流の中で豊かに育てることが望まれる。
ここでも学習の主体が子どもたちにあることを示し、表現や鑑賞など広がりのある多様な造形活動を通して、美術を生涯愛好する心を育て、感性を豊かにし、個性を生かしながら美術の基礎的な能力を伸ばし、情操を養うように示している。
今回の改訂では、現行のA表現の、絵画、彫刻、デザイン、工芸の四つの分野を「絵や彫刻など」と「デザインや工芸など」の二つの分野にまとめたことであろう。
「絵や彫刻などに表現する」は、絵画というような固定的なとらえ方でなく、「絵」として、スケッチやイラストレーションなど、日常生活の中での表現として幅広くとらえ、彫刻もいわゆる美術作品としての彫刻だけでなく、立体造形的なものも含めてい
る。
スケッチについては、第1学年では自然や身近なものを観察し、その形や色彩の特徴や美しさなどを感じとってスケッチするようにと示されており、第2・3学年では、さらに対象を深く見つめ感じ取ったこと、考えたこと、夢や憧れ、想像したことや自己の感情などを含め心の世界をスケッチして表すとなっている。今回の改訂ではスケッチを表現の基礎的な能力として重視しており、描くことと見ることとを一体化することで観察する力、表現する能力を身につけ、より深い表現力の育成を目指している。
又、表現の多様化として漫画やイラストレーション、写真、ビデオ、コンピュータなど映像メディアによる表現もできるようにしている。いろいろな表現を楽しみながら表現の可能性を持たせることはとても重要なことだが、既成の作品の模倣など安易にならないように一人一人の個性を生かした創造的な表現となるようにしたい。
表現(2)の「デザインや工芸など」も、デザインと工芸を一つにまとめてあり、相互に関連づけたり、一体的に扱うことができるようにしている。
アは、形や色彩、材料、光などのさまざななものを対象として、造形感覚や美的感覚を働かせて造形的に美しく構成したり装飾したりするデザイン活動の学習内容である。
イは、主として用途や機能に即した工芸的な学習で、独創的な発想を基にしてつくる喜びを味わったり、必要に応じた基礎的技能を身につけて創意工夫してつくるようにしている。
ウは、図や写真、ビデオ、コンピュータ等映像メディアなどの特質を生かして伝えたいことを表現する伝達デザインの学習内容である。
エは、(2・3学年)身近な環境について、自然と共生しつつ心豊かに生きていく視点に立って図やイラストレーション、模型などをつくったり、映像化するなど立体的なデザイン活動の内容としている。
ここでは身近な生活環境について造形的な関心をもち、発想や構想、材料や用具の扱いなど基礎的な知識や技能を身につけて、それぞれの意図に応じて美しく表現することが示されている。
更に、共同による創造活動を経験させることや、互いに作品を発表したり交流するなど、身近な環境や人間関係の中で生かしていくことが求められている。
B鑑賞では、現行の「(1)絵画や彫刻の鑑賞」と「(2)デザインや工芸の鑑賞」を統合させ、美術の基礎的能力や態度を鑑賞の学習を通して育てていくように示され、鑑賞教育を重視する方向が強調されている。
今回の改訂では、●日本の美術や伝統文化に関心を向けた鑑賞指導の充実。●日本や諸外国の文化遺産や児童作品、特にアジアの文化遺産についても鑑賞し美術を通して国際理解を深める。●地域の美術館や博物館等の文化財などを積極的に活用し、校内に鑑賞作品を展示したり、観賞用図書、映像資料等の活用を図る。●自然や生活と美術との深いかかわりを理解する。等があげられており、地域や学校を中心とするネットワークづくりをしながら主体的な鑑賞学習の質を高めていくことが必要であり、更にインターネットなどを通した国際的な作品の交流などを取り入れていくことも考えられる。
選択教科としての「美術」は、「課題学習、伝統工芸など地域の特質を生かした学習、表現の能力を補充的に高める学習、創造的・独創的な芸術表現を追求する発展的な学習などの学習活動を各学校において適切に工夫して取り扱うものとする。」と、指導計画の作成と内容の取扱いの項で示されているように、表現と鑑賞を相互に関連づけたり、一体化して多用な学習活動ができるようにしている。各学校の地域や生徒の特性に応じた柔軟な対応が望まれる。
この教科の特色は一人一人の子どもたちの資質を出発点としているところにあり、それは大人の美術文化を継承したり、模倣するということでなく、子ども独自の造形表現があり、そこから新たな創造活動を生みだしていることにあると思う。今回の改訂ではそのことを更に深め、それぞれの子どもたちが生き生きとした造形活動ができるように精選・統合されたとみた
い。
授業内容の厳選にともない、今回の改訂の大きな特徴のひとつは複数の分野を統合したことにあり、子どもの興味や関心に対応した選択や、課題学習が可能となるように弾力的に示されている。
遊びのもつ主体性や創造性を学習の場に生かし、全身の感覚を働かせながら進んで取り組むとき、その活動は多様に広がり、深まりを増していく。子どもたちが様々な発想を生みだし想像力を働かせながら表現の幅を広げていくことで豊かな展開が期待できるであろう。

〈参考文献〉
●新学習指導要領のポイントと解説 (教育美術1999年3月号)
●21世紀をひらく学習指導の展開Part1 (教育美術1999年4月号)
●21世紀をひらく学習指導の展開Part2 (教育美術1999年5月号)
●21世紀をひらく学習指導の課題Part1 (教育美術1999年7月号)
●新学習指導要領を生かすために (美育文化1999年4月号)


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