『教育研究所紀要第8号』文教大学付属教育研究所1999年発行

特集 「新学習指導要領」を考える

新・学習指導要領−私はこう見る 特殊教育の視点から

星野 常夫 (文教大学教育学部 特殊教育専修)

要  旨

本稿では平成11年の学習指導要領において表れた特殊教育のあり方に関する大きな変化である次の4点について述べる。その改正点は、前回の学習指導要領(平成元年)と比較して、文言・表現に変化がみられたものと、今回の学習指導要領(平成11年)において全く初めて登場したものという二つに分けることができるだろう。前者としては、1)小学校教育における障害児への対応について、2)「自立活動」について。後者としては、3)「総合的な学習の時間」の新設、4)教科の新設である。
なお本稿では特殊教育のうち特に知的障害を対象とする教育を主として扱う。

1 小学校教育における障害児への対応について

新・小学校学習指導要領における「障害をもつ児童」に関する記述を前回(平成元年)のものと比較をすると、
・平成元年小学校学習要領
第1章総則
第4 指導計画の作成に当たって配慮すべき事項
2−(6)「心身に障害のある児童などについては、児童の実態に即して適切な指導を行うこと。」
2−(10)「地域や学校の実態等に応じ、家庭や地域社会との連携を深めるとともに、学校相互の連携や交流を図ることにも努めること。」
・平成11年・小学校学習指導要領
第1章総則
第5 指導計画の作成に当たって配慮すべき事項
2−(6)「障害のある児童などについては、児童の実態に応じ、指導内容や指導方法を工夫すること。特に、特殊学級又は通級による指導については、教師間の連携に努め、効果的な指導を行うこと。」
2−(10)「開かれた学校づくりを進めるため、地域や学校の実態等に応じ、家庭や地域の人々の協力を得るなど家庭や地域社会との連携を深めること。また、小学校間や幼稚園、中学校、盲学校、聾学校及び養護学校などとの間の連携や交流を図るとともに、障害のある幼児児童生徒や高齢者などとの交流の機会を設けること。」
下線は、新・学習指導要領における文言・表現の変化や追加などを筆者が示したものである(以下、同じ)。
2−(6)の比較では、新・小学校学習指導要領に見られる「障害のある児童」に対する配慮に関する表現は平成元年のものと比較すると、より具体的になったといえるだろう。小学校の中にある「特殊教育」の場である「特殊学級」や「通級による指導」という具体的な名称をあげ、それに係わる教師の連携を促している。また「通級による指導」を明示ししているということは、普通学級の中にいる「障害のある児童」への対応に関する配慮を示唆しているとも考えられる。
2−(10)の比較では、地域社会との連携や交流として、前回の学習指導要領には全くなかった「盲学校、聾学校及び養護学校など」と特殊教育諸学校を具体的にあげている。これは、小学校や中学校が「特殊教育」との連携を深めようとする姿勢をみることができ、これからの「特殊教育」の方向性としても望ましいと思う。
2−(6)と2−(10) に共通していえることは、前回が当たり障りのない一般的な記述であるのに対し、新・小学校学習指導要領ではかなり踏み込んだもので、特殊教育との連携に積極的な姿勢を感ずることができる。

2 「自立活動」について

養護・訓練とは特殊教育諸学校における教育課程の四領域のひとつであり、学校教育法施行規則第73条の7および8で定められている。
平成11年の盲学校、聾学校及び養護学校小学部・中学部学習指導要領(以下、新・学習指導要領と呼ぶ)において、この養護・訓練は自立活動という名称に変更される。
新・学習指導要領を前回平成元年のものと目標、内容、指導計画の作成と内容の取り扱いの3点について比較する。
まず、目標について
・平成元年 第5章 養護・訓練
「児童又は生徒の心身の障害の状態を改善し、又は克服するために必要な知識、技能、態度及び習慣を養い、もって心身の調和的発達の基盤を培う。」
・新・学習指導要領 第5章 自立活動
個々の児童又は生徒が自立を目指し、障害に基づく種々の困難を主体的に改善・克服するために必要な知識、技能、態度及び習慣を養い、もって心身の調和的発達の基盤を培う。」
次に、内容について
・平成元年
心身の健康(下位項目数3、以下同じ)
心理的適応(3)
環境の認知(3)
運動・動作 (5)
意思の伝達(4)
の5項目
・新・学習指導要領
健康の保持(4)
 心理的な安定(4)
  環境の把握(4)
身体の動き(5)
コミュニケーション(5)
の5項目
目標に関する変化については、単なる訓練から子どもの自立へ向けた主体的な活動が中心となるような表現になっている。
内容については、項目名の表現が多少変わっているものの基本的な内容や全体の項目数などは大きな変化はない。しかし、下位項目については、平成元年の18に比べ新・学習指導要領では22と4も増えている。これは、活動の内容をよりきめ細かくしたからであろう。
最後に、指導計画の作成と内容の取り扱いについて
・平成元年
「指導計画の作成に当たっては、個々の児童又は生徒の心身の障害の状態、発達段階、経験の程度等に応じた指導の目標を明確にし、第2の内容からそれぞれに必要とする項目を選定し、それらを相互に関連づけて具体的な指導事項を設定するものとする。」
・新・学習指導事項
「自立活動の指導に当たっては、個々の児童又は生徒の障害の状態や発達段階の的確な把握に基づき、指導の目標及び指導内容を明確にし、個別の指導計画を作成するものとする。」
個別の指導計画の作成という文言が新たに入っているのが大きな改正点であるが、従来の指導の中でも、一人一人の子どもに合わせて指導を行い、指導の個別化も多かれ少なかれ行って来ているという現場の声もある。そもそも個別の指導計画を念頭に置かない知的障害教育など存在するはずもないのであるから、柔軟に考えることが必要であろう。 
「自立活動」の知的障害教育における位置づけとしては、知的発達の遅れに直接対応するのではなく、その遅れに伴うさまざまな問題に対応するものである。この点は、「養護・訓練」の時から変わらないものであり、他の障害児教育とは異なる点である。

3 「総合的な学習の時間」の新設

総合的な学習の時間が新設され、新・学習指導要領の第1章総則、第2節教育課程の編成において、「総合的な学習の時間の 取り扱い」が掲げられている。
「1.総合的な学習の時間においては、各学校は、地域や学校の実態、児童又は生徒の障害の状態や発達段階等に応じて、横断的・総合的な学習や児童又は生徒の興味・関心等に基づく学習など創意工夫を生かした教育活動を行うものとする。
2.総合的な学習の時間においては、次のようなねらいをもって指導を行うものとする。
(1)自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、朱血当て気に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること。
(2)学び方やものの考え方を身につけ、問題の解決や探求活動に主体的、創造的に取り組む態度を育て、自己の生き方を 考えることができるようにする。
3.各学校においては、2に示すねらいを踏まえ、例えば国際理解、情報、環境、福祉・健康などの横断的・総合的な課題、児童又は生徒の興味・関心に基づく課題、地域や学校の特色に応じた課題などについて、学校の実態に応じた学習活動を行うものとする。」
以下、総合的な学習の時間の名称、配慮事項などについて触れている。
知的障害児教育におけるこの「総合的な学習」の位置づけについては、既存の指導との区別という点で難しいというか不明確なところがある。
知的障害児教育ではこれまで「領域・教科を合わせた指導」があり、指導の形態として生活単元学習、作業学習、日常生活の指導、遊びなどが広く現場では実践されている。これは、各教科や領域を合わせて授業を行うことができるという学校教育法施行規則第73条の11の特例によるものであり、知的障害児教育の伝統的な主要な指導形態である。
両者の違い、つまり新設「総合的な学習」とこれまで知的障害児教育で行ってきている「領域・教科を合わせた指導」との明確な区別がしにくい。別な観点から言えば、両者には重なるところがあり、実際の指導場面ではとまどうことも多いのではなかろうか。

4 教科の新設

知的障害養護学校中学部の選択教科として「外国語」、高等部の選択教科として「外国語」と「情報」が新設された。また高等部の専門教育に関する教科として「流通・サービス」が新設された。
これらは、社会全体の国際化、情報化に対応し、また産業構造の変化に応じた多様な職業教育を考慮したものであろう。

参考文献

文部省 盲学校、聾学校及び養護学校学習指導要領案 時事通信社 1999(平成11)年3月
発達の遅れと教育 日本文化科学社 1999年5月号

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