『教育研究所紀要第8号』文教大学付属教育研究所1999年発行

通常学級在籍の軽度発達障害児に対する「通級による指導」の役割

−その指導と援助の実際−

稲川  亨

(東京都東村山市久米川小学校教諭・東京学芸大学夜間大学院生)

要  旨

「通級による指導」が制度化されて5年が経ち、「新学習指導要領」の特殊教育の教育課程では「養護・訓練」にかわって「自立活動」が設けられる。また、IEP(個別指導計画)を作成し個々のニーズにあった教育が浸透されつつある。
こうした動きを踏まえて筆者が勤務する東京都の通級指導学級での指導の実際を報告するとともに通常学級に在籍する軽度発達障害の児童・生徒に対する指導・援助のあり方と「通級による指導」の役割を探っていきたい。

1 はじめに

世界的にノーマリゼーションの考えがすすむなか、1994年文部省は、LD等の軽度発達障害を持つ児童・生徒に対し「通級による指導」を制度化した。
東京都では、それより以前に弱視・難聴・言語障害・情緒障害の通級制の学級が存在している。そのため東京都における通級教育は「通級指導学級」と名称を変える程度で制度化によって大きな変化は見られなかった。
しかし、教育課程届を「通級による指導」を受けている児童・生徒が在籍する学校から個別に提出するなどに変更され、児童・生徒個々のニーズに応じた指導・援助が意識され、指導の多様化がはかられた。
また、統合教育に対する保護者の意識の高まりもあり、通常学級に在籍する障害児は増加の傾向を辿り「通級による指導」の必要性は今後、ますます高まるだろうと推察される。こうした流れのなか、この報告では、筆者の勤務する「通級指導学級」の指導・援助の実際とその役割について論じていきたい。

2 学校の沿革

筆者の勤務する学級は1981年、他地区の情緒障害学級と同様、主に自閉症の児童を対象に設置された。
その後、中・重度の自閉症の児童は、固定制の心身障害学級や養護学校へと進路をとることが多くなり、児童数が減少した時期もあった。
しかし現在は「通級による指導」が制度化されたことも手伝って1999年2学級13名の児童が通級している。さらに今年度中に4〜5名の児童が通級を開始する予定である。

  表1 1999年6月現在の通級児童数

合計
12
合計 13

3 対象の児童

通常学級に在籍する児童で知的には標準レベルにあるのにもかかわらず通常学級の授業に適応できないいわゆる軽度発達障害の児童や不登校・場面緘黙などの心因性の情緒障害の児童が対象になる。

4 軽度発達障害について

学習障害、注意欠陥・多動性障害(ADHD)自閉症、アスペルガー症候群といった障害程度の軽い一群がこれにあたる。
本学級では、不適応の状態像で入級を判断しているため医師の判断等厳密なものとはなっていない。

5 入級の判断

入級は教育委員会主催の判定会を経て決定される。体験通級の児童観察によって児童の学習能力・運動能力やコミュニケーションスキル等の情報を経て、入級判定会において報告する。また、教育相談室からの情報としてWISC−R、生育歴、保護者面接、プレイルーム場面での児童の様子が報告され、さらに学級担任から日常での教室の様子が報告される。以上の情報を得てその児童にとって本学級への通級が適当か否かを判断する。

6 個別指導計画

本学級の個別指導計画についてはまだ試行の段階ではあるが表2のように4領域に渡って1年間の長期目標を設定し、指導計画を作成している。

  表2 個別指導計画の4領域

領域1 認知・言語面
領域2 基本的生活習慣
領域3 運動・行動面
領域4 コミュニケーション能力

そして、学期毎に短期目標を設定し、指導計画の立案をおこなう。
その際、重要なことは児童の実態把握と指導仮説の設定である。
実態把握と指導仮説はその児童が現在おかれている環境での適応困難な面を明確にするとともにその改善のためにはどのような方法を取るべきかを認識する必要がある。また、図1のように指導仮説が適当であったかどうかを学期毎など定期的に評価することが大切である。

  図1 個別教育計画の指導サイクル

  実態把握指導仮説計画実施評  価指導仮説

  (個別教育計画の理念と実践 安田生命社会事業団)

7 個別指導の実際

(1) 教育アセスメントと個別指導
通級児童は、週2〜4時間、教師一人対児童1〜3人の割合で個別指導を行っている。
内容は、主に視覚的・聴覚的に認知したものをそのまま表出する「音読」「書き写し」から教師の質問に対して思考を働かせて音声で解答するものや与えられたテーマにそって文章をつくるものなど教科学習のレディネスとなるものから「国語」「算数」といった下学年・学年相応の教科学習まで児童一人一人の生活年齢や発達の偏りに応じて計画している。
その際、行動観察とWISC−V K−ABCといったアセスメントバッテリーを組むことは児童の発達の特徴をとらえる上で必要となる。
WISC−Vでは言語性IQ・動作性IQのほか言語理解(VC)知覚統合(PO)注意記憶(FD)処理速度(PS)の群指数が得られ、その児童が知覚的にどこが弱いかがわかり、視覚的・聴覚的援助のどちらが有効かなどを決め、指導計画を立てる手がかりとしている。
同様にK−ABCでも経次処理尺度・同時処理尺度(認知処理尺度)と習得度の比較により得意な学習方法(全体像を見せてから解答を導き出すのか、ものごとを追って処理するのか)を見つける手がかりにしたり、学習がどれだけ習得されているのかを知る手がかりとしている。
指導計画としては、低学年では認知処理を中心にその児童の苦手としている分野のレベルアップをはかるような援助を高学年では得意なことをさらに伸ばし、苦手な部分はパソコン・電卓等の教育機器の活用により補うような指導・援助を行っている。

(2) 個別指導計画の一例
長期目標(1年間)
こどばや板書による指示を理解し行動することができる。(通級学級)
行動を表す言語を理解し、その場に応じた言動ができる。(通級による指導)
現在の状態
聴覚的認知や記憶にくらべて視覚的認知や記憶が弱い。
目と手の協応動作が弱い。
相手の気持ちの理解が苦手。
短期目標(1学期)
空間認知能力を向上させる。
音声言語と文章を結びつける。
手指の巧緻性を向上させる。
相手の期待から自分の次の行動を予定できる。
個別指導での指導法
ペグ・線写し・ホワイトボードの活用
(空間認知・手指の巧緻性)
絵本→絵を音声言語で説明させる。
文の箇所を想像して記入させる。
(音声言語と文章の一致)
次のページの予想
(次の行動とその結果の予測)
通級学級での配慮

家庭での配慮

8 個に応じた小集団の指導計画

小集団の指導目標は、児童ひとりひとりのコミュニケーション能力と社会的(対人的)スキルの向上にある。そうした意味において小集団の指導も個別指導計画の中に取り入れらる。
特に、一週間のうちのおおかたの時間を通常学級で生活する「通級による指導」の場合は、通級で指導したスキルが通常学級の生活場面で生かされるような目標と計画を設定しなければならない。
そのため(指導の実際で詳しく触れるが)本学級では、「仲良しタイム」といってソーシャルスキルトレーニングを主な目的とした指導も取り入れて行っている。
「通級による指導」では、先にも述べたように通常の学級での生活場面を想定した指導目標を設定する必要性があるため固定性の知的障害学級との相違が見られる。

9 指導の実際

年間予定、週時程、は表3・4のようになっている。また児童一人あたりの通級時間は表5のようになっている。

  表3 年間行事予定

4月 指導開始 10月 校内宿泊
5月 校外学習 11月
6月 授業参観 12月 指導終了
7月 指導終了 1月 指導開始
8月 夏期休業 2月 合同作品展
9月 指導開始 3月 指導終了

  表4 週時程

個別指導 個別指導 個別指導 個別指導 個別指導 ケース会 議
個別指導 個別指導 個別指導 個別指導 個別指導 教材研究
図工他 図工他 図工他 図工他 図工他 その他
体育 体育 体育 体育 体育
給食掃除 給食掃除 給食掃除 給食掃除 給食掃除
午後通級 仲良しタイム 仲良しタイム

  表5 児童一人あたりの通級授業時数

週2日 9時間 11名
週2日 7時間 1名
週1日 5時間 1名

10 保護者・在籍学級担任との連携

保護者・在籍学級担任とは、児童が通級時に提出する連絡ノートにて児童の様子について情報交換や児童のポジティブな面を評価し励みにしている。
また、日々のやりとりのほか図2のように保護者や在籍学級担任と直接会って連携を取るようにしている。

  図2 保護者 通級学級担任との連携(略)

 

11 専門家との連携

本市では、学級顧問のシステムがあり、本学級においても発達心理学の専門家に毎月、児童ひとりひとりに対する指導方法について担当の教師がアドバイスを受けている。また、教育相談室とも月1回定例の情報交換会を持ち、連携を取っている。

12 小集団の指導

@ 図工・科学・調理・家庭(生活)
図工・調理・家庭では、腕から先の手指の巧緻性の向上と物をつくるときの見通しを主な目的として設定した。
A 体育
感覚統合の理論に基づき、聴覚・前庭覚・固有受容覚・触覚・視覚などを高めるとともに、スポーツに親しむスキルや勝ち負けにあまりこだわりすぎないなどの社会的スキルの向上もめざしている。
B 仲良しタイム(ソーシャルスキル)
この授業では、コミュニケーションゲームやロールプレイを通して社会的(対人的)スキルの獲得を目指している。

13 指導プログラムの一例

−仲良しタイムの指導を通して−
(1) ねらい
@自分や他者の行動を客観的に観察することによって自己を振り返り、それを言語化することによって、コミュニケーション  能力を高めるスキルを身に付ける。
A在籍学級の生活・放課後の生活(友達との遊び・塾・習い事など)・家庭生活において自分の意にそぐわなかったり、選択 や半淡をせまられたりといった場面において望ましい(他者との関係がうまく取れる)行動ができる。
(2) 仲良しタイムの年間指導計画
表6に示すように毎月テーマを定めそれに沿った内容で学習をすすめている。この表に出てくる「わかたけまつり」とは本学級の名称の「わかたけ学級」から由来する。

  表6 仲良しタイム年間指導計画1998

計   画
テーマ
「友達と仲良くなろう」
校内オリエンテーリング
じゃんけんゲーム 赤白あげゲーム
パズル 人間わなげ
友達クイズ「私の好きな○○」
自分を動物にたとえると
好きな色(理由)
テーマ
「友達をもっと知ろう」
友達大好き(友達同士で好きなこと嫌いなことをあてっこする)
誰が入れ替わったか
おちたおちた ぐるぐる作文
フルーツバスケット
お弁当箱の歌 スリーヒントゲーム
ビンゴゲーム じゃんけんサッカー
テーマ
「友達と協力しよう」
アブラハムの子
ロールプレイング1
「分担を守らない子」
テーマ
校内宿泊に向けて
テーマ
「友達と言葉のキャッチボールを楽しもう」
ことば集めゲーム おつかいゲーム
劇あそび「あずきが煮えたら」
10 テーマ
「相手の気持ちを思いやる」
ロールプレイング2
「苦手なことでも少しずつ努力するとできるよ」
きゅうりもみ どぼんゲーム
ジェスチャーゲーム
ロールプレイング3
「友達にたのむときは、やさしくていねいにたのもう」
ロールプレイング4
「ことわるときは」どんな気持ちでしょう(表情に注目)
伝言ゲーム
ロールプレイング5
「負けたり失敗しても友達を責めないでね」
11 テーマ
「わかたけまつりにむけて」
進化じゃんけん 聖徳太子ゲーム
あなたの○○が好きです
お店探検(イトーヨーカドー見学)
わかたけまつり準備
12 わかたけまつりリハーサル
わかたけまつり

テーマ
「劇あそび」
「わかたけレスキュー隊」(劇)
「マフラーかして」(劇)
劇発表

(3) わかたけまつりにおけるソーシャルスキル
ねらい
@家庭生活において買い物やおつかい場面での必要なスキルを身に付ける。
A看板や売り物などお店の計画を立て、それを実行する事を通し物事の順序や計画性のスキルを身に付ける。
B店員とお客のやりとり遊びを通して言語による円滑なコミュニケーションスキルを身に付ける。
(4) わかたけまつりの指導計画
@お店の計画

  表7 お店の計画

出す人 お    店
Aくん チョロQサーキット
Bくん べっこうあめ屋(本物)
Cくん さかな釣り(紙工作)
Dくん ゲーム屋
Eくん 巨大パチンコ
Fくん 的当て
Gくん いしやきいも屋(紙工作)
Hくん ラーメン屋(紙工作)
Iくん コンビニエンスストア(紙工作)
Jくん ミニ迷路
KくんLくんMくんNくん ピカチュウハウス
OさんPさん マドレーヌ・クッキー屋(本物)
QくんRくん 組み木屋

Aリハーサル
お店のメンバーは同じ通級日の者ができるように配慮した。

B本番
保護者・管理職等かかわりのある大人が客になったほか自分たちも交代で客になる。
(5) わかたけまつりのまとめ
1997年から始めた「わかたけまつり」は通級児童が楽しみにしていることの一つである。児童の方からこういうお店を出したいという希望を持たせ、それに沿って教師が助言し、実施している。
1998年は1年〜6年まで全学年にまたがって児童がいたため児童の発達段階は当然のこと生活年齢に応じても指導を変えていかなければならなかった。
また、ソーシャルスキルとはいえ学校生活の学習場面(特に社会科・生活科)と重なる指導を多く取りように配慮した。

14 まとめと今後の課題

この実践報告は、通級指導学級の役割についてより具体的に理解を深めていただけるよう考えてはいたが、通級学級の紹介と指導の実際についての一般的なものとなった。
個別指導、小集団指導ともに通級指導学級で指導するにあたっては通常学級のカリキュラムへの配慮と発達段階と発達の特性も踏まえることが要求される。
また、認知・言語面や算数など全て学習の基礎となるアカデミックスキルの獲得は児童が「生きる力」を得る上で大変意味を持つと考えられる。したがってソーシャルスキル同様、「通級による指導」の重要な内容して取り扱っていきたい。
今年度の本学級の授業計画の柱として、アカデミックスキル・ソーシャルスキルそして脳の発達をよりうながす「感覚統合」を取り入れた指導・援助を心がけている。
最後に、今回の報告を行うにあたって通常の学級と特殊教育とを結ぶ接点、特殊教育というリソース(教育的財源)を教育全体にもっと生かしていかなければということを改めて思い、考えを深めることができた。

文献

個別指導計画の理念と実践
安田生命社会事業団1995
エンカウンターで学級が変わる小学校編
国分康孝監修 図書文化1996
中島智子 東京学芸大学卒業論文 1998
感覚統合Q&A 佐藤 剛監修 1998


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