『教育研究所紀要第8号』文教大学付属教育研究所1999年発行

特集 「新学習指導要領」を考える

「新・学習指導要領−私はこう考える−」教科(社会)

菊地 一郎 (文教大学教育学部 社会専修)

要  旨

1997年11月に、文部大臣の諮問に応じて「教育課程の基準の改善の基本方向について」(中間まとめ)が提出され、さらに翌年7月に「幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校の教育課程の基準の改善について」というタイトルの最終「答申」が提出された。この「答申」を受けて、文部省は同年11月に小学校および中学校の学習指導要領案を公表し、同年12月に小学校および中学校の学習指導要領(第6次改訂)が官報告示された。また、高等学校についても学習指導要領案を本年2月に公表し、3月に学習指導要領(第7次改訂)を官報告示した。
筆者は、本学における教科専門および教科の教育担当の教師としての立場から、前記の教課審の「中間まとめ」および「答申」を踏まえて、今回告示・公表された新学習指導要領の小・中学校社会科の教育内容およびその厳選問題に焦点を当てて読後の若干のコメントを述べてみたい。
なお、学習指導要領に関しては、1958年および60年から官報による告示形式がとられ、小・中学校第2次改訂、高等学校第3次改訂以降は法令とみなされ、地域や学校間の差を超えて全国的に共通に教えることが必要な事柄、すなわち教育課程(カリキュラム)の基準となっている。教員はこれに従う義務があり、最高裁もそれに沿った判断を示している。ほぼ10年に1度の改訂が行われ、教科書は学習指導要領とその内容を説明した指導書・解説書などに準拠して編集され、文部省の検訂を経て出版されている。

1.今次改訂の基本的ねらい

小学校(および中学校)学習指導要領の総則第1、教育課程編成の一般方針において、『学校の教育活動を進めるの当たっては、各学校において、児童(および生徒)の生きる力をはぐくむことを目指し、創意工夫を生かし特色ある教育活動を展開する中で、自ら学び自ら考える力の育成を図るとともに、基礎的・基本的な内容の確実な定着を図り、個性を生かす教育の育実に努めなければならない。』と述べている。各学校において、児童・生徒が生きる力をはぐくむことを目指して創意工夫を凝す様な教育活動を展開する過程で、子ども達が自ら学び、自ら考える力の育成を図るとともに、初等・中等教育段階での基礎的・基本的な学習内容を習得し、さらに個性を生かす様な教育の充実に努めることを基本的ねらいとしていることを強調している。
こうして、2002年(平成14年)から完全実施される学校週5日制の下で、その時間の削減に対応して教育内容を減らすことは当然であるが、授業時間数の縮減以上に教育内容を厳選して初めてゆとりのなかで基礎的・基本的な内容を定着させることが大切である。そのためには、繰返し学習させ、指導法の工夫や改善が必要であろう。

2.小学校社会科の教育内容(要約)

学び方や調べ方の修得を重視する。そのため、知識の記憶に偏った学習にならない様に、基礎的な内容に限定した。地域社会について勉強する3年と4年の内容はまとめて示し、2年間を見通せるようにした。6年の歴史上の人物の例示は42人で現行通りとし、歴史の区分は12から8にまとめられ、五輪の開催など戦後の項目を増加した。4年と6年で扱ってきた日本と外国の国旗を5年でも扱うようにして、それを尊重する態度を育てることとした。
〔3年・4年〕自分達が住む身近な地域。市区町村や都道府県の地形、地域の人々の生産や販売、飲料水や電気ガスの確保、廃棄物の処理、災害や事故から人々の安全を守る機関、人々の生活、文化財や年中行事、都道府県の特色など。
〔5年〕わが国の農業・水産業・工業・通信業などの産業、国土の自然、環境、公害など。
〔6年〕@わが国の歴史上の主な事象を調べ、自分達の生活の歴史的背景、先人の働きについて理解と関心を深める。農耕の始まり、古墳、大和朝廷による国土統一、神話・伝承、天皇を中心とした政治の確立、武士による政治の始まりや室町文化、戦国の世の統一、身分制度が確立し武士による政治の安定、欧米の文化を取り入れつつ進めた近代化、国力が充実し国際的地位が向上、日華事変・第二次世界大戦・日本国憲法の制定・オリンピックの開催などについて調べ、戦後わが国が民主的な国家として出発、国民生活が向上し、国際社会で重要な役割を果たしてきたことなど。Aわが国の政治の働きについて国民主義と関連づけ、政治は国民生活の安定と向上を図る上で重要で、現在のわが国の民主政治は日本国憲法の基本的な考えに基づいていることを考える。B異なる文化や習慣を理解し合うことや世界平和の大切さとわが国が世界で重要や役割を果たしていることを考える。

3.中学校社会科の教育内容(要約)

指導計画の作成の項において、1年から地理、歴史を並行して学習させることを原則とし、3年で公民を学習させるいわゆるパイ型教科構造を基本としている。また、各分野に配当する授業時数は、地理分野105単位時間、歴史的分野105単位時間、公民的分野85単位時間とする。小学校社会科の内容との関連および各分野相互の有機的な関連を図るとともに、指導の全般にわたって資料を選択し活用する学習活動を重視するとともに、作業的、体験的な学習の充実を図るようにするとしている。とくに、資料の収集、処理や発表などにあたっては、コンピューターや情報通信ネットワーク、教育機器の活用を促すようにするとしている。
〈地理的分野〉
@世界と日本の地域構成、ア.世界の地域構成 地球儀や世界地図を活用し、緯度と経度、大陸の海洋の分布、主要な国々の名称と位置などを取り上げ、世界の地域構成を大観させる。イ.日本の地域構成 地球儀や地図を活用し、わが国の国土の位置、領域の特色、地域区分などを取り上げ、日本の地域構成を大観させる A地域の規模に応じた調査 ア.身近な地域 イ.都道府県 ウ.世界の国々
B世界と比べて見た日本 ア.自然環境、人口、資源や産業、生活・文化などの様々な面からとらえた日本 イ.様々な特色を関連付けて見た日本。
〈歴史的分野〉
@歴史の流れと地域の歴史
ア.わが国の歴史について、時代の移り変わりに気付かせるとともに、歴史を調べる活動を通して地域への関心を高め、歴史の学び方を身に付けさせる A古代までの日本 日本列島で狩猟・採集を行っていた人々の生活が農耕の広まりとともに変化していったこと、大和朝廷による統一、聖徳太子の政治と文化、律令国家の確立、摂関政治など B中世の日本 鎌倉幕府の成立、南北朝の争乱と室町幕府、応仁の乱、元寇、日明貿易、琉球の国際的役割など C近世の日本 戦国の動乱とその時期のヨーロッパ人の来航、織田・豊臣による国家統一、江戸幕府の成立と大名統制、鎖国、身分制度の確立、都市を中心に町民文化の形成など D近現代の日本と世界 開国と明治維新、わが国の近代化、自由民権運動と大日本帝国憲法の制定、第一次・第二次世界大戦、戦後の民主化と高度経済成長など。
〈公民的分野〉
@現代社会と私たちの生活
A国民生活と経済 身近な消費生活を中心とした経済活動の基本的な考え方、現代の生産の仕組みのあらましと金融の働き、企業の役割と社会的責任、国民生活と福祉など B現代の民主政治とこれからの社会 日本国憲法と基本的人権の尊重、国民主義、平和主義、日本国および日本国民統合の象徴としての天皇の地位と国事行為、地方自治と議会制民主主義の意義、世界平和と人類の福祉の増大など。

4.小・中学校社会科の教育内容の厳選

(1) 小学校社会科 削除 @地域の人々の諸活動(第3学年) A地域の人々の生活の変化(第3学年)のうち、家屋、交通などの移り変わり、100年ぐらいの間に大きく変わってきたこと 移行統合 @地域における現在の開発(第4学年)→第6学年へ移行し、国民の日常生活に見られる政治の働きに統合 Aわが国の国土の様子(第4学年)→第5学年へ移行 B人口の分布、資源の分布、自然災害(第5学年)→中学校社会科地理的分野へ統合 集約、統合、重点化 @内容を2学年(第3・4学年)まとめて示すこと A地域の公共施設の利用(第3学年)と市町村の様子(第3学年)を集約、統合 B地域の生産活動(第3学年)と消費生活(第3学年)を集約、統合 C地域の移り変わり(第3学年)と地域の発展に尽くした先人の努力(第4学年)を集約、統合 D貿易の特色や運輸の動き(第5学年)→農業や水産業、工業に関する内容(第5学年)に統合 E伝統的な技術を生かした工業(第5学年)→都道府県の産業(第4学年)に統合 選択 @食料生産に従事している人々の工夫や努力(第5学年)について、稲作のほか、野菜、果物、畜産物、水産物の中から一つを選択 A工業生産に従事している人々の工夫や努力(第5学年)について、金属工業、機械工業、石油化学工業、食料品工業などの中から一つを選択 B通信などの生産に従事している人々の工夫や努力(第5学年)について、放送、新聞、電信電話などの中から一つを選択 C室町時代の「建造物や絵画」、江戸時代の「歌舞伎や浮世絵」、「国学や蘭学」(第6学年)について、いずれかを選択、Dわが国とつながりの深い国(第6学年)について数か国を取り上げる→数か国を取り上げ、それらの中から児童が1か国を選択、E国際交流(第6学年)についてスポーツ、文化のいずれも扱う→スポーツ、文化の中から選択
(2) 中学校社会科 削除 〈歴史的分野〉 @「ヨーロッパの来航と背景」のうち、「ルネッサンス」および「ヨーロッパ世界とイスラム世界の接触」A「産業の発達と町人文化」のうち、「幕府の学問奨励」B「ヨーロッパ近代社会の成立」のうち、「近代科学と文化の発達」 〈公民的分野〉@「個人と社会」の内容のうち、社会生活における個人の役割、家族の望ましい人間関係 A「現代の文化生活」の内容 B「経済生活と国際協力」の内容のうち、資本主義経済、社会主義経済
移行統合 〈地理的分野〉国際社会における日本→中学校社会化公民的分野へ移行 〈公民的分野〉@物価の動き→高等学校公民科へ統合 A財政収支の意味→高等学校公民科へ 統合 集約、統合、重点化 〈地理的分野〉世界の諸地域、日本の諸地域を精選・集約して世界と比べて見た日本などとした。 〈歴史的分野〉古代、中世、近世、近現代のように時代区分を大きくとり、事項を精選し重点化 選択 〈地理的分野〉都道府県規模、国家規模の地域の調査→二つまたは三つの事例を選択

5.教育内容の厳選と授業改革

前段のおよびにおいて、今次改訂における教育内容の要約と前改訂の内容からの厳選の実態を提示した。なお、子細に検討すべきところであるがここでは提示のみにとどめている。
ところで、岩田一彦氏による「社会科の教科内容の構造」によれば(引用・参考文献1.52頁)、教育内容は社会事象に関する法則性・概念と法則性および概念の探求方法・技術からなる。しかし、実際は社会事象に関する法則性・概念は数多く存在するが、その中で子どもの成長段階に応じて、生きて働く学力となり、さらに新たな学力を増進させるに役立つ基本的・基礎的学力こそ厳選されるべきである。教科書を薄くして教材(社会事象そのものおよびその説明・解説)をいくら厳選、削除しても意味がない。柴田義松氏は『@授業時数をこんなに減らして、基礎学力は果たして保証されるか。A教育内容の厳選で、基礎・基本の確実な定着が可能となるだろうか。』と疑問を投げ掛けている。また、同氏は『教科内容の精選は、まさに教科内容の体系を改善することであって、これを教育方法の改善にすり替えてはならない。従来の教科内容を間引きしたり細分するだけの量的改善ではなく、新しい内容の開発を含むような質的改造でなければならない。』と強調している。(引用・参考文献2.5頁、127頁)
森分孝治氏は、『知識・理解が思考を促し、体系的間違いのより少ない知識・理解が、広くて深く正確な思考をもたらす。思考力形成の鍵は知識・理解にある。また、我々は自主的に活動するとき思考するけれども、それは一般的に狭く浅い。広く深い思考は文献を読み、話を聞くことを通して他者の、先人の優れた思考を追思考したり、批判的に吟味することによって得られる。形式主義・活動主義に基づく「主体的」学習では思考技能は身につくかも知れないが、思考力は形成されない。教育課程にはそれを一層促す恐れがある。』と述べている。(引用・参考文献1.16〜17頁)
ともかく、戦後、平和と民主主義教育のシンボルでもあった総合社会科が、「ごっご遊び」とか、「はいまわる社会科」とか云われて批判され、衰退していった。今またムードが先行し、過去の失敗を繰返さない様に、社会科教師の自重・努力・進展を期待するところ大である。

参考・引用文献

1.北 俊夫他(1995):新教育課程で社会科授業はこう変わる 社会科教育 '98.12月号臨刊 明治図書
2.柴田義松(1999):新学習指導要領の読みかた あゆみ出版
3.児島邦宏(1998):小学校学習指導要領 (平成10年12月告示)時事通信社
4.児島邦宏(解説)(1998):中学校学習指導要領(平成10年12月告示)時事通信社
5.山極 隆(解説)(1998):高等学校学習指導要領(平成11年3月告示)時事通信社
6.教育改革研究会編(1999):新小学校学習指導要領 全文と改訂事項の解説 授業研究'99.2月号臨刊 明治図書
7.教育改革研究会編(1999):新中学校学習指導要領 全文と改訂事項の解説 学校運営研究'99.2月臨刊 明治図書


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