『教育研究所紀要第8号』文教大学付属教育研究所1999年発行

特集 「新学習指導要領」を考える

新学習指導要領の改訂の要点と対応

嶋 野 道 弘

(文部省初等中等教育局小学校課教科調査官)

要旨

ここでは、主として新小学校学習指導要領の改訂の要点をまとめるとともに、新小学校学習指導要領の特質が「総合・連携・協力(開く)」「自立・自律」「体験」にあるととらえ、それらを視点にして自校の教育課程を編成するポイントとその際の重要な課題について論及した。

1 学習指導要領改訂の基本的な考え方と改訂のポイント

新学習指導要領は、平成14(2002)年度から実施される完全学校週5日制の下で「各学校がゆとりのある教育活動を展開し、その中で"生きる力"をはぐくむこと」を基本的なねらいとして、次の4つの基本方針に基づいて改訂されている。

@ 豊かな人間性や社会性、国際社会に生きる日本人としての自覚を育成すること

児童生徒を取り巻く環境の変化、問題行動の状況、社会体験や自然体験の減少などの状況を考慮し、人間として調和のとれた育成を一層重視する必要がある。また、国際化の進展に伴い、国際社会の中で日本人としての自覚をもち、主体的に生きていく上で必要な資質や能力の基礎を培うことも大切である。
そのため、他人を思いやる心、自他の生命や人権を尊重する心、豊かな感性、ボランティア精神、社会生活上のルールや基本的モラルなどの倫理観の育成などを重視する。
また、我が国の歴史や文化・伝統に対する理解と愛情を深め、異文化の理解と国際協調の精神を培う。
この観点から、例えば、小学校では、道徳や特別活動等におけるボランティア活動や自然体験活動などの体験的な活動の充実、障害のある幼児児童生徒や高齢者との交流の推進、第3学年からの保健指導の導入など心身の健康に関する教育の充実、社会科における人物・文化遺産中心の歴史学習の徹底などの改善を図っている。

A 自ら学び自ら考える力を育成すること

これからの学校教育においては、多くの知識を教え込むことになりがちであった教育の基調を転換し、学習者である児童生徒の立場に立って、児童生徒に自ら学び自ら考える力を育成することを重視した教育を行う必要がある。
そのため、知的好奇心・探究心をもって、自ら学ぶ意欲や主体的に学ぶ力を身に付けるとともに、論理的な思考力や判断力、表現力、問題を発見し解決する能力を育成し、創造性の基礎を培い、社会の変化に主体的に対応し行動できるようにする。
この観点から、例えば、各教科及び総合的な学習の時間において、体験的な学習や問題解決的な学習の充実を図っている。また、小学校の国語科ではスピーチや話し合いなどの充実、社会科では事例を選択した問題解決的な学習の導入、算数科では作業的・体験的な活動など算数的活動の充実、理科では見通しをもった観察・実験やものづくりの充実などの改善を図っている。

B ゆとりのある教育活動を展開する中で、基礎・基本の確実な定着を図り、個性を生かす教育を充実すること

完全学校週5日制を円滑に実施し、生涯学習の考え方を進めていくため、時間的にも精神的にもゆとりのある教育活動が展開される中で、基礎・基本をじっくり学習できるようにするとともに、興味・関心に応じた学習に主体的に取り組むことができるようにする必要がある。
そのため、共通に学習すべき内容は、社会生活を営む上で真に必要な基礎的・基本的な教育内容に厳選するとともに、厳選された内容については確実な定着を図ることができるようにする。また、一人一人の個性を生かす教育を一層充実し、小学校高学年から課題選択を取り入れ、中学校、高等学校で学習の選択幅の拡大を図る。
この観点から、例えば、各教科の教育内容を授業時数の縮減以上に厳選している。具体的には、年間授業時数を現行より週当たり2単位時間(小学校4〜6年生の場合では週29コマを27コマに、中学生の場合では週30コマを28コマ)縮減し、教育内容をおおむね3割程度削減し、ゆとりの中でじっくり学習し、基礎・基本の確実な定着を図ることができるようにしてい
る。
また、小学校高学年の社会科や理科などで課題選択を導入すること、学習内容を確実に身に付けることができるよう個別指導やグループ指導、繰り返し指導、教師の協力的な指導などの指導方法や指導体制を工夫改善し、個に応じた指導を充実することを総則に示している。

C 各学校が創意工夫を生かし特色ある教育、特色ある学校づくりを進めること

児童生徒一人一人の個性を生かす教育を行うためには、各学校が児童生徒や地域の実態等を十分に踏まえ、創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する必要がある。
そのため、教科の内容を2学年まとめて示したり、創意工夫を生かした日課表や時間割編成を可能とするなど教育課程の基準の示し方の大綱化・弾力化を図る。また、今回新に総合的な学習の時間を創設するとともに、中学校及び高等学校においての選択の幅を拡大する。
この観点から、例えば、小学校第3学年以上、高等学校までに総合的な学習の時間を設定し、各学校が創意工夫を生かした教育活動が展開できるようにしている。また、授業の1単位時間や授業時数の運用の弾力化、小学校での国語、生活、音楽、図画工作、家庭、体育、道徳などの目標や内容を2学年まとめて示すなどの改善を図っている。

2 自校の教育課程を編成するポイント

新学習指導要領の特質として「総合・連携・協力(開く)」「自立・自律」「体験」の3つのキーワードを抽出することができる。これらのキーワードは、各学校が自校の教育課程を編成する際の視点になるとともに、編成した教育課程を各学校において評価する際の視点にもなるものである。

(1) 「総合・連携・協力(開く)」

「総合・連携・協力(開く)」の視点は、例えば、学校運営、知的側面、指導体制、学習活動、学習環境などに見ることができる。各学校においては、これらの面から"開かれた学校づくり"を一層推進していくことが大切である。

○ 学校運営

学習指導要領第1章総則第5の2(11)(中学校は(12))には次のように示されている。

総則第5の2(11) 開かれた学校づくりを進めるため、地域や学校の実態等に応じ、家庭や地域の人々の協力を得るなど家庭や地域社会との連携を深めること。また、小学校間や幼稚園、中学校、盲学校、聾学校及び養護学校などとの間の連携や交流を図るとともに、障害のある幼児児童生徒や高齢者などとの交流の機会を設けること。

各学校においては、自校の教育方針や特色ある教育活動、児童生徒の状況などについて、家庭や地域の人々に説明し、理解や協力を求めることが大切である。また、学校運営などに対する家庭や地域の人々の意見を的確に把握し、自校の教育活動に生かすようにするなど、学校と家庭や地域との連携を積極的に図るようにする。これは、具体的なねらいや活動が各学校に委ねられている総合的な学習の時間については不可欠のことである。また、学校間の連携を図ることも重要である。

○ 知的側面

知的な面では、知識と生活の結び付き、知の総合化の視点を重視し、各教科等で得た知識・技能が生活において生かされ、総合的に働くようにすることに留意した指導を工夫する。例えば、小学校では、これまで低学年において進められてきた合科的・関連的指導を全学年において進めるようにする。
人間として調和のとれた育成を一層重視することからは、知力、情意力、実践力をバランスよく、また密接に関連してはぐくまれるようにすることが大切である。社会の変化に主体的に対応する力をはぐくむには、内容に関する知、方法に関する知、自分に関する知の総合化も重要である。

○ 指導体制や学習活動

指導体制や学習活動では、教師の協力的な指導、地域の人々と連携した協力的な指導、異学年の交流、障害のある幼児児童生徒や高齢者との交流、学校間の交流などを工夫する。これらの活動を通じて、学校全体を活性化するとともに、児童生徒が幅広い体験を行い、視野を広げ、豊かな人間形成を図っていくことができるようにすることが重要である。

○ 学習環境

学習環境では、学びの場は学校のみならず地域に数多くあるという視点に立ち、地域の博物館、図書館、公民館などの公共施設の利用、地域教材の活用、地域の人々との協力的な指導などを積極的に進める。それには、そうした施設や地域との連携・協力が必要である。

(2) 「自立・自律」

今回の学習指導要領の改訂では、教育課程の基準の示し方を「大綱化・弾力化」して、各学校の自由度を拡大した。これは、各学校の「自立・自律」が求めらたことを意味する。
各学校においては、このことを積極的に受け止め、いわゆる"横並び意識"を払拭して、自校の特色ある教育活動を創意工夫することが重要である。その際、他の2つのキーワードとともに、学校のスリム化、基礎・基本の確実な定着を図ることなどを視点にして、自律的進めることが重要である。
各学校が「自立・自律」し、地域や学校、児童生徒の実態等に応じて特色ある教育を展開することは、児童生徒にとって、学校で学ぶことの意義や魅力が新に生まれるものでなければならない。各学校においては、創意工夫して、魅力ある学びの場としての学校づくりを推進しなければならない。
今回の改訂では、児童生徒に"生きる力"をはぐくむことを基本的なねらいとしている。生きる力とは、自分で課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力である。また、自らを律しつつ、他人と協調し、他人を思いやる心や感動する心など豊かな人間性とたくましく生きるための健康と体力である。これは端的に言って、子供の「自立・自律」を目指すものである。
「自立・自律」の視点は、例えば、授業時数の取扱い、目標や内容、総合的な学習の時間の取扱いなどに見ることができる。

○ 授業時数の取扱い

授業時数の取扱いでは、従前の規定をさらに弾力化している。
各教科等の授業の1単位時間は,各学年及び各教科等の年間授業時数を確保しつつ、児童生徒の発達段階及び各教科等や学習活動の特質を考慮して、各学校において適切に定めることとしている。これは、例えば、小学校において、実験や観察の際の理科の授業は60分で行う。中学校において、日々の習熟が必要な英語の授業は25分で行うなど、学習活動によって授業時間の区切り方を変えることができるということである。
年間の授業週数の運用も弾力化している。各教科等の授業を年間35週以上にわたって行うことなく、特定の期間に行うことができることや、各学校において、時間割りを年間で固定するのではなく、弾力的に組み替えることができるようにしている。

○ 目標や内容

小学校低学年の生活科は、教科の究極的な目標を「自立への基礎を養う」としている。これは、自ら課題をもち、考え、調べていく"学習上の自立"、持っている知識や経験を生活に活かし、よりよい生活を作り出していく"生活上の自立"、自分自身をより強く、より豊かにしていく"精神上の自立"を意味する。
第3学年以上に設定された総合的な学習の時間は、そのねらいの中に、自己の生き方を考えることができるようにすること、を示している。これも、いわば、子供の「自立・自律」を目指すものであると言える。
各学年の目標や内容は、国語、生活、音楽、図画工作、家庭、体育、道徳などでは2学年をまとめて示している。各学校においては、特に示す場合を除いて、いずれかの学年に分けて指導したり、いずれの学年においても指導したりするなど、2年間を見通して計画的に指導できるよう創意工夫し、教育内容を確実に身に付けることができるようにすることが大切であり、それは各学校の判断に委ねられる。
子供の「自立・自律」には、確かな基礎学力を身に付けることが不可欠である。例えば、読む、書く、計算などの日常生活に必要な基礎的・基本的な知識や技能が身に付いて、社会的に自立できる。
「学校教育で身に付けたいもの」に関する調査(注1)は次のようになっている。
児童生徒が学校でも身に付けたいもの(複数回答)について最も回答が多かったのは「友だちをつくったり、まわりの人々と仲良くつきあったりするなど、社会の一員として必要な幅広い能力」で、小学校3年生74.2%、小学校5年生76.9%、中学校2年生72.0%といずれも7割以上。これに次いで「読み・書き・計算など日常生活に必要な基礎的・基本的な知識や技能」となっていて、小学校3年生65.4%、小学校5年生71.6%、中学校2年生61.5%となっている。子供たちは、基礎的・基本的な知識や技能を身に付けたいと思っているのである。

○ 総合的な学習の時間の取扱い

今回創設された「総合的な学習の時間」は、学習指導要領第1章総則第3の総合的な学習の時間の取扱いに示された趣旨やねらいを踏まえ、例示された3つの課題を自校の課題を考える際の参考の視点とし、自校の総合的な学習の時間の名称を適切に定め、配慮すべき事項に配慮して、自校の総合的な学習の時間を各学校において構想するものである。
すなわち、各学校が、自校の実態に応じて、自校の児童生徒にとって最も良好な教育を構想し、提供するのである。正に各学校の「自立・自律」が求められたのである。

(3) 「体験」

改訂では体験的な活動が積極的に導入されている。これは、今回の改訂の基本的なねらいである、完全学校週5日制の下、ゆとりの中で"生きる力"を育むこと、と関係している。
体験的な活動の導入は、分かりやすい授業の展開、学ぶことの楽しさや成就感を味わうことができるようにする上で効果的である。また、生活体験や自然体験の豊富な子供ほど道徳観や正義感が身に付いているという調査結果(文部省「子どもの体験的活動等に関するアンケート調査」平成10年12月)も出ている。
「体験」の視点は、例えば、知識と生活の結び付きや知の総合化の現場、分かる授業・楽しい学習の実現などからとらえることができる。

○ 知識と生活の結び付きや知の総合化の現場

今回の教育課程の基準の改善に当たっては、知識と生活の結び付きや知の総合化ということがしばしば問題になった。
子供たちは多くの知識をもっている。しかし、それが生活と結び付いていない。各教科で学んだことが、子供の中で総合化されていない。そのために、身に付けた知識が生きたものになっていない。
これを子供の側に立って言えば、学ぶことが自分にとって価値や意味があると実感できない、学ぶ楽しさや喜びが味わえない、ということである。
これは深刻で不幸な問題であり、解決しなければならない緊要な課題である。これをなおざりにすれば、子供はますます学ぶ意欲を失い、自ら学び自ら考えようとはしなくなるだろう。これからの教育の基本的なねらいにかかわる重要事である。
各教科で学んだことは、自ずと子供の中で総合化されるはずである。また、知識は生活に結び付くはずである。しかし、今日の子供はそうした現場をほとんど失っている。現場とは、例えば、自然とかかわって遊ぶ遊びであり、ものを作ったり、動植物を育てたりなどする体験である。
体験は、体全体を使った遊びである。しかし、これからの教育にあっては、それにとどまらない。体験的な活動の導入は、知識と生活を結び付け、知を総合化する現場を教育課程上に設定する、ととらえることが大切である。その意味で、今日改めて「体験」が重視されたと考えてよい。
体験的な活動は、各教科等において積極的に導入されている。
例えば、小学校において、道徳教育では、ボランティア活動や自然体験活動などの豊かな体験を通すこと。社会科では、観察や調査・見学、体験などの具体的な活動やそれに基づく表現活動を一層展開するようにすること。算数では、実生活における様々な事象との関連を図りつつ、作業的・体験的な活動など算数的活動を積極的に取り入れるようにすること。理科では、観察、実験、栽培、飼育及びものづくりの指導や、野外に出かけ地域の自然に親しむ活動を多く取り入れること。特別活動では、学校行事において幼児、高齢者、障害のある人々などとの触れ合い、自然体験や社会体験などを充実するよう工夫すること。 また、生活科にあって、具体的な活動や体験は教科の目標や内容であり、指導計画の作成に当たっては、校外での活動を積極的に取り入れることを示している。
今回創設された総合的な学習の時間では、この時間の学習活動を行うに当たっては、自然体験やボランティア活動などの社会体験、観察・実験、見学や調査、発表や討論、ものづくりや生産活動などの体験的な学習、問題解決的な学習を積極的に取り入れることを示している。

○ 分かる授業、楽しい学習

体験的な学習は、子供にとって、分かる・楽しい学習である。
かつて小学校1・2年生で生活科を学んだ高校生は、生活科で学んだことを現在でも次のように受け止めている。(注2)

私にとっての生活科は「生きた学習」でした。実際に自分の目で見て、手で触って、体をいっぱい使って沢山のことを吸収しました。 「生きた学習」で思い出したのですが、生活科は生きた知識を得るのにとても役立ったと思います。「秋をさがそう」では、秋を見つけるために父と2人で自転車に乗って、夕方出かけたのを覚えています。父からいろんな植物の名前や遊び方を教わりました。その日はとても夕日がきれいでした。 生活科で学んだことは本当に沢山あります。生き物を育てる嬉しさ、楽しさ、難しさ、大人や友達とのかかわり方、身近な施設についてだとか、自然の不思議さ、美しさなど。それは机の上では学べないことだと思います。 そうして得たものは、必ず自分の中で育つと思います。頭だけでなく、自分自身の体全部、心まで大きくしてくれるのが生活科だったような気がします。動植物を育てたり、地域の人々とかかわったりという生活科の学習は、本当に将来生きていく上での基本になると思います。 やっぱり実際の経験って大切です。心が動いた分、自分が少しづつ大きくなるって気がします。1・2年生の記憶で生活科のことが残っているのは、それだけ心の動 きがあったからだと思います。 生活科で学んだ心の動かし方は、今までの私の生活に十分生かされています。高校生になって、さらに時間のゆとりがなくなり、パターン化した生活が続いています。それでも時々空を見上げて季節を感じてみたり、虫が飛んでいくのをじっと見てみたり、そういうときは時間がゆっくり流れているような気がして、立ち止まってみることができます。自分を取り戻すことができる感じです。そういう時間のつくり方は結構みんなの中に残っているのではないでしょうか。 1、2年生の頃の生活科は、私にとって生活化の始まりだった訳で、毎日の生活化は今でも続いています。生涯学習のようなものです。そのきっかけを与えてくれた先生方に感謝します。

高校生の言葉を吟味してみよう。
「生きた学習」とは何か。実際に自分の目で見て、手で触って体をいっぱい使って吸収することである。「吸収しました」は、それが主体的な学びであったことを物語っている。一方的に注ぎ込まれるような「注入」ではなかった。
低学年の子供にとっての「生きた知識」とは、自分の遊びや生活が豊かに楽しくなる知識を言っているのだろう。「その日はとても夕日がきれいでした」の夕日は、そうした意味のある学びをしたことの象徴であろう。
「生きた知識」は「必ず自分の中で育つ」「自分が大きくなる」「本当に将来生きていく上での基本になる」と言う。学校での学習をきっかけにして、そこで学んだことを、自分自身で広く深く高めていくことができることを語っている。そして、かつて自分が学んだことが今の自分にとって大きな意味や価値があることを実感し、教師に感謝するのである。それは、子供にとっても教師にとっても至福の喜びであるに違いない。
体験的な学習は、体全体を使って総合的である。そうして学び得たものも全人的・総合的である。知識が生活に結び付き、知が総合化されている。それは、自分にとって生きた学習であり、現在の自分の生活に十分に生きている。体験的な学習は、そうした可能性を限りなくもっている。

3 新学習指導要領の具現への課題

新学習指導要領の具現への課題は多い。中でも意識改革が最も大きな課題であろう。それは、教師はもとより保護者や地域の人々にも求められている課題である。
今回の学習指導要領の改訂は、第3の教育改革の流れの中にある。これまで学力観、指導観、子供観等に関するパラダイムの転換が強く求められてきた。こうした、これまでのものの見方・考え方を根本的に規定している枠組みを転換するのは極めて困難なことである。だからと言って、それを等閑視することはできない。
子供を取り巻く社会の変化は、今後ますます拡大し、加速化することが予想されるからである。そして、これからの子供たちには、こうした社会の変化に主体的に対応できる力をはぐくんでいかなければならないからである。

(1) 意識改革への対応

意識改革という難しい問題にどのように対応するのか。学習指導要領の改訂の背景を主体的に受け止めること、子供について再認識すること、とにかく実行すること、などが挙げられる。

@ 改訂の背景を主体的に受け止める

学習指導要領の改訂には、長い時間と数多くの調査や審議を必要とする。今回の改訂は、平成4年度から実施した「教育課程実施状況に関する総合的調査研究」に始まっているから、およそ7年を要したことになる。この間、中央教育審議会、教育課程審議会等の各種審議会、ヒヤリング、調査、研究などが行われてきた。改訂された学習指導要領は、それらを背景にしてまとめられたものである。
意識改革には、そうした背景にあることを主体的に受け止める必要がある。しかし、それは学習指導要領からでは見えにくい。
「生徒を主体にした学習指導法の研究」を学校課題にしている中学校(注3)は、研修の一環として、教育課程審議会の審議のまとめを読み、そのレポート綴りを作成した。
数学の教師。「数学は机上の学問であり、現実の生活とは関係なく、自分の将来にもあまり必要でない。こう感じている生徒が多いのも現実である。数学嫌いの一因にもなっている。このような現状を打破し、実生活で役立つ数学、自分をより豊かにする数学を目指し、授業を変えていかなければならない。」
数学に関する生徒の現状をとらえ、生徒の側に立って、数学の授業の在り方を問い直している。現状を反省的にとらえ、創意工夫する実践者としての教師の存在がある。
このように教師一人一人が審議のまとめを読み、学校課題を明らかにすることは重要である。それらを交流して、自校の学力観、指導観、子供観などについての考えを確立していく。

A 子供について再認識する

意識改革で重要なことの1つは、子供の側に立つことであるが、その真の意味が理解され、納得されなければならない。
前回の改訂で新設された生活科に批判的・懐疑的だった母親は、子供の姿を見て自分の考えを転換した。(注4)

(略)どうして学校の授業で買物なんかしなければならないのかと思っておりました。ところが、そういう私の考えがどれだけ浅かったかを娘に思い知らされたのです。 「明日は買物だ」と喜んで眠りについた娘でした。布団を掛けてやろうとして娘を見ると、手に何かをしっかりと握っているのです。500円でした。明日買物に持っていくお金でした。「子供は買物に命を賭けているんだ」そう思いました。よい買物をして欲しい、と願わずにはいられませんでした。

今回の学習指導要領の改訂に伴う意識改革は、具体的な子供の姿がその契機になることが最も望ましい。子供には、子供の生活や学びの世界がある。それを知ろうとも、認めようともせず、教師や大人の流儀に固執したのでは意識改革は図れない。心が揺さぶられる、事実としての子供についてのとらえが必要である。

B とにかく実践

意識改革には、思いついたらまず実行、という方法もある。すなわち、外なる力によって内なる意識に変革を起こすようにする。
某デパートの新入社員教育担当課長の弁。
―新入社員の教育の指導には部長などの幹部が当たる。しかし、新入社員たちは主体的に指導を受けようとはしない。担当課長としての悩みは大きい。それで、思い切ってこれまで考えてきたことを実行した。新入社員を小グループに分けて、自分たちから指導者のところに出向いて指導を受け、それを持ち寄って報告し合うようにした。すると、どのようにお願いに行けばよいか、部屋にはいるときはどうすればよいか、服装は、言葉使いは、など必死になって考え、行動した。これならばもっと早く実行すればよかった。―
新入社員教育の方法を変えて、意識改革の重要さを自ら学んだ、と言うことである。
とにかく校外に出て活動させてみる。ものづくりや生産活動を組み入れる。ボランティア活動を導入してみる。異学年の交流活動を工夫する。そうした中で、これまでになく生き生きと活動する子供を発見して、意識改革の必要性・重要性を悟ることは多い。

(2) 意識改革を阻むもの

教育は本来、二律背反的な世界であると言える。2つの本当が相互に関係しあって、その先に本当の本当がある。
子供のために一所懸命にやれば子供が育つ、というのは1つの本当である。しかし、一所懸命やればやるほど子供がだめになる、というのももう一つの本当である。教育にはそうしたパラドックスがあることもよくよく心得ておく必要がある。
教師が率先してやって見せることは大切だが、それは子供の側に立つという姿勢があって功を為す。支援は大切だが、それは出場と按配に配慮した指導の姿勢があって成り立つ。それを二者択一にして対立的にしたのでは、不毛の議論が沸騰するだけで意識改革は進みにくい。
重要なことは、具体的な子供の学びの事実に基づいて、2つの本当の先にある本当を考えることである。また、自校が、あるいは自分自身が、2つの本当のどこに位置しているかをとらえ、それをあるべき位置に修正することである。

注1 「学校教育に関する意識調査」 平成10年2月、文部省初等中等教育局小学校課
注2 清水澄子 愛媛県松山市立椿小学校教諭
注3 埼玉県大宮市立土呂中学校
注4 竹内裕子 長野県上田市立清明小学校教諭


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