『教育研究所紀要第8号』文教大学付属教育研究所1999年発行

特集 「新学習指導要領」を考える

いま、なぜ「ガイダンスの機能の充実」なのか?

高橋 哲夫 (文教大学教育学部 教職課程)

要  旨

改訂された中学校及び高等学校の学習指導要領において、「ガイダンス機能の充実」が強調されている。「ガイダンス」は、終戦直後アメリカから導入された教育機能の一つであり、現在わが国の「生徒指導」のルーツである。それがなぜ、いまあらためて強調されているのか。その背景を探ると共に、新しく脚光を浴びているガイダンスの特質を、アメリカのスクールカウンセリングの最近の動向との比較において明らかにしたい。

はじめに

1 新・学習指導要領における「ガイダンス」示され方と意味

「ガイダンス」(の機能の充実)の文言が明確に示されているのは、中学校及び高等学校学習指導要領の次の箇所で、また次のような示され方である。中学校の場合について示し、高等学校については、中学校と異なる部分だけを( )の中において示す。
○第1章「総則」:「指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項」
(5) 生徒が学校や学級での生活によりよく適応するとともに、現在及び将来の生き方(在り方生き方)を考え行動する態度や能力を養成することができるよう、学校の全体を通じ、ガイダンスの機能の充実を図ること
○第4章「特別活動」:「指導計画の作成と内容の取り扱い」
(3) 学校生活への適応や人間関係の形成、選択教科(教科、科目)や進路の選択などの指導に当たっては、ガイダンスの機能を充実するよう学級活動(ホームルーム活動)等の指導を工夫すること。
これらの示され方から、「ガイダンス」の規定の新設についての学習指導要領の意図が、次のように理解されるが、いかがだろうか。
○「ガイダンス」が「総則」に示されていることから、「ガイダンス」は学校の教育課程の3領域(中学校:各教科、道徳、特別活動)または2領域(高等学校:各教科・科目、特別活動)そして総合的な学習の時間のすべてで行われなければならないことになる。
○上のことからも、「ガイダンス」は特定の限定された領域や時間においてのみではなく、すべての領域や時間で実施されることになり、「機能」としての役割を果たすことになる。したがって「ガイダンスの機能の(を)充実」という示され方になるのだろう。
○「総則」の次には「特別活動」だけが示されていることから「ガイダンス」は教育課程全体で行われながらも、特に特別活動を中心領域として実施されることになる。
○「ガイダンス」のねらいや機能、働きについては、次のようにまとめられよう。
@学級・学校生活への適応能力の育成
A現在及び将来において人間としての在り方生き方を考え行動する能力や態度の育成
B人間関係の形成と能力の育成
C選択教科や進路の選択など、選択・決定にかかわる能力や態度の育成

2 「ガイダンス」の重視の背景・経緯

このことについては、学習指導要領の今回の改訂の根拠や基盤になったと考えられる「教育課程審議会」の答申、そのまた基盤となっているとされる中央教育審議会の答申、さらに生徒指導の諸資料にまで溯ってみる必要があるだろう。

(1) 第15期中央教育審議会の第1次答申(平成8年8月)
ここでは、"変化の激しいこれからの社会において「ゆとり」のなかで「生きる力」をはぐくむ大切さ"を強調しているが、「生きる力」は、次のように説明されている。
@自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力
A自らを律しつつ、他人ともに強調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性
Bたくましく生きるための健康や体力
(2) 教育課程審議会答申「教育課程の基準の改善について」(平成10年7月)
「教育課程の基準の改善に当たっての基本的な考え方」を、次のように示している。
ア.「各学校段階の役割の基本」
○(小学校)豊かな人間性の育成、自然や社会、人、文化など様々な対象とのかかわりを通じて自分のよさ・個性を発見す る素地を養い、自立を培う。
○(中学校)豊かな人間性を育成するとともに、自分の個性の発見・伸長を図り、自立心を更に育成していく。
○(高等学校)自らの在り方生き方を考えさせ、将来の進路を選択する能力や態度を育成するとともに、社会についての認識を深め、興味・関心等に応じ将来の学問や職業の専門分野の基礎・基本の学習によって、個性の一層の伸長と自立を図ることが求められている。
イ.「子どもの現状、教育課程実施の現状と教育課題」
○学習が受け身で覚えることは得意だが、自ら調べ判断し、自分なりの考えをもち、それを表現する力が十分育っていない。
○高等学校については、中学校卒業生の約97%が進学し、能力・適性・興味・関心等の多様な生徒が在学する状況の中で、学校生活や学業に適応できずに退学するに至る者の数も相当数に上がっている。
ウ.「社会の変化に柔軟に対応し得る人間の育成」
○これまでの知識を一方的に教え込むことになりがちであった教育から、自ら学び自ら考える教育へと、その基調の転換を図り、子ども達の個性を生かしながら、学び方や問題解決などの能力の育成を重視するとともに、実生活との関連を図った体験的な学習や問題解決的な学習にじっくりとゆとりをもって取り組むことが重要である。
エ.「教育課程の基準(学習指導要領)の改善のねらい」
@豊かな人間性や社会性、国際社会に生きる日本人としての自覚を育成すること
A自ら学び、自ら考える力を育成すること
Bゆとりのある教育を展開する中で、基礎・基本の確実な定着を図り、個性を生かす教育を充実すること
C各学校が創意工夫を生かし特色ある教育、特色ある学校づくりを進めること
(3) 文部省「生徒指導上の諸問題の現状と文部省の施策について」(平成10年12月)
ア.暴力行為→小学校について、平成9年度分から、はじめて調査
@小学校→546校(2.3%)
中学校→3,147校(29.9%)
イ.いじめ→平成8年度中より減、または横ばい
ウ.不登校(登校拒否)→年間50日以上欠席の児童生徒数
@小学校→0.21%(前年比+0.02%)
→10年前の約4倍
A中学校→1.59%(前年比+0.22%)
→10年前の約3倍
(4) 文部省の"高等学校中退調査"(平成9年度中)→過去最高!(2.6%)
以上の諸資料から、「ガイダンスの機能の充実」の必要性の背景が理解できると考えられる。
概括すれば、おおよそ次のようである。
○最近の児童生徒の実態の一端としても、不登校、いじめ、学校不適応、高校中退等は顕著な増加傾向を示しており、緊急な対応を必要としている。
○21世紀に「生きる力」児童生徒の学校生徒の学校教育の理念や方向として、「生きる力」の育成、そのためにはいわゆる自己教育力の育成やや個性を生かす教育と共に「生きる力」の育成が大切であること。
○上の二つのことへの対応策の具体化のため、そして特に生徒指導の観点から、「ガイダンス」の機能の充実が重視されたのであろうこと。

3 これからの「ガイダンス」の考え方、進め方

「ガイダンス」は今回の学習指導要領の改訂で突然出現したものではない。我が国においては、戦前からも主として職業指導に関連して用いられたこともあり、戦後は戦勝国の代表であるアメリカから導入されて今日にいたっている「生徒指導」の原点そのものである。
したがって、これからの「ガイダンス」の在り方を論じるためには、今回学習指導要領で取り上げられた趣旨に沿った在り方とともに、戦後導入されて以来の経緯とその後の「生徒指導」にかかわる問題や課題、そしてガイダンスの本家そのものとも言えるアメリカにおけるその後のガイダンスの経緯をも参考にする必要があるのではあるまいか。
(1) 戦後の導入以後の経過
ア.まず、アメリカ教育使節団の勧奨により「ガイダンス」が日本に紹介されるとともに、次には、昭和22年より連合軍総司令部の「C.I.E」(民間情報教育局)の指導者や日本に教育学者により、「I.F.E.L」 (教育指導者講習会)等の機会を通じて、ガイダンスについての研究・啓蒙活動が盛んに行われた。その内容は、ガイダンスの意味、種類、組織、計画、技術等であった。なお、「ガイダンス」はその呼び方のほかに、・personnel work (personnel service) ・指導 ・生徒指導 ・生活指導 ・教育指導 ・補導 ・生徒補導 ・学生補導(大学)などの名称で呼ばれた。
また、「ガイダンス」の領域・内容の主なものは、次のとおりであった。
・教育(学業)指導 ・進学指導 ・職業指導 ・道徳指導 ・校外生活指導 ・教育相談 ・児童生徒理解の技術 ・集団指導の技術 等
これらのうち、「教育指導(学業指導−educational guidance)」 についてみればその主な領域・内容は、
・学校理解のため指導(オリエンテーション) ・教科や課程の選択指導(オリエンテーション、カリキュラムガイダンス) ・学習における適応指導 ・特別活動への参加指導、等であった。
その間、文部省では、「児童の理解と指導」、「中学校・高等学校の生徒指導」の教師用手引を作成配布して、その普及を図っている。
イ.その後、「ガイダンス」は様々な経緯を経ながらも、「生徒指導」として学校教育に定着してきたが、その決定版として、集大成されたのが、昭和40年3月発行の「生徒指導の手引」であった。
(2) 今日のアメリカにおける「ガイダンス」
ア.日本の生徒指導・教育相談に相当するもの
現在のアメリカにおいては、ロスアンゼルスなど主として西海岸で「counseling and guidance」、同じくニューヨークなど東海岸で「guidance and counseling 」の名称で、それぞれ呼ばれている教育活動が、日本の生徒指導・教育相談にほぼ相当するようである。
イ.アメリカの生徒指導・教育相談(guidance and counseling) における「ガイダンス」
現在のアメリカにおける唯一のスクールカウンセリングの学術団体である「アメリカ スクールカウンセラー協会」が1997年に発行した「The National Standards for School Counseling Programs」 (「スクールカウンセリングプログラムの全米標準」)においては、このことについて、次のように説明している。(下線は筆者、以下同じ)
@包括的なスクールカウンセリングは学業面、進路面、そして個人的・社会的な面における発達を統合的にすすめる。
Aカウンセリング、コンサルテーション、コラボレーション、コーディネーション、ケースマネジメント、ガイダンス・カリキュラム、そしてプログラム評価が、スクールカウンセリング・プログラムにおける最も基本的な実施方法である。
Bガイダンス・カリキュラムについては、次のような特徴がある。
・生徒の発達段階、時系列に応じて、情報や知識、様々なスキルが生徒の学業や進路そして個人的・社会的な発達のために用意される。
・ガイダンスは生徒の大きな集団の集まりで行われる。カウンセラーは、時間の効果的な利用という観点からも、あらゆる場や機会を生かして、まずは大きな集団を相手としなければならない。
・計画的にある目標にそって行われるガイダンス・カウンセリングのカリキュラムは、授業時間またはアドバイザー・グループで教科教師やカウンセラーによって行われる。
・カウンセラーは、所属の学校で特に必要とされる問題について、特別なガイダンス単元(のまとまり)を用意する。
・カウンセラーは、ガイダンス・カウンセリングカリキュラムの一部を実施する際には、教科教師や学校区の住民と組んで実施することができる。
ウ.イースト・キャロライナ大学のJ.J.Shmidt教授は、1996年発行の「学校カウンセリング」のなかで、グループカウンセリングと比較してのグループガイダンスの特徴について、次のように述べている。
・グループ・ガイダンスが、まず、何よりも教授的(instructive)、情報提供的(informational)であるのに対して、グループ・カウンセリングは、生徒の日常の生活における認知面(coginitive)、感情・情緒面(affective)、そして行動面(behavioral)における積極的な変容を促すものである。


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