『教育研究所紀要第6号』文教大学付属教育研究所1997年発行

<特集 教育環境の変化と大学教育>

わが国の大学改革・大学評価のレビュー

−21世紀の大学像を探る−

清水 一彦(筑波大学大学研究センター助教授)


要  旨

1. 教養部改組と組織改革 /(1)教養部改組の3つの方式 /(2)一般教育実施組織と問題点 / (3)大学院制度 の弾力化

2. 高等教育システムの弾力化 / (1) オープンシステム化 / (2) 教育上の特例システム / 

3. 大学院の改革 / (1) 大学院重点化 / (2) 新しいタイプの大学院

4. 「生涯学習」型システムの導入 / (1) 履修形態の柔軟化 / (2) 学位授与機構の創設

5. 大学評価の進展 / (1) 自己点検 ・ 評価の始まり / (2) 外部評価の胎動 / (3)大学基準協会による「相互評価」

はじめに

平成3年の大学設置基準の改正以降、多くの大学において教育改革が急ピッチで行われ、戦後以来最大規模とまで称されるようになった。それは国公私立を問わず、また一般教育のみならず学部教育全体や大学院レベル、さらには組織・制度の改革から内容・方法面における改革まできわめて多岐にわたって展開されている。加えて、高校教育との接続や社会との連携、あるいは生涯学習に関連したさまざまな改革も盛んとなり、高等教育にとどまらず教育システム全体の構造変革が指向されている。

今日の教育改革は、もともとは「規制よりは自由を」「保護よりは競争を」「閉鎖よりは公開を」「画一よりは多様を」「硬直よりは柔軟を」といったかつての臨時教育審議会答申の中で打ち出された基本方向を端緒にしている。とくに発足以来40年を経た新制大学の改革については、エレクトロニクスの技術革新や研究者の世代交代、あるいは「ベルリンの壁」やわが国の「自民党政権交代」などの社会体制の変革周期と一致し、その意味では大学改革の歴史的必然性はあったとみる人もいる (1)  。 実際、わが国の大学改革は、明治19年の「帝国大学令」、大正7年の「大学令」を経て、昭和24年の新制大学への移行、そして今次の改革と、ほぼ30〜40年周期で大きな変化を経験してきたのである。

臨時教育審議会の答申を受けて昭和62年に設置された大学審議会では、教育研究の高度化、個性化及び活性化をスローガンにした具体的方策が審議され、これまで15にのぼる答申や30近い部会等の報告を行ってきた。その改革の基本的方向は、(1)教育機能の強化、(2)世界的水準の教育研究の充実、及び(3)生涯学習ニーズ等への対応の3点に集約され、多種多様な改革案が提言された。そして驚くことには、今までになく改革案のほとんどすべてが実施されているのである。

各大学における改革への対応は必ずしも一様ではない。この多様性は今次の大学改革の最も特徴とするところではあるが、しかしながら、多様な改革あるいは不透明な改革の中にもいくつかの共通項を見出すこともできるのである。

本稿では、とくに基準の大綱化以降の最近の大学改革あるいは大学評価の進展をレビューしながら、間もなく迎える21世紀のわが国の大学像の一端を探ることにしたい。

1. 教養部改組と組織改革

(1) 教養部改組の3つの方式

基準の大綱化とともに最も早くしかも最も衝撃的に登場したのが、教養部等をめぐる組織改革であった (2 ) 。新基準では一般教育と専門教育の科目区分が撤廃されることになったが、それと連動して国立大学を中心に、従来一般教育を担当してきた教養部等の改組転換が行われることになった。全学一体の改革でなければならない、教員の増員は期待できない、教員の配置転換を伴う、といった条件や制約のためその改組の過程は決して容易なものではなかったが、当初の予想を超える勢いで展開されてきた。

当時の国立大学30校の教養部のうち、平成4年度の京都大学と神戸大学を皮切りにこれまで24の大学で改組が実現し(平成8年度現在)、それはまたたく間の出来事であった。これらの改組の形態は、結果的には、およそ「解体分属方式」「全学改組方式」「新学部(新研究科)方式」の3つのタイプに分類することができる。

解体分属方式というのは、教養部の教員がすべてそれぞれ既存の各学部に吸収され分属するものである。全学改組方式は、既存の学部の改組も絡めた形で教養部を解体し新学部等を作るもので、神戸大学の例が代表的である。最後の新学部(新研究科)方式というのは、150人ほどの多くの教養部教員をかかえる旧帝大系の大学で推進されてきたもので、教養部の改組が新学部のほか大学院研究科の設置に結びつく方式である。

他の公立・私立大学の場合を含めて、全体として教養部等の一般教育担当教員が既存学部をはじめ新学部・新研究科などへ分属する傾向が顕著となり、教養部や教養課程あるいは一般教育担当者といったこれまでの概念はほとんど希薄になりつつある。また、教養部改組転換によって誕生した学部・研究科は、総合人間学部や社会情報学部、国際学部、国際文化研究科といった学際的な名称がほとんどである。これは、国の新増設に関わる方針によるものでもあるが、旧教養部等の学際的教員組織編制がそれを可能にしていたことも事実である。

(2) 一般教育実施組織と問題点

教養部等の改組は、教育組織の横割り方式から縦割り方式への再編でもある。多くの場合、全学共通の科目が設定され、一般教育等の担当については従来の教養部や一部の学部等に代わって全学すべての教員が担当しつつある。この全学出動体制への移行と併せて、一般教育等の実施上の責任体制づくりも行われている。

新しい形の一般教育実施組織あるいは責任体制は、大きく「センター方式」と「委員会方式」に分けられる。前者については、神戸大学や東北大学などのように省令化された「大学教育研究センター」を設置し、全学共通の授業科目の企画・運営をはじめ大学の教育研究を行う組織形態がある。後者は、名称はさまざまであるが、部局長や時として学長をも含めた全学的委員会やその傘下に置かれる各種の専門委員会を設けて共通授業科目の運営に当たるものである。京都大学、名古屋大学、群馬大学などがこうした委員会制を敷いている。

いずれの方式にせよ、一般教育実施組織に関しては、評議会など大学固有の基本的な責任体制との関係において、一般教育実施の責任主体及びその権限を明確にするとともに、それが自律的システムとして有効に機能することが大きな課題となってくる。また、実施組織の事務スタッフをどのように位置づけ、システムとして強化させていくかも大きな問題である。カリキュラム改革の成否は一般教育の実施上の責任体制のあり方にかかっているといっても過言ではない。

(3) 教育研究組織の再編

教養部改組を含めて各大学の内部組織の再編はさまざまな形で進行しているが、その改革の方向は一言でいえば多様化・個性化である。

大学の教育研究の基本組織である学部・学科の再編成は、すでに基準の改正以前からとくに私立大学を中心に盛んに行われてきた。昭和60年から平成4年までの7年間に、それまで存在しなかった新種の学部は私立大学では28にものぼっていた(国立大学では4種類)。最も特徴的なことは、学問の進展や社会的・時代的要請に対応して学際的・複合的あるいは境界的領域の学部・学科が多数設置されていることである。具体的には、「環(韓)国人情」とさえ呼ばれる「環境、国際、人間、情報」をはじめ「文化」「生命」「政策」といった名称をもつ学部・学科である。基準の大綱化以降もこうした傾向は衰えをみせず、中でも既述した教養部改組転換において新設された学部・学科あるいは研究科の多くも、伝統的な学問分野にとらわれない学際的・総合的な名称となっている。

また、とくに工学部における学科の改組等は他の分野に比べてきわめて急速に行われている。科学技術の高度化・学際化に対応した魅力ある教育研究体制を整備し、優秀な科学技術人材を育成するために、情報工学や物質工学、建設都市工学、機械知能システム工学など、新種の分野がめじろ押しである。

さらに、時代の進展に対応して家政学部を生活科学部や生活環境学部等に改組する大学もある。日本女子大学では、移転を契機に従来の家政学部・文学部を大規模に改組転換し、新たにわが国初の人間社会学部と理学部を設置し、建学以来の女子教育の精神の継承と発展をめざした総合大学化を実現させている。

なお、新設の学部・学科等では、とくに社会的要請の強い看護系や保健系の分野が多い。さらにごく最近の動きとして、高度情報化社会の中で多様なメディアに対応できる人材育成をねらいとして、東京経済大学にわが国初めてのコミュニケーション学部が創設された。同学部では、文系学部としては初めて企業の中での実習を単位として認める「インターンシップ制」が導入されている。平成6年12月に創設された滋賀県立大学には、環境問題を自然科学、社会科学の両面から総合的にとらえる専門家を養成する全国初の環境科学部も発足した。

このほか改革の大きな特徴の1つとして、とくに公立大学の新設ラッシュが挙げられる。平成3年度39校であった公立大学は平成8年度には14校増え53校となっている。公立大学の場合、設置者の理解をどれだけ得られるかが大きな課題となっているが、大学改革の波は「国立大学の影」から抜け出すチャンスであり、また「公立大ヌクヌク論」からの脱却をめざす好機ともなっている (3) 

2. 高等教育システムの弾力化

(1) オープンシステム化

硬直化した閉鎖的な大学制度を開かれたものにするために、昭和47年から外国を含む大学間の単位互換制度が、短大間及び大学・短大間については10年後の昭和57年からそれぞれ実施されている。しかし、これまで学則等でその規定を掲げている大学は相当数にのぼるが、実際にそれを実施している大学はきわめて少なかった。学生に対する教育は全教育課程を通じて当該大学の授業によって行うのが当然であり、他大学の学修を単位化することに大学人の根強い抵抗感が残っていたためと考えられる。同様に、開かれた大学の制度措置と考えられてきた編入学についても、これまでは原則としてその受け入れは欠員補充の範囲内で行われたこともあって制度としてはあまり発達してこなかった。

しかし、基準の大綱化を契機に、放送大学との単位互換の促進のほか、最近では平成6年度から京都府内の28の大学・短大連合によって大規模な単位互換制度が実施されるようになった。学生の多様なニーズに対応して自大学では提供できない科目の履修を可能とするもので、平成8年度には33校(大学17、短大16)に増え、提供科目数も当初の51科目から101科目へと倍増した。参加大学等の学生の評判はもとより担当教員からの評価も高く、今後さらにその普及が期待される。

新基準ではまた、従来の単位互換制度と同様な観点から、大学以外の教育施設等における学習成果であっても一定の水準と認められるについては正規の単位が認定できるという制度が誕生した。具体的には、短期大学や高等専門学校の専攻科、大学専攻科、高等専門学校や専修学校、技能審査の合格などの学修である。ダブルスクールとして通学する専門学校での学修や英語検定試験の合格も単位認定の対象とすることができるようになり、お茶の水女子大学をはじめ一部の大学ではすでに実施されている。また、長期海外プログラムや長期休暇を利用した海外の大学等における語学セミナーで取得した単位を認定する大学も増加している。

他方、編入学については、新たに各大学においてあらかじめ編入学定員を設けた上で、欠員補充とは別に毎年一定数の学生を受け入れることが制度的に可能となった。とりわけ短期大学や高等専門学校卒業者の進学意欲の高まりや、送り出す側の教育の活性化と受け入れる大学側の多様な学生確保がうまくマッチしており、相互にメリットの多いシステムとして急速に発達しつつある。

従来の編入学は、主として短期大学や高等専門学校からのいわば「現役型編入」が中心であり、しかも3年次編入より2年次編入の方が多かった。しかし、今後は新システムの下で、とくに産業構造の変化などに伴い大学卒業者の社会人の編入学(学士入学)の要請もますます強まるものと予想される。それゆえ、社会人の再教育を中心とした生涯学習型の3年次編入も促進されるであろう。こうした編入学特別定員枠の設定は、他方では在学生の転学や転学部などの道をも拡大し、全体として高等教育における移動の自由を保障するものといえる。

(2) 教育上の特例システム

平成3年の中央教育審議会答申を受けて「教育上の例外措置に関する調査研究協力者会議」が設置され、比較的早い年齢で才能の伸びるとくに数学や物理などの特定分野に関して、高校生に大学レベルの教育研究に触れる機会を与えることや、数学に関して大学入学年齢制限の緩和を試行的に実施することが検討されてきた。前者の例外的教育機会としては、すでに公開講座やセミナーなどの形で一部の大学や民間団体等によって個別に実施されてきた。

平成6年度には、名古屋大学において数学の才能豊かな高校生に大学の講義を受けてもらい、大学進学時には履修単位として認める特別制度が導入された。毎週1回の「応用数学特論」の科目等履修生として受け入れ、履修生が同大に進学した場合には3単位が認められるというものである。すでにアメリカでは数学に限らず多種多様な科目において同様な制度(APプログラム)が早くから大規模に実施されているが、わが国においてはあくまで例外的措置として認められているに過ぎない。しかし、議論の段階から実践の段階の第一歩を踏み出した意義は大きく、今後さらに一般化への道を模索することが期待される。

また、大学入学年齢制限の緩和については、先の中央教育審議会第二小委員会(木村孟座長)で検討され、その結果、平成9年に次のような答申として提言されることになった。 つまり、早期の入学は、全人格的成長に不適切な影響を及ぼす恐れがあるとして、当面は対象年齢を17歳以上に、対象分野も数学・物理に限定された。また、そこでは受験競争の激化につながらないように、選抜は通常の学力試験ではなく推薦などで行うことや、各大学が選抜方法のガイドラインを公表し第三者機関の評価を経ること、などの配慮が強く求められた。

対象分野に関しては、芸術、スポーツなどにも拡大すべきとする委員もあったが、それらを教育するシステムは学校教育の仕組みの中だけでなく、学校外の仕組みやさらには両者の融合によってでも可能であるとして今回は外されることになった。しかし、将来的にはこれらの分野にも拡大し、年齢制限についても16歳以上に引き下げる含みを示唆することとした。

これまでわが国の学校教育は、厳格で画一的な法制度や行政の下で管理運営され、教育現場においても団栗(どんぐり)の背比べ的な 「みんな同じ主義」 が強調され、一人でも落ちこぼれを出さないことが理想とされてきた。これは、ある意味では初等・中等教育の世界的に超A級のレベルを生み出してきたが、他方ではとくに優れた能力の育成という点ではマイナスに機能してきたといえる。この大学への飛び入学に関しては、受験競争をより激化させるという批判や時期尚早であるといった慎重論も多くみられたが、「出る杭は打たれる」的風潮が社会のみならず学校教育においても強く働いていたことを考えれば、それに風穴を空ける役割を担うばかりか、教育システムをより柔らかくする上で重要な契機になるものと期待される。

(3) 大学院制度の弾力化

大学の制度改革は大学院においても積極的に行われている。社会や学術研究のニーズに応える大学院教育を展開できるよう、すでに平成元年の大学院設置基準等の改正によって大学院制度が弾力化された。

1つには、博士課程での高度専門職業人の養成を目的としたコースの開設、2つには、社会人等の学習を容易にするための夜間大学院の開設、3つには、大学院の入学資格と履修期間の弾力的な取扱いなどが可能になったことである。このうち大学院の大学院入学資格に関しては、優秀な学生は学部の第3年次から修士課程へ飛び級進学ができるようになったほか、学部卒業後、研究所等で2年以上研究に従事した者に博士後期課程への入学を認める措置も図られた。また、修士は最短1年で、修士・博士の課程を併せて最短3年で修了することなどもできるようになった。平成7年度現在、こうした制度を活用して、大学第3年次から修士課程に進学した学生は145人、学部卒業後博士後期課程に入学した者146人となっている(文部省調べ)。こうした弾力化措置とともに、以下述べるように大学院の改革が急ピッチで行われているのである。

3. 大学院の改革

(1) 大学院重点化

大学院改革の背景には、わが国の大学院が量的にも質的にも先進諸外国に比べて遅れをとっていることがある。例えば、人口千人当たりの大学院生をみると、わが国はわずか0.8人に過ぎず、アメリカの7.1人、フランスの3.0人、イギリスの2.4人にはるかに及ばない。また人口10万人に対する博士号取得者を比較しても、わが国は8.1人であり、イギリスの53.9人、フランスの36.4人、アメリカの14.3人と比べ少なくなっている(文部省調べ)。大学の研究費でも、対GNP比はこれらの国の中で最も低い状況にある。現在、今世紀中に大学院学生約20万人をめざしてその量的拡充整備が意欲的に進められているが、研究基盤の整備・充実や広く学術研究体制の活性化など多くの課題が山積し、他方では大学院改革の進展とともに学部教育との関係を明確にする問題も次第に表面化しつつある。

大学院改革の中で最も大きな関心事となったのが「大学院重点化」で、一種の流行語とさえなった。これはもともと文部省が使い始めた政策用語のようであるが、すべての大学が学部より大学院教育に中心を置くという考え方なのか、全国の大学の中で一部の特定の大学院を重点的に整備していく考え方なのか必ずしも明確でない。 そのため大学人の中にもさまざまな受け止め方があり、やや混乱した状況さえみられるが、現実の動きとしては、センター・オブ・エクセレンス(COE)として期待される大学院(研究科・専攻)を、専任の研究科長と教員を置く独立部局とし、学科目を置く学部教育は大学院講座の教員に兼担させることを内実としている。

具体的措置としては、次のような内容となっている。

@ 従来の学部講座を大学院講座へ転換し、大講座化を図る。これによって大学院が部局化され、独立研究科化が実現する。
A 大講座の導入等によって従来の固定的、閉鎖的な研究組織を流動化する。
B 大学院専担講座や流動講座等の導入によって大学院入学定員を拡充する。
C 従来の学部を講座から(大)学科目制へ改組し、大学院教官は学部教育を兼担する。
D 教官等積算校費を研究科へ配当し、同時に学部兼担学科目単価を新設することによって予算の充実を図る。
E 大学院修士課程に新履修コース(「専修コース」)を設け、社会人特別枠の導入によって社会・産業界との連携を促進する。

このような大学院重点化あるいは重点的整備は、現在、旧帝大系の大学を中心に推進されており、従来の学院構想に代えて実現をみた東京大学の法学部や理学部、工学部の一部をはじめ、京都大学の法学部、医学部などですでに実施されている。 社会人の高度専門能力の養成をもめざす大学院重点化志向の大学では、在来型の研究科・専攻ではなく、境界的・複合的領域や先端的分野の名称の分野が創出されようとしている。 例えば「数理科学」「創造理工学」「先端生命科学」「多元価値総合政策」などといった、これまで考えられなかった全く新しい学問領域である。

こうした大学院重点化は、これまでの下から上への制度づくりに対して逆の上から下へ向かう制度構築といえる。大学教育のいわば2階部分をしっかり作りながら、併せて1階部分を補修しようとするものである。それはある意味では、真の高等教育は大学院であり、最高学府は大学ではなく大学院であるというとらえ方の反映でもある。

(2) 新しいタイプの大学院

@ 独立大学院の新設

従来、大学院は学部の基礎の上に学術の理論及び応用を教授研究するところとされていたが、昭和50年以降、学部に基礎を置かない独立大学院や独立研究科が新たに誕生してきた。

独立大学院は、大学院担当を本務とする教員で組織するものと、既設の研究機関を基礎とするものとに分かれ、前者には昭和57年の国際大学をはじめ北陸先端科学技術や奈良先端科学技術の大学院大学があり、後者には国立共同利用研究所が母体となった総合研究大学院大学がある。

他方、独立研究科にはさまざまな形態がある。1つは、大学院担当を本務とする教員で組織するものである。教養部改組や既述した大学院重点化などによって誕生した研究科であり、人間・環境学(京都大)や国際文化(東北大)、比較社会文化(九州大)のほか、法学政治学・数理科学(東京大)の各研究科などがある。2つは、複数の学部または修士課程を基礎とするものがある。経営政策・地域研究・環境科学(筑波大)や人間文化(お茶の水女子大、奈良女子大)のほか、社会環境科学(金沢大)、海洋生産科学(長崎大)、生物圏科学(広島大)などの研究科がある。3つは、複数の大学の学部または修士課程を基礎とするもので、農学や獣医学分野あるいは最近の教育学分野で設置された連合大学院が相当する。4つは、大学付置研究所等を基礎とするもので、これには地球環境科学(北海道大)や総合理工学(東工大、九州大)、電子科学(静岡大)などの研究科がある。そして、5つは、大学外の研究機関が参加するもので、後述する産学官のいわゆる連携大学院である。

このほか注目される動きとして、平成元年から制度化された専ら夜間に授業を行う夜間大学院があるが、筑波大学や青山学院大学をはじめ現在11大学15研究科が設置され、さらに増加傾向にある。

A産学官共同と連携大学院

大学と民間等の研究協力はさまざまな制度の中で行われているが、大学院レベルにおいて相互の人的・物的資源を活用し教育研究上の協力・連携を進めるのが、通称「連携大学院」と呼ばれるものである。

まず埼玉大学では、理化学研究所の研究員を多数客員教授として迎え、物質科学や生産情報科学などの博士課程を開設した。筑波大学でも、平成4年度から、学園都市に広がる省庁研究機関や民間企業等から50人以上の科学者を併任教授として迎え、連携大学院をスタートさせた。このほか、電気通信大学の情報システム学研究科や、大阪大学大学院医学研究科では平成6年度から学外の研究所や医療関係施設と連携大学院を実施しており、翌年度からは国立循環器病センターとも行われている。

また平成7年度からは、とくに若者の理工系離れに歯止めをかけ、技術立国日本の将来を担う有能な人材を育成・確保するために、経団連や日経連など主要経済5団体と大学が対等な立場で議論する協議会も初めて設置されることになった。

これまでの産学官共同はどちらかといえば産業界など大学外から大学への要請が中心であったが、同じ土俵の中で大学から産業界等への要望も期待できる意味で大きな意義をもつといえる。

4.「生涯学習」型システムの導入

(1)履修形態の柔軟化

設置基準の改正では、大学以外の教育施設等の学修や編入学特別定員枠のほか、昼夜開講制などの履修形態の柔軟化方策や、入学前の既修得単位等及び科目等履修生の単位認定制度、学位授与機構の創設などが実現した。これらは広い意味で「生涯学習型」システムの導入といえる。

このうち昼夜開講制は、フルタイムによる昼間の学習が困難な社会人等の学習機会を拡充するため、すでに一部の国立大学において昼間学部の履修形態の弾力化措置として導入されてきたが、基準改正によってその規定が整備され、その実施が促進された。本来それは、同一の学部・学科で昼夜にわたって授業を開講するものであるが、実際には、勤労学生のための機会の確保や教育負担の問題から、昼間学部の中に募集定員を別にする「夜間主コース」を設け、夜間や土曜日の午後等の履修を中心としつつ、一部昼間における履修をも取り入れる形で実施されている。平成8年度現在、学部レベルでは38大学、大学院レベルでは128大学でそれぞれ実施されている。

また、科目等履修生制度は、当該大学の学生以外の者で一部の授業科目のみを履修する者を受け入れて正規の単位を与えることができるもので、高等教育の生涯学習化の上ですでに重要な役割を果たしつつある。この制度はすでに大学院にまで及んで整備され、平成8年10月現在、制度開設大学476校(83%)、大学院233校(58%)となっており、かなり普及してきた(学位授与機構調べ)。他の同様なシステムとは異なり制約条件が少なくしかも正規の学生ではないため大学入学資格の規定は適用されず、高卒者かそれに準じる者であれば基本的には誰でもパートタイム学生として入学できる点が魅力となっている。

これらの単位制度のサブシステムは、あくまで補助的・補完的制度であり、これまでの実施状況やわが国の「移動の自由」に対して依然として根強い抵抗感がある風土からしても、無制限に普及・発達するとは考えられない。システム導入に伴う各大学における実際の運用上の問題も大きい。とくに単位認定の方法や単位の実質化の保障が重要な問題となる。また一般に、新しいシステムというものは制度化されれば固定的、形式的に陥りやすい性質をもっている。絶えず大学の主体的、自主的な努力が継続して行われなければ、その制度は形骸化していく運命にある。このように、新システム導入においては「大学人の見識」あるいは「大学の主体的能力」が問われているが、これらのシステムは将来的には大学教育全体のシステムを変革していく原動力にもなり得るだけに、学内での真摯な議論が求められる。

(2) 学位授与機構の創設

平成3年7月には、高等教育段階の多様な学習成果を評価することによって、大学の正規の課程を修了していないがそれと同等の水準にあると認められる者に対して学位を授与する機関として「学位授与機構」が創設された。関連して学位規則も改正され、従来の学士号が学位に含まれることになった。これまで学位は唯一大学のみが授与できる特権であったものが、大学以外の公的機関においても授与できることになり、わが国の学位史上あるいは大学史上画期的な出来事といえる。

学位授与機構が行う学位授与は、@ 短大・高専卒業者が大学の単位や認定専攻科の単位を取得した場合、 A 同機構が認定する他省庁所管学校等を卒業した場合、 の2つがある。 前者の場合には、卒業後に、大学のほか同機構から認定を受けた短大・高専の専攻科などで学習し (専攻科の場合にはさらに大学で16単位以上)、 所定の単位を取得することが申請の条件となっている。審査は、取得単位、学習成果(レポート等の作成)、試験(主に小論文)で行われ、合格すれば学士の学位が授与される。平成8年度現在、同機構から認定を受けている短大専攻科は83校132専攻、高等専門学校専攻科は17校39専攻である。後者のAの場合は、同機構の認定を受けた課程の卒業生であれば、申請すれば学位が取得できることになっている。

同機構は、平成8年4月までに、この制度に基づき延べ人数で上記@については学士1,072人、Aについては学士4,380人、修士332人、博士64人に対してそれぞれ授与してきた。新しい学位取得への道が開拓され、また大学と生涯学習が制度的に連携づけられることになったが、それは同時に、大学とは何か、大学教育とは何か、といった古くて新しい問題が問い直されていることを意味している。

5. 大学評価の進展

(1) 自己点検・評価の始まり

今日のわが国では大学改革の時代とともに大学評価の時代を迎えている。平成3年の設置基準の改正によって自己点検・評価が各大学の努力義務となったが、それは高等教育の量的拡大から質的充実への転換を図るための1つの新しいコンセプトとして考えられてきた。

自己点検・評価の制度化は、わが国の大学史上初めての改革であり画期的な出来事といえる。規制緩和を受けて実現した基準の大綱化では、大学側にカリキュラム編成の自由が大幅に保障されたが、他方ではそれを担保する形で大学自身に自己点検・評価の努力義務を課すことになった。つまり、大学設置基準第2条において「大学は、その教育研究水準の向上を図り、当該大学の目的及び社会的使命を達成するため、当該大学における教育研究活動等の状況について自ら点検及び評価を行うことに努めなければならない。」ことが明文化されたのである。

この自己点検・評価は、各大学が教育研究水準の向上や活性化に努めるとともに、その社会的責任(accountability)を果たしていくために、現在行われている教育研究活動等について自己点検を行い、現状を正確に把握・認識し、さらにその点検の結果を踏まえ、改善を要する問題点や改革の課題などを自己評価し公表するものである。自己点検とは、直接に教育研究活動に関わる教師団に課せられた自己規律であると理解される。アメリカやイギリスなどで行われている第三者による評価すなわち制度化された大学評価を前提にして始められたものではなく、それぞれの大学が点検・評価を自主的・自律的に行って、大学の教育・研究水準の向上を図ろうとするところに大きな特徴がある。

自己点検を中心とする大学の自己評価は、具体的には、それぞれの大学が主体的に、その自主的な判断と努力によって、大学の教育研究上の組織、学生の受け入れ、教育課程、教員組織、教育研究活動、施設・設備、学生生活、大学の管理運営、事務組織、財政など大学のあらゆる側面にわたって組織的、体系的に行われるものである。その対象が広範囲であるがために、大学の自己評価には機関の評価、組織の評価、教員の評価、職員の評価、学生の評価など、あらゆるレベルの主体の評価が含まれている。

現在、自己点検・評価のための全学的な体制をすでに整備し、点検・評価に取り組んでいる大学は、すでに8割を超えている。しかも、その結果を何らかの形で公表して大学は、国立大学ではほとんどすべてが、全体でも約半数に上っている(文部省調べ)。全体的には、機関種別では4年制大学が、設置者別では国立大学が、学部別では理工系がそれぞれこうした点検・評価活動を最も活発に展開している。その内容も、教育研究活動全般について包括的な点検・評価を行ったものだけでなく、教員の業績を中心に点検・評価を行ったもの、カリキュラム改革、学生生活、生涯学習等の個別のテーマごとに点検・評価を実施したものなど、多様な内容がみられるようになった。

学生に対して授業内容・方法に関する評価を求め、授業の質の向上に役立てていく試みも盛んになってきた。平成7年度には全体の4割を超える242大学において学生による授業評価が実施されているが、これは3年前の6倍以上に当たる。

公表している大学の点検・評価報告書は、多種多様である。 そのデザインの多様さもさることながら、3〜4キログラムもある分厚い報告書もある。 全学レベルの点検・評価の対象については、国立大学の場合、研究活動が最も多く (97%)、次に教育課程(71%)、以下、 学生受け入れ (65%)、社会との連携 (62%)、理念・目標 (60%)、教育方法 (46%)、管理運営 (43%)となっている。他の公私立大学の場合と同様に、各大学の存在根拠を明らかにし、点検・評価の基準を提供すべき「理念・目標」の評価比率が少ないのが大きな問題点として指摘できる。

(2) 外部評価の胎動

他方では、自己点検・評価をさらに一歩進め、それぞれの点検・評価の検証を行いその客観性を担保するために、学外の専門家による外部評価を実施する動きも活発になりつつある。ノーベル賞受賞学者を含む国内外の著名な研究者10名による東京大学理学部物理学科の外部評価(平成5年)を皮切りに、京都大学や東北大学の理学部や大阪大学基礎工学部などの理工系をはじめ、最近では文学部や教育学部等の文系でも実施されるようになった。筑波大学のように全学統一の外部評価実施のためのガイドラインを策定し、毎年3〜4の教育研究組織が実施しているケースもみられる。平成7年度現在、全国22大学(国立17、私立5)の学部、研究科、センター等でこうした外部評価が実施されている。

外部評価は各組織の教育・研究の現状と将来計画を客観的に評価し何らかの政策的な意思決定のためのインプットとして行われているが、その意思決定の性格によって次の3つのタイプに分けて考えることができる(4) 。1つは、主体となる組織の活動が一定の成果を上げており、さらにそれを改善するためにはどのような方法を採るべきかを探るために、自己点検・評価の実績に基づいて外部からの客観的評価を求めるために行われる「現状評価型」で、東京大学理学部の場合はこれに相当する。2つは、主体となる組織の自己点検・評価がかなり進んでおり、将来どのような改革を行うべきかについて一定の将来構想があり、その妥当性の評価を求めるために行われる「将来構想評価型」である。そして3つは、主体となる組織が一定の改革を実施した後で、その改革の妥当性を探り、さらに改善するための方策を検討するために行う「事後評価型」で、新構想大学として実験的な施策の上に立って設立された筑波大学において重視されている。

外部評価を実施する大学は、自己点検・評価がかなり進んでいる伝統的な大学や学部のうちとくに大学院の拡充整備を最優先課題とするところが多く、したがってその対象も研究活動や研究条件が中心となっている。いずれの場合も、大学外部の研究者を評価委員(7名〜13名)にお願いし、当該大学より提出された資料等を参考にしながら、多くの場合2〜3日かけて実地視察やヒアリング・会合等を含む方法により評価を行い、その結果を報告書としてまとめている。評価の内容はそれぞれの機関によって多様であるが、一般には優れている点、問題となる点を指摘し、改善についての方策などを助言・勧告するスタイルをとっている。

外部評価導入の立て役者ともいうべき有馬朗人(東京大学元学長)氏は、自己点検・評価の重要性や意味を認識しながらも、「本当に大学のよさ、研究所のよさ、あるいは研究グループの優れたところ、あるいは努力すべきところがはっきりするのは、外部の人の評価を待たなければならない (5 ) 」と、外部評価の必要性を強調した。彼によれば、実施の上で最も苦労した点は、誰をどの分野の人を外部評価者として呼ぶのか、またどのような内容をみせるのか、情報としてどのようなことを公開するか、その判断と周到な準備であることを指摘している。 そして、評価の成果については、第1に物理教室の全員の気が引き締まったこと、 第2に自信をもったこと、つまり自分たちの研究教育のレベルが世界の中で見て優れたものであると認識できたことを挙げていた (6 ) 。

日本の大学ではこれまで経験のなかった外部評価の実施は、評価される側はもちろんのこと評価をする側もたいへんなことであり、双方にとって相当の時間とエネルギーが費やされることは事実である。しかし、だからこそその成果も大きいものがあり、第三者評価によって初めて自己点検以上の自分自身についての知識を得ることができるメリットがある。

すでに先の自己点検・評価については平成6年から文部省の財政支援がはじまったが、平成8年からはさらに外部評価を促進するための財政措置も講じられるようになった。

(3) 大学基準協会による「相互評価」

外部評価とともに自己点検の発展形態であり自己評価の延長線上に位置し、当該大学以外の第三者が評価する他者評価として登場してきたのが、大学基準協会による「相互評価」の試行である。昭和22年に当時のアメリカのアクレディテーション団体を範として発足した大学基準協会は、大学人同士の相互評価の実施を求める声が大きくなる中で、従来の「加盟判定審査」に加えて新たに各大学の自己点検・評価を評価する相互評価の導入を明らかにし、平成8年から実施されることになった。

この相互評価は、現在、各大学で実施されつつある「自己点検・評価という−−−営みを形骸化させないためには、さらに点検・評価の結果を大学人同士が相互に評価し合うことにより、自己点検・評価そのものの客観性と妥当性を確保することが不可欠 (7)」であるという考え方に基づいている。そして、従来の学部を対象にした資格審査的な色彩が強い「加盟判定審査」とは別に、すでに会員校になった大学全体を総合的に評価し、しかも10年毎に定期的な評価を受けるようにしたのである。

この総合的な相互評価制度は、新たに相互評価のための委員会を設置し、その下に大学全体に関わる事項を審査し評価する大学評価分科会及び各専門評価分科会を置くという組織体制を採ることになった。いずれの委員もすべて大学基準協会によって選任された大学人である。相互評価のプロセスは、次の3つの段階からなる。

第1段階 :各大学は、大学基準協会が要請する項目を中心に自己点検・評価を行い、その結果を取りまとめた報告書と大学の組織・活動に関する数量的な基礎データ調書を期日までに提出する。
第2段階 :提出された報告書及び調書を相互評価委員会及び各分科会が検討し、その大学を総合的に評価する。
第3段階 :相互評価委員会が大学評価に関わる結論を下すとともに、各大学に対する勧告や助言の案文を取りまとめる。この結論は、協会内の評議員会や理事会の承認を経た後、各大学に送付される。

大学基準協会では、この新たな大学評価を実施するために従来から制定してきた「大学基準」を全面的に改定し、各大学の「理念・目的」に最大限の価値を置きながらその状況を把握するとともに、各大学の個性や特徴を尊重しそのいっそうの開花・発展を促すような一般的、抽象的な表現に書き改めた。この基準に基づき大学評価の領域として次の11項目を掲げている。

@ 理念・目的  A 教育研究上の組織  B 学生の受け入れ  C 教育課程 D 研究活動 E 教員組織  F 施設・設備  G 図書資料及び図書館  H 学生生活への配慮  I 管理運営  J 自己点検・ 評価の組織体制

これらの評価項目については、協会が発行している『大学評価マニュアル』の中で、それぞれ具体的なならいや留意事項が明らかにされている。

平成8年の秋に初めて行われた相互評価には、全国の国公私立大学22校が名乗りを挙げた。この中には、学生数7万人以上の最大規模を誇る私立の日本大学をはじめ、単科の医科大学や工業系大学のほか国立大学2校も含まれていた。

この相互評価では、基本的にはそれぞれの評価項目についての各大学の改善・改革の努力、あるいは将来への方策などが最重要視され、その達成度が評価されることになった。実際の相互評価においては、あくまでも各大学の提出した書類がもっぱらの評価材料とされており、評価のプロセスにおいて必要がある場合にはヒアリングや実施視察を行うことも可能となっていたが、今回はこれに該当する大学はなかった。そして、結果的には、初年度の22校についての最終的な判定・評価はすべて合格とされ、大学基準協会によってその大学名のみが公表されたのである。

相互評価を受けた大学では、学内の諸会議で報告され、さらに入学案内や大学要覧などを通じてその旨を積極的に社会にピーアールしていくことになった。なお、「勧告」を受けた部分については、所定の年度までにその改善の状況をあらためて大学基準協会に提出しなければならず、また、今回のすべての大学は10年後に再び同様の評価を受けることになっている。

このような相互評価実施のメリットとして、大学基準協会は、@ 各大学・学部・学科等の教育研究水準の改善・向上を推進させる契機を与えること、A 維持会員校にとっては、加盟判定審査のパスに伴う社会的信頼をより確固としたものとなることの2点を挙げている。さらに、次のような措置を講じられるよう協会が関係機関に働きかけることも予定されている (8) 
@ 文部省視学委員による視察の免除措置
A 私学振興財団による経常費補助金の配分での特別な配慮
B 国公立大学の教育研究条件の整備のための財政的措置等での特別の配慮

大学の自己点検・評価に始まったわが国の大学評価は、外部評価を含みながらその発展形態としての相互評価の促進によって第2ステージに入ったということができる。高等教育の改革案を協議する「大学審議会」が、かつてその答申(平成3年)の中で「大学団体等が各大学が実施した自己点検・評価の検証を行い、客観性を担保することも望ましい方法である」と提言したが、こうしたいわば第2段階としての大学評価システムが比較的早い時期に実現することになったといえる。

 おわりに

以上のように、よりよい大学教育の実現をめざして大学改革は急速に動きだし大規模に展開されてきている。今日の大学改革に対しては、産業界をはじめ多方面からそれを積極的に促す各種提言もみられたが、規制緩和や行政改革の高まりの中で、大学審議会等の答申による各種改革案がきわめて短期間のうちに実現されることになった。

大学改革はなお継続的に実行されており、しかも非常に多岐にわたっているため単一の改革方向は認め難く、それゆえ将来の大学の姿を予測することは決して容易ではない。唯一はっきりしていることは、各大学の自主的改革や政策の多元的性格からくる多様化の方向である。基準の大綱化が各大学の自由度を増やし、それぞれ個性的教育の実現をめざしている限り、それは自然の成り行きといえるかも知れない。

この多様化方向が、果たして大学の個性化あるいは活性化を真に実現させるのか、それとも今までとは違った形で新たな実質的な画一化がもたらされるのか、その先の姿は今のところ不明瞭といわざるをえない。しかし、ある意味ではその多様化方向はさらに大学間の種別化へ向かっているように思えるのである。それは、高等教育の種別化を提言した 「中教審46答申」 の果実化現象といってもよい。文部省自身も「研究指向のもの、教育に力点を置くもの、地域における生涯学習に力を注ぐものなど様々なタイプの高等教育機関が育っていくことが期待される (9 ) 」と高等教育の種別化を示唆しているが、少なくともその傾向は大学間においても顕著なものになっていくであろう。つまり、大学院博士課程レベルの研究指向の大学、大学院修士課程までの職業資格取得を中心とした大学、学部教育中心の大学という種別がより明確になると考えられるのである。

大学の将来展望を考える上で最も重要な要素となるのが、今回の基準改正で導入された自己点検・評価である。まず自己点検・評価があって各大学の自主的な改革が推進され、それぞれの個性豊かな発展が成し遂げられると考えるならば、この点検・評価こそが将来の大学像を決定していくことになるからである。

自己点検・評価を中心とした大学評価が、全体としてわが国の大学の教育・研究の質的水準の向上に寄与することは容易に予想できる。 具体的には、例えば教員の研究評価は研究の質・量の改善を、学生による授業評価は教員の授業への取り組みに改善をもたらすであろう。とくに研究業績の評価は、研究をする教員としない教員を峻別し、ひいては大学内における研究と教育の分化を進めることは否定できない。全体としては、大学評価が進展すれば、各大学の教育・研究の質的差異はいっそう明確になるため、大学の種別化が加速化される可能性が高い。

大学自身が名実ともに変わり得るためには、 何よりも大学人の意識改革と不断の資質能力向上のための努力が不可欠であろう。大学・学部等の理念・目的を再認識しながら、まず学生に対する責任を明確にし、さらに社会や一般市民に対する責任や高等教育全体に対する責任を明らかにしていく必要がある。その際、国際社会を含む広く社会の変化に対応することにとどまらず、大学自身が社会の変革に寄与する役割を果たすという積極的な姿勢が求められる。

新しい制度を生きた制度として発展させるためには、大学の個々人あるいは集団としての大学人が、制度のもつ理念・目的を十分に認識し、改革の必要性や課題について絶えず議論を重ねていくという姿勢が求められる。その意味で、さまざまな学内外の組織を超えた大学人相互の、いわゆるファカルティ・ディベロプメント (FD)活動はますます重要なものになっていくと考えられる。

【注】

(1) 岩崎俊一 「大学の研究機能」大学セミナー・ハウス『いま、大学の理念を問う』(第30回大学教員懇談会記録)平成6年、pp.35-36
(2) 教養部改組を含めカリキュラム改革の動向については、拙著「国立大学における教学改革の現状と問題点」『季刊教育法』 No.95、エイデル研究所、平成5年、を参照。
(3) 磯部 力 「公立大学のチャンスと困惑−都立大学の場合−」大学セミナー・ハウス『動き出したか?大学改革』(第29回大学教員懇談会記録)平成5年、pp.21-23
(4) 筑波大学 「外部評価実施のための指針」(平成7年12月25日)参照。
(5) 有馬朗人 「大学改革と評価の課題」 IDE 『現代の高等教育』 No.357、平成6年、p.65
(6) 同上、p.66
(7) 大学基準協会 『本協会のあり方に関する第三次中間まとめ』 平成5年、p.2
(8) 同上、p.10
(9) 文部省編 『我が国の文教施策−「文化発信社会」に向けて−』 平成5年、p.303 


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