〈幅広く、そして奥深く〜警備会社の挑戦〜〉

 今回の調査実習で私は社会の流れを踏まえながら、警備業を様々な観点から捉えてきた。警備業の歴史から業務内容まで幅広く扱ってきたつもりである。

 だが、警備業は今も尚、破竹の勢いでその規模を拡大している。その拡大状況はめざましく、まさに「幅広く、そして奥深く」と言ったところである。ここでは後書きに代えて、警備会社の新規事業をリポートする。

(1)                幅広く拡大

 警備業の事業はもはや、警備業法の定める事業内容(第1号警備から第4号警備まで)を超えていると言える。ここではSECOMと東和警備保障を採り上げる。

@.警備の携帯化

 東京都渋谷区の「セコム株式会社」は機械警備を応用して、携帯機器を利用したサービスを展開している。

まずは20014月から始めた「子供追跡サービス」である。重さ48gの小さな端末をランドセルなどに入れて持ち歩くことで、家族はいつでもパソコンや携帯電話を使い、子供の居場所を確認できるというシステムだ。これはGPS(衛星測位システム)で管理されているため、地球上のどこにいても居場所を探すことができる。2003年は子供が連れ去られる事件が全国的に多発したため、このようなサービスは子供を持つ親としては藁にも縋る思いだったのではないだろうか。このサービスを利用する子供の数は、20039月の段階で約4万人となっている。(産経新聞2003.9.13

子供追跡サービスと同じ原理を利用したサービスとして、20038月にセコムは「ペット追跡サービス」を開始した。犬や猫の体に端末を取り付ければ、迷子や行方不明になっても居場所を探し出し、専用ホームページの地図に表示する仕組み。ペットブームの中、新たな需要を取り込む作戦である。(産経新聞2003.6.17

以上の2つの追跡サービスはいずれも「ココセコム」という商品である。高齢者の所在確認として利用されることが多い。

セコムはさらに、「心電図伝送サービス」も行っている。心臓に自覚症状がでたとき、携帯型心電計で計測し、送信したデータをもとに返送されてきた心電図で医師の的確な診断を仰ぐことができる。警備会社はもはや、医療システムにまで参入しているのである。セコムは19916月から在宅・訪問介護サービスなど在宅医療サービスを始めていた。高齢化社会におけるサービスニーズを取り入れて、安心と快適を保障しているのだ。(産経新聞2003.12.4

追跡にせよ心電図にせよ、そこに共通するのは「携帯型機器」の存在である。電話を携帯することは珍しくなくなったが、今度は警備を携帯するようになったのである。

セコムはその他に「セコムの食」というサービスで食品分野にも参入している。もはやとどまるところを知らない総合商社である。

 

A.ビルのことならおまかせ

 東京都新宿区の「東和警備保障株式会社」は、その名前からは想像できないほど活動の幅が広い。セキュリティはもちろんのこと、ビルの清掃、メンテナンス、リフォームを担当している。これだけ揃えば、ビルの管理はすべて行うことができる。警備会社から総合サービス企業へと伸展を続けている会社である。

 東和警備保障の気概は、「業種の枠を打破し、会心のサービスを提案」である。安全と快適さの提供を目指す。(産経新聞2004.4.4

 

(2)                奥深く〜官と民の狭間〜

 ご承知の通り、警備会社はあくまで民間企業である。そのため警備員は特別な権限をもたない。このことから、警察官や自衛官といった「官」とは明らかに一線を画している。ところが、官さながらの活動を行う警備会社がある。

 東京都新宿区の「テイケイ株式会社(帝国警備)」は着任したばかりであったイスラエルのエリ・コーヘン駐日大使の歓迎パーティーを主催した。イスラエルと帝国警備の関係は深い。

 今尚、パレスチナとテロの応酬を繰り返しているイスラエルであるが、セキュリティ対策は世界一と言われている。イスラエルの治安対策上の「実践的なノウハウ」の優秀さに日本の警備会社として真っ先に注目したのが帝国警備であった。2002年末、それぞれ10人の警備・警護研修グループを1週間ずつ2回、イスラエルの専門機関に派遣し、VIP警護、自爆テロ対策、イスラエル流の護身術「クラブマガ(接近戦闘術)」などの実地訓練を受けさせた。20034月にはイスラエル軍の現地訓練の視察も行っている。

 帝国警備幹部は「米中枢同時テロとイラクでの日本人外交官殺害事件で企業などからわが社への警備・警護要請が急増した。今後もイスラエル派遣研修は続けていく方針だ」とかたり、帝国警備以外にもイスラエル方式を売り物にする日本の警備会社が現れつつある。「対テロ・治安」を民間レベルからいち早く行うことで、日本の警備体制を強化する構えである。(産経新聞2004.1.29

 帝国警備は2003316日、業界初にして最大規模の「スーパーフォローアップ」を行った。これは首都圏震災対策の合同演習なのだが、実施人数がすごい。総員3184名である。20028月の警備業者数は9452社であったが、そのなかで警備員総数1000人以上の業者は29社であり、全体の0.3%である。つまり、これだけの震災対策を施せる警備会社は数少ないのであるが、そのわずかな「できる業者」が実行したことの意義は大きい。しかも、帝国警備は近く5000名を動員して第2回フォローアップを予定している。

 以上のように、警備会社は対テロ・治安維持・震災対策などの「官の専売特許」といった分野にまで進出している。1962年に日本警備保障株式会社が発足したとき、誰がこの警備業界の大躍進を予想したであろうか。官と民は、権限の有無をはじめとする様々な点において、一線を画してきた。しかし、現状はもはや、業務内容において官と民の狭間を揺るがせるレベルに達しているのである。

 ここでの要点は、いかに官と民が協調するかということである。つまり、官と民が双方の立場を充分に理解した上で、最善の警備体制を作り上げることである。官は警備員をパートナーとして受け入れ、警備員も自覚をもって活動する必要がある。実際に、阪神・淡路大震災では警備員の交通誘導が震災後の混乱を最低限に食い止めたことは事実である。また、夏季の花火大会では、会場警備を警察と警備会社が協力して行っている。官と民の相互扶助は不可能ではないし、実際に行われている部分もあるのだ。

 

(3)                感想〜不思議な存在としての警備員〜

 1年間を通じて、警備員を社会学的な立場から考察してきた。同時に、警備員を通じて社会を考察してきた。だが、警備員の謎はまだ解決したとは言えない。やはり、警備員は不思議な存在であった。

 民間人なのに制服を身にまとい、装備品に身を固めている。時には現金輸送のような危険な業務から、交通誘導をいった警察まがいの業務、そしてイベント会場などでの案内など幅広く活動する。

 一方で、どんなにカッコよく振舞っても、所詮は権限をもたないただの民間人なのである。

 しかし、逆説的であるが、権限をもたない「民間」であったからこそ、警備業はここまで事業の幅を広げ、様々な人材を擁し、社会の隅々にまで普及していったのだろう。警備員の使い方は、警備業法の範囲内で「自由」なのである。だからこそ、警備業はいち早く社会のニーズに応えられたわけである。私は「警備業は社会を映す鏡である」と豪語したが、この指摘はあながち間違いではなかったと自負している。

 私は大学1年の夏に警備会社に隊員として入隊し、今日に至っている。2004年の夏で警備員歴丸3年となる。大学生のバイトとしては長期になったが、それだけに様々な経験と発見を私にもたらしてくれた。楽しい思い出もたくさん出来た。私の面倒を見て、現場に出してくれる会社に感謝している。

 そして、私にこうした発表の場を与えてくださった中村博一先生に心より感謝申し上げます。

 

以上




『安全神話』の崩壊〜警備員の社会学〜