遊具の歴史
<世界の砂遊び>
砂遊びは、日本の公園や保育園の庭、小学校の校庭などには、必ずといっていいほど砂場があり子供たちに人気のある遊びだ。その私たちに身近な砂場だが、砂場はもともとは海辺の砂浜で遊ばれていたものが起源なのではないか?
という疑問から、世界の砂遊びを見てみた。
・サウディアラビア
サウディアラビアの牧民の伝統的な遊びのひとつに砂遊びがある。遊び方は砂で色々な造形を作り
そのできばえを競う模倣遊びや、砂山を作り、中に物を隠し、その隠しものを当てさせるものなどがある。
また、いくつも砂山を作り、その一つに物を隠し、どの山に入っているかを当てさせる隠しもの当て遊び
というものもある。
特に、特徴的な遊びには大型の砂丘を滑って降りてくる滑り台遊びというものもある。
これらの中でも模倣遊びは日本の子供もやっている。砂でケーキやだんご、トンネルや川を作って遊ぶのが
日本では主流だろう。砂丘を滑る遊びには、砂漠があり砂が豊富なアウディアラビアらしい大胆な遊びだ
<ブランコその起源と由来>
一般的にはポルトガル語のパラソン(blanco)の音の訛りとされているが、日本語の「ブランブラン、
ブラブラ」から来ている、という説もある。
<世界のブランコ> ブランコは世界各地に見られるがその起源を一つに特定することはまだ果たされていない。 しかし、伝播の中心地の一つとしてアジアにおける中心地としてインドがある。 インドでは紀元前2000年頃から始まるウェーダ時代からヒンドゥー教の儀式としてブランコが知られていた。 |
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<日本のブランコ> 日本では、平安時代の嵯峨天皇の時代に鞦韆(ゆさはり)といわれるブランコが「経国集」という書物の中に登場してくることから平安時代初期には使用されていたようだ。 大陸からもたらされた鞦韆は座る板を2本の綱でつるす今日の形のものであったが、それ以前に日本で行われていた 「ゆさはり」については木の枝につかまって振れるものや、枝からつるした1本の綱につかまってゆり動く、座る板のない簡単な形のものであった、という説もある。 |
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<シーソーの歴史>
シーソーは明治時代に体育遊戯として伝来した。しかしそれ以前からシーソーに類似した
繰り返し遊びを子供たちは行っていたということが「日本全国児童遊戯法」の「ぎいこばったん」や
「分類児童語彙」の「あずきしょまめしょ」から推察できる。
大八車を使って、車の轅と後ろの方につかまって互いに上下する。これは遊びというより悪戯であった
だがこれは移入されたシーソーの模倣かもしれないことを付け加えておく。
二人が背中合わせになって両手を組み合わせ、かわるがわる腰をかがめて、後ろの人を背負いあげるようにする。
これには必ず口遊びの言葉がついてくるが、地域によってその言葉は異なる。
ex)あずきしょ豆しょ/井戸端の茶碗かけ/落してざっくらしょ(仙台)
塩谷しおや/神田の塩谷/塩一升売っとくれ云々(東京)
シーソー遊びの名称となった「ギッコンバッタン」もこれからの統計からきたようである。
以上が日本におけるシーソーの歴史である。中には伝説の中にシーソーが出てくる国もある。
中国広西省隆林県では元旦から15日にかけてシーソーが行われる。その由来は昔、太陽が消え雨が降らなくなり、
作物が育たなくなった。それを憂えた二人の兄弟が15日間シーソーに乗って天に昇り神に頼んで
太陽を出し雨を降らせた。その二人の英雄を記念してシーソーを行うようになったという。