卒業論文
Jリーグクラブの積極強化の提案
三木田 誠
1章 はじめに
99年の日本サッカー界は複雑な出来事で幕を開けた。1月1日の天皇杯=全日本選手権の決勝で、
横浜マリノスとの合併統合が決まっていた横浜フリューゲルスが清水を延長の末、2−1と下して2回目の優勝。
親会社の経営悪化によりクラブが消滅するという、Jリーグ6年目で最悪の出来事を、歴史に意地で
とどめさせるような、劇的な優勝だった。93年に発足したJリーグは96年に百年の大計ともいうべき
「Jリーグ百年構想」を打ち出し、企業に依存しない自立したクラブ作りの構築を再確認していたが、98年10月
に起きた「フリューゲルス事件」は、サッカー界に衝撃を与えた。99年は、それを生々しく甦らせるような
フリューゲルス優勝で幕をあげたのだった。Jリーグはこれからどうなっていくのだろうか。このような最悪
事態を繰り返すのだろうか。大好きなJリーグを真剣な問題として考えたかった。
2章 現在のクラブの選手補強
1993年、日本サッカーリーグを前身に「Jリーグ」が
誕生した。それから7年。Jリーグの人気は年を重ねるたびに低迷したといえる。
その要因はいくつか挙げられる。たとえば歴史あるプロ野球との比較や海外の
プロサッカーとの比較・・・。誕生してまだ7年という歴史しかもたないJリーグでは
太刀打ちできないこともうなずける。それに加えて、日本全土に吹き荒れる不況の嵐。
その嵐に歴史の少ないクラブは今に吹き飛ばされてもおかしくないし、すでに嵐に負けて
消えてしまったクラブさえあるのが現状だ。そんな中で、クラブはできるだけ低いコストでの
選手補強をしなければいけない。
3章 問題点
日本のプロ野球やイタリアのプロサッカーリーグ「セリエA」では
選手補強もファンの大きな注目をあつめる。新聞の一面を飾ることさえある。それにひきかえJリーグでは
大きな選手の動きも少なく、そういうところでファンの注目を集めることもあまりない。
つまり選手の移動という点において
Jリーグは他のプロスポーツと比較して魅力を欠く。また、人気という考えから離れても
Jリーグクラブの選手獲得の仕方はここ数年、毎年のように疑問視されることがある。
クラブはクラブごとに戦術や独自のスタイル持っていてそれに沿うような選手獲得を目指しているが
残念なことにそれがファンに伝わることは少ない。たとえば、プロ野球でいうジャイアンツのような
チームがあってもいいのではないか?セリエAのように各国のスーパースターを集めたド派手なチームが
あってもいいのではないか?そうすればもっとJリーグはおもしろくなるし、
レベルも上がっていくはずである。
4章 解決法の提案
・アプローチ
それではどのような選手獲得が理想なのかというと、これがなかなか難しい問題でさまざま制約が存在
することに気づく。例えば、金銭的な問題。Jリーグ自体がクラブの経営状態を
公表していないため、どのような経営がなされているのか把握しかねるが、世界のトップクラブのように
人件費に何十億、何百億もの金をかけるのは難しいはずであるし、外国人枠の問題もあるわけだから、
3章で述べたような、「各国のスーパースターを集めたド派手なチーム」なんてのは存在しえないわけである。
しかし、強いチームを作るためにはやはり補強は絶対に必要で、クラブはそのコストをできるだけ少なくしたい。
セリエAをはじめとする欧州のクラブを参考にし、少しスケールを
小さくして考えるとわりとスムーズに提案できるのではないかという淡い期待があった。
Jリーグよりも百年近くも古い歴史をもつリーグを考慮に入れない手はないと思ったのだ。
実際、JリーグはセリエAを参考にし真似ている部分はたくさんある。Jリーグも
あと10年、20年もたてば今のセリエAのようになっている可能性もある。
しかし、研究の途中でぶつかったのはその「歴史」の差だった。クラブが創立して
100年経つクラブと創立わずか10年のクラブではやはり歴然とした差があった。
もちろん、プロサッカークラブとしての本質は同じだが100年かけて作り上げてきた
経営方針やクラブの理念、またそのクラブを応援するサポーターの質と量は
決定的な違いがある。つまりサッカークラブとしての目指すところは同じでも
現在のクラブの状態は比較できないほどの差があるのだ。
そこで思いついたのが過去のJリーグで成功したチームを参考にすることだ。
わずか7年の歴史しかもたないJリーグだが裏を返してみるとわずか7年のうちにさまざまな変化を遂げている。
もはや欧州リーグではクラブごとの位置付けみたいな物ができており、毎年優勝するのは
その位置付けの上位にあるチームに限られている。そこにきてJリーグは毎年順位の変動は流動的なものがあるし、
飛び抜けて戦力の整ったチームも存在しない。ならば今までのJリーグで強かったチーム、優勝を勝ち取った
チームはなにが他のチームと違ったのかということに注目するのが、自然な流れに感じられた。
・勝率を算出する
そこでまず成功したチームつまり過去に強かったチームを算出することにした。単純にクラブごとの順位の推移
を追うということがはじめに思い浮かぶのだが、クラブ数が開幕したときに比べ倍近くに増えていることからこの方法では
うまくいかない。そこで年間のクラブの勝率からクラブの強さの流れを読み取ることにした。
勝率の方法は簡単で「年間の勝ち数を年間の試合数で割る」。それを各クラブごとに過去7年間のデータを取る。
例えば‘99年のジュビロ磐田の成績は勝ち数17に試合数30であるから、勝率は0.567となる。すると以下の表が
完成する。
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また、上記の表を折れ線グラフにしたものが以下のグラフである。

・考察
ここで特徴のあるものから拾っていくことにする。まず、純粋に平均勝率が一番高かったチーム、低かったチーム
を抽出する。それは勝率が高かったチームは平均0.639で鹿島、低かったチームは平均0.287で福岡。
前年度のシーズンとの比較で一番勝率の変動があったチームを抽出した。こちらも上昇したクラブと下降したクラブで、
上昇したクラブはG大阪の1996年の0.367から1997年の0.625。下降したクラブはV川崎の
1996年の0.633から1997年の0.313。この4つのクラブを抽出したグラフを作ってみた。

・ヴェルディ川崎

それではまず川崎から見てみよう。川崎は日本リーグクラブからの名門で、開幕元年から
順調に滑り出しているのがわかる。この頃の川崎のメンバーは三浦和良やラモスのような日本を
代表する選手がそろっていた。しかし、川崎の黄金時代も長くは続かなかった。1996年
には天皇杯のタイトルを手にしているもののJリーグでは7位に終わり、1997年には王者の影すら
見えなくなってしまった。そこで川崎のそれまでの選手補強を紐解いてみると、他のクラブにはない特徴が
あることがわかる。先にも述べたとおり、開幕元年の川崎はよそのチームがうらやむほどのメンバーを
揃えていた。しかし、そんなチームも崩壊する時が訪れる。開幕当時のメンバーが年齢からの衰えを隠せなくなり、
選手補強を余儀なくされた。アルシンドや前園、岩本に高木などの日本代表にも名を連ねるスタープレイヤーを
獲得しそれがことごとく失敗した。失敗は予期できるものではないし、積極的な補強という意味では大変理解できる
補強だったといえる。だが、コストが高すぎた。しかも不況とサッカー自体の不人気も重なり、アッという間に
黄金時代は崩壊していった。そしてついには親会社の読売がチームを売りに出しそれを買った日本テレビは
チームを改造し、開幕当時のあの派手なチームは実に地味なチームに変貌した。ここに川崎の経営のまずさがあった
と考えるのが普通だろう。
・鹿島アントラーズ

次に川崎とは逆の獲得をしてきた鹿島をみてみると、
開幕からまずまずの成績を上げているのがわかる。しかも鹿島は開幕の年にはファーストステージで優勝していて、セカンドステージはモチベーション
が落ちていたことも考えられる。他の年でも鹿島は数々のタイトルを獲得している。つまり鹿島は開幕以来1999年の不調まで、
まずまずどころか黄金時代の川崎と比べても見劣りしない成績を上げているのだ。では、なぜ鹿島はこのような成績を
上げてこられたかと考えると、鹿島の補強は理にかなったものが多いからである。空いた穴を的確に埋めたことは
周知の事実だが、外国人選手にしても世界で名を馳せたビックネームを獲得できたことがその一番の例えに
なる。しかしここで言いたいのは「鹿島の補強は決して派手な補強ばかりではない。」ということだ。
むしろ移籍金の安い選手を獲得し、その選手達をうまく成長させた実績を多く残している。例えば
横浜から獲得したゴールキーパーの高桑は当時、横浜の補欠キーパーであったが、今では
日本代表の選手に選ばれるほどにまで成長した。ここに鹿島の補強がただ有名な選手を集めるだけでなく
無名な選手(移籍金も安い選手)を獲得し、その選手を生かすというしたたかさを含んだものであることもうかがうことができる。
また、鹿島は若手選手の育て方もうまい。その証拠に先日行われた
シドニーオリンピックの日本代表のなかで鹿島がJリーグのクラブの中でも一番多く選手を代表に出している。
このように高校からスカウトさせたり、ジュニアユースで育った選手はクラブに大きく貢献することがある。
つまり鹿島は補強だけではなく、補強した選手を成長させる術をもったチームである。
・ガンバ大阪

次に一番、特徴のあるグラフを描いているG大阪を見ると1997年だけ大きく飛躍しているのがわかる。
このときG大阪になにがあったかというと「エムボマ」という外国人選手の獲得が大きな要因だ。エムボマは
ジーコやリネカーのように世界的に有名な選手ではなかった。また、彼らのようにサッカー選手として年老いてもおらず、
サッカー先進国といわれるような欧州や南米からきた選手でもなかった。そんな選手がいきなりJリーグにやってきて
目覚しい活躍をしたのだ。たちまち日本はエムボマブームに包まれた。そして、エムボマの活躍とともにG大阪は
成績を上げていったのだ。無論、エムボマ一人が勝利の要因ではないかも知れない。しかし、弱小チームに颯爽とあらわれ
得点王をさらい、その年のG大阪で唯一のベストイレブンに選ばれた彼の功績はやはり大きな原動力だったに違いない。
他のクラブでも一人の外国人選手の獲得で大きな成功をおさめたチームはある。名古屋のストイコビッチなどはその最たる例
であるが、彼は1年で名古屋を去らずに現在も名古屋の勝利に貢献している。エムボマは一人の選手でチームが
大きく変えれることを証明した。
・アビスパ福岡

最後にあげるのはずっと低迷している福岡だ。福岡は1996年にJ1に昇格してからというもの、ごらんのとおりの
勝率で選手の中からもベストイレブンに選ばれた選手もいない。ここで問題にしたいのは福岡の選手補強だ。
低コストでJ2に降格していないのは賞賛に値することかもしれないが、これでは優勝を狙うには難しいはずだ。
勝つために試合をしているわけだからもう少しサポーターを満足させる補強しなくては人気もなくなり、
J2に落ちるのも時間の問題であろう。
5章 結果
ここまでの4チームを総括して考えると、川崎の補強の仕方は派手ではあったし、ファンの目をひくことは
できたが結局足の地に付かない補強だったと考えられ決して成功したとはいえない。しかし、私は当時の川崎こそが
今のJリーグクラブの目指すところに感じてならない。もちろん、鹿島のように若手の育成や外国とのコネクションを
を持ち、それを成功させた土台をもたなければならないのだが。そういう意味で鹿島は当時の川崎のように魅力的で
強力なチームになっていくと考えられる。また、福岡のようなチームがG大阪のような補強をするのもおもしろい。
一人の選手でチームが大きく変わるのもサッカーの魅力であるのだから。
これからさきも、選手補強はクラブを経営していく上で確実にでてくる問題であることに違いない。ここであげた補強の例も
裏を返せば「成功と失敗は紙一重」というのも現実である。また、クラブの予算だって限られているわけなのだから、背伸びをした
選手補強を繰り返しているとクラブ自体の経営が行き詰まってしまうだろう。しかし、積極的な選手補強をしないかぎりクラブの成長が
望めないこともわかった。
6章 今後の予想
21世紀のJリーグは上位チームと下位チームの差が現在よりもっと明確になると、私は予想する。
それは勝ち続けファンと資金を得たチームがより効率のよい補強をし、負け続けるチームはその逆の
悪循環を繰り返すからである。また、Jリーグで実力を証明した選手の海外流出も現在より活発になる
ことは火を見るより明らかだ。そこでチームの核となる選手の穴を埋めるために補強も必然的に活発化されるだろう。
ここでチームが考えなければならないのは今までの子供じみた選手補強はこれからは通用しないということだ。
新世紀はもっとチーム事情にそった選手補強をしなければならないとここで提案する。
謝辞
思い起こせば1年前、好きなことをテーマに書きたいとただそれだけの理由で書きはじめた卒業論文。
この1年間はとてもすばらしい日々の連続でした。多くの方々に支えられ、困難にぶつかったときでもみんなに助けられて
この論文は完成したんだなぁといま身にしみて感じることができます。特に根本先生にはいろんな場面で助けていただきました。
先生がいなければ途中で放り出していたかもしれないとさえ思います。また、研究室のメンバーにも公私にわたって助けられたと思います。
そして、そんな研究室のメンバーと共にこの論文を書けたことを誇りに思います。
参考文献
★サッカーダイジェスト