はじめに                                              目次へ戻る
 日本のケーブルテレビは、一九五〇年代の後半に地形難視地域への再送信を目的として始まり、その後テレビ地上波数の少ない地域での区域外再送信と自主制作放送を魅力とし、幾つかの地方都市では相当程度の普及を見ている。他方、一九八〇年代中頃から地上波数の多い大都市圏でも、多チャンネル・ニーズの充足と都市難視解決などを目的として併せ持つ、三〇〜四〇のチャンネルの番組を提供する多チャンネル・ケーブルテレビ(1)が始まった。このタイプの多チャンネル・ケーブルテレビは、一九八九年に始まった通信衛星による番組配信の事業によってさらに誕生を促進されつつ、今日に至っている。

 この様にして多くのケーブルテレビ局が誕生したが、実際の事業展開においては、大都市圏では概して加入者の伸びが遅く、事業経営は厳しい状況にある(2)。ケーブルテレビの事業には地域性が現れるが、この様に多くの事業者に同様な問題が現れていることを考えれば、共通した問題の構造があると考えるのは自然である。その様な観点から、ケーブルテレビ事業者へのヒアリングや米国事情紹介の文献(高木(1990)、松平(1991))等をもとに作成した問題整理の一つの見方を図1に示す。ケーブルテレビの事業には、番組サプライアーや衛星通信事業者など複数の事業セクターが関係している。それらのセクターがそれぞれに閉じて自己最適化を計ろうとすると、他のセクターに問題を生じ、その因果関係が巡りめぐってケーブルテレビ事業の発展を阻害すると言う、悪循環の構造の存在を示している(3)。

図1 多チャンネル・ケーブルテレビ事業の問題点の構造
 

 この様な悪循環の構造を変えていく基本的な方向は、利用者の利用メリット向上を目指して関連事業セクター間の連携を高めることである。したがってMSO化や垂直統合は、各事業セクターが分断された現状から見れば、事業セクター間の相互連携を高め、事業としての戦略性をもたらす一つの手段になりうるものであろう。

 しかしこれらの色々な手段があるとしても、もう片方で、利用者がケーブルテレビをどの様に受け入れているのか、という実態の知識は決定的に重要である。特に最近のケーブルテレビ事業は、米国での成功事例に刺激され、供給サイドの論理で展開される傾向が見える。このような現状から見れば、受容実態に関する知見の重要度は高い。とりわけ加入に的を絞るなら、@加入と非加入の意志決定過程、A加入者の満足状況と普及過程としての周辺への広がり、B加入層と非加入層の違いの明確化、は重要な課題と考えられる。

 この様な観点から既存の関連研究を見ると、Aについては利用と満足の研究がある。最近では竹下(1995)がケーブルテレビの番組の評価を行っている。番組は非常に重要なテーマではあるが、ケーブルテレビへの加入と言う点になると、番組以外の加入動機も存在しうるので、一段と広い評価項目での検討が必要となる。またB加入者と非加入者の相違は、西野(1993))、池田(1995)等で議論されているが、これらの調査はケーブルテレビの視聴行動の一環としてなされており、このために個人調査である。他方ケーブルテレビの加入決定は世帯単位でなされており、この点では世帯単位としての調査の意味が存在する。この点はAについても共通し、世帯で意志決定に直接関与する家族の評価が重要と思われる。

 この様な問題意識と問題整理を背景に、多チャンネルケーブルテレビの受容状況を調査した。調査では加入に係わる意志決定の過程と、満足状況としては顧客満足度に重点を置き、また補足的に加入者と非加入者の判別問題の研究をも意図した。前述したようにケーブルテレビは地域性を帯びた事業である。したがって今回報告する一地点での調査結果で普遍性を主張するつもりはないが、興味ある知見も得られており、既存調査の類似データを踏まえながら、敢えて報告をさせて頂くこととした。


(1)多チャンネル・ケーブルテレビ
 視聴チャンネル数の多いケーブルテレビを表す言葉としては、郵政省に定義されている都市型ケーブルテレビと言う言葉がある。ただしこの定義では、地方の区域外再送信を柱としたケーブルテレビ事業も含まれる。ここでは「地上波テレビチャンネル数の多い地域の多チャンネル指向のケーブルテレビ」という意味で、この言葉を使った。

(2)九〇年以前に開業した局を対象にして筆者が行った九四年九月の時点での聞き取り調査では、東京圏のケーブルテレビ局の一七社の多チャンネルサービス(都市難視の再送信を除く)の世帯加入率は六〜一六%にあり、平均で九.六%であった。

(3)この様な構造はケーブルテレビの場合だけでなく、キャプテンサービスや既に撤退したクロネコFAXの停滞の構造にも見て取れる(八ッ橋「生活指向の情報サービス事業の成否と教訓」情報研究(文教大学情報学部紀要)一四号(1993) PP.35〜48)。複数の事業セクターが係わって1つのサービスを実現するタイプの情報提供事業の場合、事業セクターの連携無しには普及戦略は立てられない。


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