学部長からのメッセージ

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。私たち教員も皆さんにお会いできることを心待ちにしていました。オリエンテーション初日の今日、皆さんはいろいろな思いと背景をもってここに集まってこられたことでしょう。文教大学国際学部が第一志望だった、あるいは第2・第3志望だった、いや滑り止めであったという人たち、何を勉強したいかを既に決めている人たち、大学には入りたかったけれど、将来なにをしていいのかまだ分からない人たち等々、様様な人たちが様様な考えを持ってここに来ておられると思います。
 
私も、かつては皆さんと同じように、大学1年生として入学した時がありました。私場合は、ただ漠然と大学に行くことだけが目の前にあって、何を勉強したいとか、将来どうするなどとは全く考えていませんでした。それどころか受験勉強から開放されたからこらから遊ぶぞと意気込んでいましたが、(期待とはかなり違ってがっかりしました!)その一方で、もう子供ではない、大学生だ、大人だという気持ちもありました。
そのような私の経験から、今日、私は皆様にこのことばを贈りたいと思います。それは「求めよ、さらば与えられん。Ask, then it shall be given to you.」という聖書のことばです。私はキリスト教徒ではありませんが、聖書には永遠の真実がたくさん詰まっています。このことばに触れたとき、私は大変なショックを受けました。それはキリスト教では神様ですら「ください」と言わなければ与えてくれないということです。日本人は、自分で求めるのではなく人から与えられるのをじっと待つ、天から授かるのを待ってそれをありがたくいただくことが「奥ゆかしい」ことだとされているように思います。ここに日本文化とキリスト教文化の根本的な差を見たと私は思いました。
 
しかし考えれば考えるほど、「求めよさらば与えられん」ということばは正しいと思えます。日本人の美学からすれば、相手の気持ちを察して行動することが一番美しいことです。たとえば、のどが渇いたと思ったときにさっと相手が冷たい麦茶を出してくれたとしたら、なんと素晴らしいと思います。この感覚は世界のどの地域でも同じかもしれません。ところが日本人の場合はこれだけにはとどまらず、「思いやり」という名のもとに相手にこのような行為を「要求」します。しかし家族の間でさえ、きちんと何をしてほしいと言ってくれなければ相手がほんとうに何を望んでいるのか分からないことがよくあります。麦茶ではなくて、ビールが欲しかったとか、今朝から虫歯が痛くなってきて冷たいものは染みるから温かい飲み物の方がよかったとか、相手の気持ちには感謝するものの、ちょっと違うと思うことが少なからずあります。
 
大学と高校が一番違うのは、勉強に対する態度です。高校までは先生が皆さんに必要なことを準備し、それを覚えればよかったのです。特に入試を控えて、ほとんどの人は覚えることで精一杯だったかもしれません。つまり与えられるのを待っていればよかったのです。しかし、大学は違います。高校までに覚えたことを土台に、皆さん自身が勉強すべきことを見つけて自分で学習する、それが大学の本来の目的です。先生はその手助けをする脇役であり、主役ではありません。そしてその時必要なのが「求める」ことなのです。先生は皆さんがこんなことを求めているかなと考えて、授業の準備をします。しかしそこには必ず「ずれ」があるはずです。しかも、それは人によってそれぞれ異なるのです。そのとき皆さんがただ黙っていたのでは、教師には皆さんがどう考えているかが分からず対処する術がありません。授業が全部終わった段階でこうして欲しかったと言われても、もう手遅れです。次に同じ授業をするときには活かせるでしょうが、皆さんには直接のプラスにはなりません。
 
大学の授業は教師だけが一方的に与える作業ではなく、学生と教師が一緒に作り上げていく共同作業です。皆さんが求めてくれることで、教師は何を望んでいるかが明確に分かり、学生と教師が共に成長するのです。もちろん多数の人の要求をすべて満たすことはできませんし、中には不可能な要求もあるかもしれません。たとえば授業アンケートなどに時おり見られる「1時間目に授業を入れないでほしい」とか「5時間目の授業は止めて欲しい」といった要求は、1日24時間の中で実現することは不可能です。しかし、大学は一方的に決まったものを機械的に与える場ではありません。これから4年間の間に、皆さんが自力で、自分が何を求めているのかを見極める場です。私には分かっている、といま考えている人も、4年間の間にその気持ちが変わるかもしれません。そしてそれは長い人生の中でさらに変わるかもしれません。将来を見据えながら、いま自分は何が欲しいか、何を求めているのかをしっかりと見つめ、それを皆さんが私たち教員に教えてくれることで、学生と教師が互いに助け合う授業を作り上げ、皆さんの希望に一歩近づくことができます。それを実現させてくれるのは皆さんであり、私たち教師はそのためのアシスタント、アドバイザーなのです。
 
最期にもう一言付け加えます。大学の間に友達を求めてください。相手が来てくれるのを待つのではなく、自分から求めるのです。拒否されたらと考えて躊躇することもあるでしょう。しかし傷つくのを恐れて求めなければ、神様でさえ与えてくれないのです。落第をしない程度に遊びもしましょう、旅行もしましょう、アルバイトもよいし、ボランティアもよいでしょう。大学生だからこそできるあらゆることを求めて手を出してみましょう。自分探しの大切なステップです。

2005年4月

国際学部長 椎野信雄

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2005
文教大学国際学部