『教育研究所紀要第7号』文教大学付属教育研究所1998年発行

特集 「教育職員養成審議会第1次答申」を読んで

開放制理念風化の懸念

菊地 一郎(文教大学教育学部)

1.文部省の教育改革プログラム

 来るべき21世紀において、我が国が活力ある国家として発展し、科学技術創造立国、文化立国を目指してゆくために、教育は社会システムの基盤として極めて重要な役割を担うことが期待されるところから、教育改革を第2次橋本内閣における行政、経済構造、金融システム、社会保障構造、財政構造の5つの改革に加えて6大改革の1つとして位置づけ、1997年(平成9)1月に、文部省はその具体的課題と実施スケジュールをプログラムにまとめて策定し、発表した。その後、中教審の第2次答申を踏まえて、同年8月と本年4月の2回の改訂が行われた。その第2次改訂の内容をみると、教育改革は(1)心の教育の充実、(2)個性を伸ばし多様な選択ができる学校制度の実現、(3)現場の自主性を尊重した学校づくりの促進、(4)大学改革と研究振興の推進などから成っている。
 要するに、文部省の教育改革プログラムとは、中教審を中心とする教育課程、生涯学習、教育職員養成など各種審議会、関係機関に対する種々のプランの立案・検討・実施などの時期を示すタイムスケジュールに他ならない。
 既述の第2次改訂の教育プログラムによると、文部省(文部大臣)は1996年(平成8)7月に「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について」を教育職員養成審議会(教養審)に諮問し、翌年7月に大学での教員養成の改善、学校での社会人の活用の促進を内容とする表題の「第1次答申」を受けた。この答申および報告に基づいて第142回通常国会において1998年6月4日、教育職員免許法の一部を改正する法律(平成10年法律第98号)が成立をみたのである。なお、社会人活用の拡大については、本年7月から、改善された大学での教員養成の新カリキュラムについては、来年度(平成11年度)から移行されることになっている。

2.教養審・第1次答申の概要

 まず、第1次答申の内容を、目次の章建てから一瞥してみると、はじめに、T教員に求められる資質能力と教職課程の役割、U教員養成カリキュラムの改善、Vカリキュラム以下の免許制度の弾力化 むすびなどから構成されている。
もう少し内容を検討してみると、はじめにの中で本答申(提言)の理由がのげられている。1985年(昭和60)初頭における臨教審の生涯学習体系移行等の提言に始まり、96年(平成8)7月の第15期中教審第1次答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」において、国際化・情報化の進展、科学技術の発達、少子化・高齢化の進行や環境問題の深刻化の中で、「生きる力」の育成を基本とした方向に我が国の学校教育を転換するべきであるという流れに沿うものであるとしている。
 また、学校教育の成否は、教員の資質能力に負うところが極めて大きく、これからの時代に求められる学校教育の実現には教員の資質能力が重要な前提になる。今日、学校でいじめや登校拒否などの深刻な問題が生じており、教科指導・生徒指導・学級経営の面で、教員には新たな資質能力が求められている。
 教員に求められる資質能力には、時代を越えた普遍的なものと、時代の社会的要請に応えなければならない資質能力もある。その意味で、新たに求められる資質能力を持った教員の養成に対応して、大学の段階において教員養成カリキュラムの見直しを行った。
もとより教員の資質向上には教員としての着実な教育実践を前提に、養成・採用・研修の各段階を通じて図られるべきであり、今回の諮問の中で、今後の検討課題の1つに「養成と採用・研修との連繋の円滑化」が挙げられていることは正鵠を得ており、評価される。

T 教員に求められる資質能力と教職課程の役割のところでは、1.教員に求められる資質能力について、(1)何時の時代にも求められる資質能力、それは専門的職業である教職に対する愛着、誇り、一体感に支えられた知識、技術等の総体である。なお、ここで注記があり、資質能力は素質とは区別されるもので後天的に形成可能なものとされる。したがって、教職への強い志望と努力する意志があれば、その門戸は機会均等に開かれているという。 (2)今後特に教員に求められる具体的資質能力について、その参考例に@地球的視野に立って行動するための資質能力、A変化の時代を生きる社会人に求められる資質能力、B教員の職務から必然的に求められる資質能力が挙げられている。(3)得意分野を持つ個性豊かな教員の必要性について、上記のように教員には多様な資質能力が求められ、各人が最小限必要な知識、技能等を備えることは不可欠であるが、各人に一律に高等な知識、技能等を身に付けることを期待しても現実的ではない。むしろ、学校の教師集団が多様な資質能力を持つ個性豊かな人材によって構成されることが望ましいと述べている。
2.大学の教職課程の役割について、(1)教員の資質能力の形成過程、ここでは養成・採用・現職研究の順に教員の資質能力の形成に係る各段階の役割分担のイメージが整理され、[参考図]に示されている。そこでは、養成段階で習得されるべき水準を、「教科指導、生徒指導等に関する最小限必要な資質能力すなわち採用当初から教科指導、生徒指導等の職務を著しい支障が生じることなく実践できる資質能力」としている点が注目される。また、大学の責任において、教員を志願する者に提示された一定水準以上の知識、技能等を修得させる必要があることは明らかであると述べている。(2)養成段階で習得すべき最小限必要な資質能力について[参考図]を掲げて、A:教職への志向と一体感の形成、B:教職に必要な知識及び技能の形成、C:教科等に関する専門的知識及び技能の形成を説明している。(3)養成と初任者研修との関係では、@初任者研修の性格、A養成・研修の並行的充実の必要性を述べている。

U 教員養成カリキュラムの改善について、その基本構造と教育内容の2つの視点から検討を加えている。1.教員養成カリキュラムの基本構造の転換については、(1)その必要性、(2)基本的方向:選択履修方式の導入、(3)構造転換により期待される効果など。2.教職課程の教育内容の改善では、(1)教育内容に係る問題点、(2)改善するための基本的視点、(3)具体的改善方策などが詳細に述べられている。
別添の現行基準と新基準の教員養成(教員免許取得)カリキュラム表を比較してみると、中学・高校の場合に総単位数に変動はないが、教科科目の単位数は減少し、教職科目のそれは増加しており、「教科又は教職」単位の増
加も目立つ。その他、総合演習や教職ガイダンスの新設、教育相談、教育実習(中学校)の単位の増加など教科より指導法重視への傾向が明瞭である。

V カリキュラム以外の免許制度の弾力化については、1.社会人の活用促進 2.盲・聾・養学校に係る免許状制度の弾力化 3.その他の弾力化措置があげられている。
むすびの中で、本答申の諸提言が教員の資質能力の向上を図る上で十分な効果をあげる様に、国、大学等の教員養成機関に関わるすべての人々に一層の努力と協力を要請している。さらに、本答申の提言の中心は、諮問に挙げられた検討事項の中で、教員養成課程のカリキュラムノ改善と特別非常勤講師制度の改善に係るものであると述べている。

3.本答申の読後の感想とコメント

 既述の通り、本答申に基づいて本年6月に免許法の一部を改正する法律が成立した。筆者は、現行の教員養成課程のカリキュラムで教科と教職(教科教育法)を担当しているが、法律が成立している以上、基本的に本答申を批評する立場にはない。その趣旨をよく理解し、本答申で取り上げられている「教職課程の大学教員の授業内容と方法は、理論中心で実践との関連性が十分でなく、過度に講義中心であるなど十分に工夫されていない。」などの批判、「より具体的・実践的で理解しやすく、教員志望の学生の興味を喚起する授業方法を工夫する必要がある」などの要望を踏まえて、新カリキュラムと言わず現行の下でも早速に授業内容と方法の改善に取り組みたいと思っている。
 本答申の中で、都道府県教育委員会などの採用側に対しても提言の趣旨を十分に理解し、大学による教員養成カリキュラムの改善動向を適切に踏まえた選考方法や試験問題の工夫・改善が要請されている。実際に、教員採用の在り方は、教員養成に直接的に影響を及ぼすものであり、むしろ死活を制すると言っても過言ではないだろう。本来、教員養成の成果が教員採用試験の合格者数に反映するのが理想の姿であろう。それが大学の養成計画の在り方の評価ともなる。「養成と採用・研修の円滑化」について、本答申後に教養審で本格的な審議を行う予定とあるが、期待を込めて見守りたい。
 最近読んだ教育雑誌「現代教育科学2」(明治図書1998)の中で、本答申を読んで「師範学校」への回帰を連想した国立大学の教員がいることを知った。「神戸事件、いじめ・登校拒否」など学校教育現場の深刻な実情を十分に踏まえた答申であることは評価されている様であるが、例えば、教員養成カリキュラムで教科科目数の減少、教職科目数の増加などが閉塞的な旧師範学校型の教員養成復活に映るのであろうか。戦後、教員養成が開放制の下で「大学」の教職課程で行われることに成ったことについて当時の日本の社会であれほど歓迎されたこと、その意義の重大さを簡単に忘却してはいけないだろう。


戻る