『教育研究所紀要第5号』文教大学付属教育研究所1996年発行

(研究ノート)

陶芸教材の研究1−1

−土笛・発達段階−

菅野 弘之

(平成8年度文教大学付属教育研究所客員研究員)

1、はじめに

 美術教育において陶芸教育は近年盛んに行なわれるようになってきた。学校教育でもさまざまな形で取り入れられることが多くなってきたとともに、地方公共団体が主催する生涯学習の一環として陶芸教室が多く開かれるようになってきた。このような一般社会への広がりがみられる社会情勢の中で陶芸教育のより一層の充実は必要不可欠となってきた。陶芸教育におけるさまざまな技法研究及び発達段階に応じた教材感や幼児から老年者に至るまでの陶芸に関する興味や発達段階を研究していく必要があると考える。

 上記の研究動機から本稿において第一回目として土笛の教材研究を行なっていきたい。一見簡単そうに思われている土笛制作であるが、私の経験では美術科の大学生でも何も指導や助言をしないで土笛を制作させるとほとんどが音の出ない作品になってしまう。まして発達段階が大学生まで進んでいない小学生や中学生を指導する場合は教師の指導が重要になってくる。

 本稿は私が現場で指導した経験から適切な学校教育における成形技法の発達段階を考察することにより、土笛教材の現行教育課程における発達段階の位置を分析し明確にして、生涯教育や陶芸教育の実践場面で実際に役立てられる役割をもたせることが目的である。

2、土笛技法からみた発達段階

 土笛成形の方法については、成形特徴から大きく3つに分けることが出来る。

 @、泥獎鋳込み成形

 A、たたらによる型成形

 B、無垢の削りぬき成形

 以上@〜Bの成形技法が土笛制作では大多数をしめる。発達段階における成形技法@〜Bの難易度はどのようになっているのであろうか。成形特徴と現行の小学校、中学校教科書の教材の扱われ方を分析することにより発達段階を考察していくこととする。ここで現行施行の教科書を分析することにより生涯学習などの幅のある年令層の受講者に対しての一定の発達段階の目安ができることとなる。ただし、小学校中学年においても訓練次第では小学校高学年を越える高等技術で制作することが可能であり、私が勤務していた私立小学校では木版画が小学校1年生から年間カリキュラムに取り入れられ時間数も多く、通常の公立学校児童と比較した場合小学校高学年にもなるとかなりの技術的な違いが出てくる。このように生涯学習等には発達段階と年令が一致しないことも多くあることを指導者は考慮しなければならない。

 @、Aの発達段階について

 @、Aの技法は、型を作る技術が必要となってくる。型を作る技法は彫塑の石膏のかたどり、割り出しの技法に類似している。石膏を扱うこと自体は現行の中学生教科書に出てくるため(註-1)、彫塑の石膏かたどりの技法まで習得していれば、石膏の扱い方や型どりの基本は習得しているものと考えられる。しかし、@の鋳込み型やAのたたら型を制作するにはかなりの習熟と経験を必要とするため中学生の生徒が個々に違うさまざまな原型を作る場合、全体指導によって指導することは実際不可能と推察される。ただし、一対一による指導形体がとれる場合はこの限りではないが、この場合は、指導者が直接割り型の割り出し位置や原型の抜け勾配の指示を行なうことをしないと中学生の段階では技術的に困難と推察される(註-2)。

 Bの発達段階について

 無垢の削りぬき成形は小学校高学年から頻繁に使われる方法であるため、次章において小学校教科書の単元教材と照らし合わせ分析することとする。

3、無垢の削りぬき成形の発達段階

 土笛教材は3つの要素である、粘土教材としての要素・楽器を作る要素・陶芸教材としての要素から成り立っていると考えられる。3つの要素はどの程度の発達段階から現在の学校教育で取り扱われているのであろうか。土笛教材はどのような形の螺旋状カリキュラムで学校教育に取り入れられているかを現在日本の小学校で使用されている教科書会社3社、日本文教出版(註3)、東京書籍(註4)、開隆堂(註5)の図画工作科の教科書を3つの要素に分けて検討することにより適切なBの無垢の削りぬき成形による発達段階、および教材感を考察したい。

a,音を出す機能を制作する単元

 日本文教出版より発行された『図画工作』(註-3)によると小学校1年生で「おと みつけ、おと つくり」、小学校4年生で「風の音、風の形」、「音と色のファンタジ−」、小学校5年生で「木のおくりもの」の単元で音と制作について結びついた教材がある。東京書籍『新編 新しい図画工作』(註-4)では、2年生の教材で「ぼく、わたしのがっき」、小学校5年生の単元で「チャレンジ広場での紙の笛」 小学校6年生「手作り楽器で音楽会」が単元としてあり、開隆堂出版より発行された小学校教科書(註-5)について音と制作が結びついた単元はなかった。

 上記の記載の中で東京書籍の6年生の単元「手づくり楽器で音楽会」はアルペンホルン、たいこ、はと笛、ゆらゆらカラカラ、ギロ、パンフル−ト、ドラ、サムピアノ、空かん鉄きん、マラカスたいこ、だんボ−ルギタ−が作品例として掲載されている。児童に対しての制作指示は、自分で工夫した楽器をつくる前にアイデアスケッチをし、好きなつくり方で身の回りにある材料を用いて制作するように掲載されている。その中の参考例の一つで上記のはと笛(土笛)が掲載されている(註-6)。

b,粘土を扱う単元

 粘土を扱う単元を調べてみると、日本文教出版(註-3)、東京書籍(註-4)、開隆堂出版(註-5)の3社とも教科書には1年生から6年生まで各学年ごとに造形遊びの段階を含めて粘土を扱う教材が掲載されている。

c,陶芸を扱う単元

 陶芸を扱う単元は、日本文教出版(註-3)・東京書籍(註-4)・開隆堂出版(註-5)の3社とも5年生、6年生の単元として掲載されている。 

 以上から、機能として音が出ること、素材は粘土で作ること、作品は焼成することの3つを考え合わせると、開隆堂出版(註-5)のように音を出す教材単元について低学年の時点から螺旋状カリキュラムが組まれていない状態では問題が残るが、その他の2社の図画工作のカリキュラムを経てきた小学校5年生以上で粘土の焼成を授業で既に経験している児童であれば児童の経験上の発達段階として土笛の教材実施が可能であると本稿は考える。素材は土でなく紙であるが東京書籍(註-4)の5年生の単元「チャレンジ広場」での紙の笛が吹き口と歌口による発音方法をとっており、紙の笛も5年生の教材であることも追記しておく。

 小学校の5年生の陶芸教材を既習した児童以上が現行の小学校教科書の土笛教材では適切な発達段階であることを先に考察したが、生涯学習面で考察すると、土笛教材は実年者や老年者にも技術的な発達段階としては当然申し分ないが、土笛は福岡県の鳩笛や弘前の1寸ほどの奴の笛などの郷土玩具に見られるように玩具という認識が大人の生涯教育受講者にある場合があり、制作における興味や関心が低い場合が考えられる。制作導入段階で、指導者の興味、関心の高揚や場合によっては動機づけが授業運営において必要になってくると予測される。

5、おわりに

 今回土笛教材(単元)を考察したが、本稿が実践場面で教壇に立つ指導者の授業指導案等に何らかの形で生かされれば幸いであると思うと同時に、次の機会に土笛の技法を統括的にまとめることにより陶芸教材の実践場面での充実をはかりたい。また、本稿を研究していく中、現場の先生の声を通して陶芸教育における手びねりやその他の技法や教材単元についてまとめていかなければならない必要性を感じた。今後、継続して実践の目を通した陶芸教育の教材について考察していきたい。

[註]  

註−1『少年の美術1』、佐藤忠良他11名、1993年2月3日、現代美術社発行、34、35頁参照 

註−2 平成8年5月、彫刻家鈴木徹氏、中川公明氏に型による土笛制作が中学生の発達段階で可能かどうかを筆者が質問インタビュ−し総合的にまとめたもの

註−3『図画工作』1から6まで、宮坂元裕他2名、平成8年1月15日、日本文教出版株式会社

註−4『新編 新しい図画工作』1から6まで、樋口敏生他7名、平成8年2月10日、東京書籍株式会社

註−5『図画工作』1から6まで、日本造形教育研究会、平成7年12月5日、開隆堂出版株式会社

註−6『新編 新しい図画工作』1から6まで、樋口敏生他7名、平成8年2月10日、東京書籍株式会社、23、24頁参照