『教育研究所紀要第5号』文教大学付属教育研究所1996年発行

<授業実践報告>

学生による授業評価アンケートを用いた授業改善の試み(1)

−共通教養科目「心理学」における事例報告−

丹治 哲雄(文教大学人間科学部) 

    要旨

 ここでは、授業評価アンケートを手がかりとした授業改善の事例を報告する。1994年度後期の共通教養科目「心理学」で実施した授業評価アンケートを分析したところ、「教師に対して質問がしにくい授業」であったことが明らかになった。そこで、次年度(1995年度)の同科目の開始時に、前年度の授業評価アンケート結果を受講生に公表し、「質問がしやすい授業をめざす」ことを明確にして、授業を開始した。具体的には、毎回、質問・意見カードを配布回収し、次週に回答・解説をする方法を採用した。その結果、1995年度の授業評価アンケートでは、「質問のしやすさ」の平均評定点が前年度よりも上昇し、ある程度の授業改善が認められたことが明らかになった。1995年度、1996年度の前期科目でも、同様の結果が認められた。

1.緒言

筆者は、1994年度以来、自らが担当している全ての授業で、学期末の授業終了時に受講学生による授業評価アンケートを実施している。ここでは受講学生による授業評価アンケート結果を手かがりとした共通教養科目「心理学」での授業改善の試みについて事例的に報告する。

2.対象授業科目と出席状況

 ここで報告の対象とした科目は、1994年度および1995年度の共通教養科目「心理学」(旧カリキュラム名称「心理学 」。科目のサブタイトルは「対人関係の実験心理学」)

である。1994年度と1995年度の講義内容は若干の微変更はあったものの、ほぼ同様の内容であった。いずれも後期月曜日1時限目の授業である。表1に、両年度の登録者数や出席率などを示す。登録者数を母数にして出席率を算出すると、両年度とも全体でほぼ60%強の出席率であった。

3.授業評価アンケート用紙の構成と実施方法

 授業評価に用いたアンケート用紙は、4つのセクションから構成されている。第1セクションは、当該授業の理解しやすさ、説明のわかりやすさ、聞き取りやすさ、理解しやすさのための工夫や質問のしやすさなどの7項目を5段階尺度によって評価する部分(具体的な質問項目は表2参照)、第2セクションは、受講生自身の当該科目の選択理由や授業に対する姿勢・態度を問う6項目の質問項目群、第3セクションは、主に教育機器や教室などの設備に関する要望などを問う3項目の質問項目群、第4セクションは授業についての意見や感想を自由に記述する欄からなっており、B4版1枚のシートに印刷されている。このアンケート用紙は1994年度の本学人間科学部自己点検自己評価委員会が、幾つかの大学の例を参考にして作成したものである。

 アンケートは、両年度とも授業担当者である筆者が、授業最終日の最後の時間帯約10分間程度を利用して実施した。本来こうしたアンケートは第三者が実施し、また、無記名で回答するのが望ましいとされているが、本授業では、このアンケート用紙を出席カードとしても兼用したので、記名での回答を指示した。ただし、授業評価部分の集計などの際は、回答者の記名部分を切り離して処理した。

 また、今回は、授業評価アンケートの第1セクションの7項目部分のみを分析し報告の対象とした。この第1セクションは、授業内容に関する評価ではなく授業方法・技術についての受講学生の評価を示す部分である。

4.授業評価アンケート実施時の出席率

 授業評価アンケート実施時(授業最終回時)の出席率は、表1に示すとおりであるが、授業最終回の一般的な傾向として、両年度とも出席者の増加が認められている。授業最終回前までの平均出席人数(1994年度;約184人:1995年度;約217人) を基準として授業最終回の増加人数を算出すると、1994年度は約31名(14.4%増)の、また、1995年度は約27名(11.1%増)の増加人数が見られた。このことは普段あまり出席していない学生が授業最終回なので出席したということを意味しており、本報告の授業評価結果には、そのような学生たちの評価も含まれているということをあらかじめ明記しておきたい。このようなことから、学生による授業評価は、授業最終回ではなく最終授業の数回前が望ましいとされており、今後の課題としておきたい。だだ、今回はこうしたことが本報告の結果を著しく歪めているとは考えにくかったので、そのまま処理を行うこととした。

5.アンケート回答依頼時の受講生への説明

 今回の授業評価は授業の最終回に行われたため、その評価結果を実際に回答した受講生たちに報告する機会がないまま授業を終了せざるを得なかった。受講生側からすると、受講した授業に対して様々な評価や意見あるいは不満などを回答しても、その結果がどのように授業担当者に受け止められ、どのような形で授業改善に用いられるのかを知らされないまま授業を終了することになる。今後、仮に継続的に学生による授業評価アンケートが実施されるとしても、こうしたスタイルが続くと、学生たちの回答意欲の低下を招く恐れは十分考えられる。そこで、1994年度の受講生たちには、授業評価アンケート実施時に、このアンケート結果はきちんと集計分析して、受講生側からみた本授業の問題点を明確する材料として使用すること、また、この評価結果や問題点は、次年度の本授業の授業第一回目に受講生たちに明確な形で報告し、前年度に指摘された問題点の改善を試みるつもりであることなどを説明して、授業評価アンケートへの回答を依頼した。

6.1994年度授業評価結果と問題点

 表2(略)に1994年度の受講生の評価結果を示す。7項目の質問項目のうち、4項目は4点台の比較的高い評価が得られたものの、2項目で3点台、また6番目の「教師に対して質問がしやすかった」という項目に対しては、2.80と最も低い評価しか得られなかった。

本講義は約300人収容規模の大教室で行われており、また、常時約150名から約200名程度の出席者がある状況を考えると、「教師に対して質問がしやすい」授業ではないことは筆者自身も予想していたが、やはり、受講生側から数値的にもそれが指摘されたことになる。

7.1995年度受講生への昨年度アンケート結果報告と改善点の明確化

 以上示したように、本授業の大きな問題点の一つとして、教師に対して質問がしにくい授業であると受講生たちが判断している点が明らかになった。そこで、次年度の1995年度の同授業の第一回目に、昨年度のこの授業評価アンケート結果をグラフ化したプリントを受講生全員に配布し、昨年度の受講生から指摘された本授業の最大の問題点は「質問のしにくさ」であったことを明らかにした。そして、「受講生が教師に対して質問しやすい講義を実施すること」を本年度の授業改善努力目標としたい旨を明確に受講生たちに伝えてから、1995度の授業を開始した。

8.1995年度の授業改善の具体的方法

 1995年度の授業改善の具体的方法としては、B5版のわら半紙に印刷した「意見・質問用紙」を毎回受講生分用意し、受講生に配付してから授業を行う方法を採用した。その用紙上部には、「何か質問・疑問・意見があったら、何でもかまいませんので、このカードに書いて、授業終了時に丹治に提出してください。提出された質問のすべてが取り上げられるかどうかわかりませんが、整理して、極力、次週の授業時にお答えしたいと思います」と印刷されていた。また、このカードを提出するかしないかは受講生の自由であり、さらに、質問者の学籍番号氏名を書いても書かなくてもよい旨を告げておいた。

9.受講生の意見・質問とそれへの対応

 こうしたカードを毎回配付し授業を行った結果、1995年度の半期12回の授業で、101件の質問・意見用紙が提出された。平均すると1回の授業で約8件から9件の意見・質問が提出されたことになる。意見・質問の内容は、当然その回の講義内容に関するものが多かったが、質問ではなく自分の意見を述べるもの、直接授業に関係のない心理学に関する質問など、かなり多様であった。こうした質問・意見は、整理した上で次週の授業の冒頭10分から15分間を使用して紹介し、口頭で回答ないし解説をするよう心掛けた。ただ、授業の進行の関係で、2週分まとめて回答することもあった。さらに、12回目の最後の授業時には、時間の関係などでこれまでとりあげられなかった意見や新たな質問など31件をまとめ、それに対する回答・解説をプリントして全員に配付した。その結果、提出されたほぼ全ての意見・質問に対して回答・解説をしたことになった。

10.1995年度授業評価結果

 表3(略)に前年度と同様のアンケート用紙を用いた1995年度の受講生の評価結果をしめす。7項目の質問項目のうち、5項目で4点台の比較的高い評価が得られ、全般に前年度よりもやや高めの評価が得られた。また、6番目の「教師に対して質問がしやすかった」という項目に対しては、3.52と前年度の2.80よりは幾分高い評価が得られ、1995年度授業の改善が、ある程度効果があったことが明らかになった。ただ、この「教師に対して質問がしやすかった」という項目は、1995年度も7項目中もっとも低い評価であったことは1994年度と変わらず、この項目に関してはさらなる改善が必要であることもあわせて明らかになった。

11.1995年度・1996年度の前期科目「心理学」の場合

 筆者は、本報告で対象とした後期開設の共通教養科目「心理学」以外にも、前期に別の共通教養科目「心理学」(旧カリキュラム名称「心理学@」。科目のサブタイトルは「実験心理学から人間行動を考える」)も担当している。この科目でも本報告と同様の試みを実施してみた。

 1995年度の前期科目のアンケート結果は、本報告で示した後期科目と同様に、「教師に対して質問がしやすかった」という項目の評価が最も低いものであった(評定人数101名・平均評定点2.83・標準偏差0.97)。ここで後期科目と同様の方法(意見・質問用紙の配布、次週の口頭による回答や解説)を採用した場合、同程度の評定点の変化しか得られないことが予想されたので、1996年度では、口頭による回答にかえて、寄せられたすべての質問とそれらに対する回答・解説を印刷したプリントによる回答を用意し,授業開始後の約20分間を使用して、受講生に配布したそのプリントをもとに解説を行なう方法を採用してみた。その結果、1996年度前期は、150件の意見・質問が寄せられ、また、授業終了時に実施したアンケートを分析した結果、「教師に対して質問がしやすかった」という項目の評価は大幅な上昇がみられた(評価人数45名・平均評定値4.29・標準偏差0.69)。詳細な分析結果は別報にゆずりたいが、学生による授業評価アンケート結果を用いた授業改善の事例としてこの事例も付け加えておきたい。

12.学生による授業評価についての私見

 本報告でみたように、学生による授業評価アンケートは使い方によっては授業改善にある程度有効な方法であると思われる。また、筆者は、学生による授業評価アンケートは、教員が授業改善の手がかりとするだけではなく、授業評価をする学生たちに、それがどの様な形で利用されているのかを明確な形で公表しながら実施することも大切だとも考えている。その理由は本稿の5で述べた通りである。

 また、大学や学部の組織全体で制度としてこうした学生による授業評価を実施する場合、特にその結果を誰にどのように伝え、どのようにそれを使用するのかに関しては、大学内・学部内での十分な論議と合意が必要と思われる。

 筆者は、受講生と共により良い授業を構築していくために、本報告で示したような学生の授業評価による問題点の洗い出し、次年度受講生への前年度評価結果の公開、当該年度の改善目標の設定とその実施、授業評価による改善効果の確認という作業を、今後しばらくは個人的レベルで続けていきたいと考えている。