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第2章 文献調査

 本章では米国の先行研究の動向を概観するとともに、先行研究が抱えていた問題点を整理し、今後の研究の方針としてとりまとめる。また代表的な先行研究の概要を紹介する。

2.1 文献調査に見る先行研究の動向と問題点   目次へ戻る

(1)米国の動向

 加入の決定要因に関する最初の報告を行ったのはPark(1971)である。1960年代の米国では10年間平均年率21%でケーブルテレビは成長し、1970年には7.5%の世帯普及率になっていた。ケーブルテレビの成長は放送サービスの向上を期待できる反面、既存の放送産業に色々な影響をもたらし、さらに非加入者のサービスを低下させかねない側面を含んでいた。そこで様々な対応の一環として、究極ではどの程度まで成長するのかの研究がなされた。基本的なモデルはロジスティック曲線で、重要な変数は地域世帯数と地元放送電波数、地域外再送信電波数である。地元放送電波数 VS 地域外再送信電波数で地域を6区分し、全国416地域のデータを用いて、各区分毎、さらには全米平均の究極普及率を算出した。その結果全米平均は大きくても40〜45%であるとした。

 これがケーブルテレビ研究の最初の加入モデルであるが、加入動機は地元放送電波数と地域外再送信電波数の差に依存し、再送信が魅力の中心の時代のモデルである。したがって多チャンネル化が進む後の加入研究とは本質的に異なるところがある。他方、加入地域全部を対象としてモデルを構築しているという点での普遍性は注目すべきところがある。

 次の報告が現れたのはその後10余年過ぎてで、Collinsら(1983)はケーブルテレビのサービスが再送信から多チャンネルに移行し、かつ対象地域が大都市部に変わってきた状況変化の中で、新たなモデルの研究報告を行った。その報告では、モデルの目的を地域の加入率ではなく、同一地域の個人の加入の有無に絞り、個人や世帯の加入決定を促す変数が何かを知ることを重視した。そこで人口統計変数以外に、ライフスタイルやメディア利用の変数として住宅所有、住宅タイプ、居住年数、前日のテレビ利用時間、前日のラジオ利用時間、前日の個人電話利用数、前日に会話をした人数、前日の新聞閲読時間、前月の映画視聴本数を取り上げた。また加入のコスト効率を高める変数も重要と想定し、子供の有無、世帯人数も変数として採用した。探索研究の位置づけから、多くの変数を採用している。調査はミシガン州の一つの多チャンネル型のケーブルテレビ地域で行い、このデータを判別分析にかけ、加入と非加入の判別に有効に効く変数を抽出した。

 この結果の主要点は、「テレビ視聴時間短い」、「低収入」ほど加入者が増すという点で、これらは一般的な見方とは異なり、地域固有のモデルであるため、複数地域間の比較研究の必要性が強調されている。この報告は、幾つかの難点はあったものの、新たな加入決定モデルの試みとして注目されるものである。なお方法論そのものに問題があるが、その点は後述する。

 同じ時期にペイテレビの加入者が1976年の400万から1982年の900万に増え、マーケッティングの観点から双方の差が何かという問題に注目し、Duceyら(1983)は、ペイ加入者とベーシック加入者を分ける要因の研究を行った。変数としては加入理由、放送利用、放送波数、人口統計の4区分に着目した。調査は4州の4地域で行い、この回答にベーシックかHBOかの区分に対して判別分析を適用した。

 その結果の主な点は、

  1. 断然寄与が大きいのは、加入理由のHBO、次いで年齢(若年ほど加入)、収入(高収入ほど加入)、地域外放送、映画、子供数、スポーツとなっており、高収入で映画好きの子持ち世帯はHBOに加入しやすい
  2. テレビ視聴時間、放送波数に有意差がない
  3. HBO加入者は質的に別の番組を求める層で、ペイ加入のためにベーシックに加入する傾向があり、今後の加入ではこの視点を重視すべきである

などの結論がある。

 これら以降の最近の研究として、1980年代後半以降は、LaRoseら(1988)、Umphery(1991)、Jacobs(1995)が、ケーブルテレビ加入の決定要因の研究を報告しているが、この時点では加入−非加入問題の中心はチャーン(加入者の加入停止)に移って、新規の加入問題は米国では過去のテーマとなった。

 以上に述べてきた、加入−非加入の決定要因を主目的とする研究以外にも、派生的な成果として加入−非加入での有意差を言及している報告が色々とある(Agostino(1980)、Metzger(1983)、Sparks(1983)など)が、これらはすべて断片的な情報であり、要因としてのウエイトを持った知見として、統一的にまとめられていることはない。このためにここでこれらを取り上げることはしない。

(2)日本の動向

 日本でのケーブルテレビの研究は、視聴行動や地域への効果の研究に重点が置かれ(最近の例としては川本(1995))、加入問題を扱った報告はあまりない。先行研究という位置づけではないが、最近になって行われた著者による報告(八ッ橋(1996A、1996B)、八ッ橋ら(1996)、八ッ橋(1998))が数少ない事例である。この報告では首都圏の一地域でケーブルテレビの加入世帯と非加入世帯に対して世帯調査を行い、加入に至る場合と非加入に至る場合を追い、家族の合意の水準が著しく加入決定に寄与していることを明らかにし、ケーブルテレビの加入決定は世帯決定であることを明らかにした。

 また人口統計変数、夫婦のテレビ視聴の性向、電波障害、情報機器所有などの6区分の変数と判別分析を用いて、ケーブルテレビの加入と非加入、地上波とBS、ペイとベーシック、スターチャンネルとWOWOWの4ケースについて、メディア選択を左右する要因を抽出した。しかしこの報告では、次の(2)で述べる判別分析における変数間の相関が係数の絶対値に及ぼす影響が指摘され、変数の取扱に改善の余地があることが考察されていた。また取り上げるべき変数の吟味や、家族の合意を変数化して判別分析に取り込む可能性も残された課題であった。

(3)先行研究に見る研究上の問題点

a.加入モデルの前提

 これまで主に米国の先行研究の事例を見てきたが、加入決定要因(相対的な重要度を持って、加入に有意に作用する要因)ないしは加入モデルを研究するには、研究を左右する幾つかの条件を整理しておかねばならない。それらは対象地域、成長段階、それに提供しているサービスである。

  1. 地域性:ケーブルテレビのシステムの立地条件は地域によって異なる。放送電波数や地形難視状況は加入に影響する要因であり得る。したがって加入モデルが普遍性を持つためには、性格の異なる複数地域をカバーするモデルである必要がある。
  2. 普及段階:ものごとの普及の初期の段階と成長期の段階では、加入対象層が異なることが一般的である(ロジャーズ(1990)。したがって成長段階によって加入モデルは異なる。
  3. サービス:各地域のケーブルテレビのサービスは、類似した面はあるが、細部に行けば料金や提供チャンネル数などで様々な相違がある。この相違点は加入モデルに相違を生じ得る。

 先行研究においては、Park(1971)、Collinsら(1983)は単一地域の研究であり、Duceyら(1983)は複数地域にまたがる研究である。また普及段階としては、Park(1971)は普及の初期段階であるが、Collinsら(1983)、Duceyら(1983)は地域の加入率が50%を越えた段階での加入モデルである。この差を反映して、サービス面でもはPark(1971)とその他のケースは異なり、相互比較は難しい。この様に加入モデルの研究には前提条件が多く、この点が研究をより難しくしている面がある。

b.統計処理上の問題点

 もう一つの問題は、統計処理の方法である。加入モデルの研究において、すべての場合において調査データを直接に判別分析や回帰分析にかけ、判別式や回帰式の係数の絶対値の大小から、要因としての重要性を判断している。しかし一般論としては、判別分析や回帰分析を機械的に適用しても、係数の大小関係から直接的に重要な要因を同定することは出来ない(Norusis(1994))。これが出来るためには変数間の独立性が保証されねばならない。変数間の相関がない場合のみ、この様な解釈が可能である。にもかかわらず、ほとんどの場合で変数間の独立性は検討されてはいない。このため分析に使う変数の組み合わせが異なれば、変数間に相関がある場合、係数は異なって現れることになり、当然研究成果間の結論は変わってくる。この様な場合、研究結果が何を表すかは分からず、従来の研究成果を素直に受け継ぐことには、相当な問題が起こり得る。

 先行研究の中では、この様な点に注意を払ったのは、LaRoseら(1988)の報告である。この報告では、変数間の相関において多重共線性の存在を確認をして、相関係数が0.69である「家族数」と「子供数」のうち「子供数」を変数から落としている。しかしこの場合でも、「係数」の絶対値の順位と、「変数と判別関数との相関係数」の絶対値の順位を見ればまだ順位には差があり、問題は残されていることが分かる。経験的に見ると、相関係数が0.2程度ではそれほど影響はないようだが、0.4程度となると順位変化は顕著に現れる。したがってこの対応は、多重共線性より厳しく考えねばならない。この様な点での留意が必要である。

(4)本研究の方針

 加入モデルの前提は、モデルが多様に存在し得ることを示している。この様な問題を一気に扱うことには難点が伴う。前提を出来るだけ簡略化し、分析対象の条件を純化して、その条件下で信頼できる結果を出し、次の複雑さの段階に拡張することが便法である。

この様な観点から、単一のケーブルテレビ地域でかつサービス、普及率の面でも標準的と見られる地域を選ぶこととした。また以前の研究と比較可能であることの利便性を考慮し、以前の調査と同様な位置づけとなる地域を選ぶこととした。

 また統計処理の方法は先行研究と同じように判別分析を用いるが、分析に用いる調査データの変数に因子分析を適用し、調査データの個々の変数ではなく、因子スコアを判別分析の変数として用いる。これにより、判別分析の変数間の独立性が保証され、先行研究に見られた統計処理上の問題を回避できる。

 また因子を構成する相関のある変数群を1つの要因として扱うことが出来る様になり、問題を簡略化して扱うことも可能となる。同時に変数の組み合わせの差がもたらす問題も緩和しうる。

 他方では因子分析を使うことの不便さもあるが、取りあえずは正確な要因の把握を試みることが先決と考えられる。そしてこれが分かれば、因子分析を使わない近似的な方法を考案することも出来るようになろう。


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