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はじめに



 近年メディアの多様化の進展が顕著になり、とりわけ社会への影響力の大きい放送分野でも、ケーブルテレビ、BS放送、CSディジタル放送というように多くのメディアが現れてきている。メディアの多様化の進展の背景には規制市場から自由市場への移行という潮流があり、利用者の選択性の増加がある。この様な環境変化の中で、利用者は様々なメディア選択を行って、自分に適したサービスを享受する生活様式が進展しつつある。この様な段階においては、メディア間の移行とメディアの棲み分け・選択ががどの様に進むのかを解明することは、興味ある問題であり、また今後の社会での放送利用の進展を考える基礎的な知見として、重要性は大きい。

 またケーブルテレビは最近は多チャンネル指向となって大都市部に普及し始め、インターネットのサービスを兼ねるなど、将来的には放送と通信の融合を支えるインフラストラクチャーとしての可能性が期待され、関心が持たれている。この様な状況下で、本報告では多チャンネル型のケーブルテレビに着目し、ケーブルテレビへの移行/加入のプロセスを研究し、移行の姿を明らかにするとともに、加入決定の要因を明らかにする試みを説明する。

  以下ではまず現在までのケーブルテレビの加入決定要因の先行研究をフォローし、問題点を整理するとともに、新たな方法で調査データを利用した加入決定要因と加入メカニズムの解明の試みに進む。
 
 

1.先行研究の状況と方法上の問題



1・1.先行研究の状況


 過去のケーブルテレビの加入を決定する要因の研究実績は、米国に散見することが出来る。米国ではケーブルテレビが最も発展したため、ケーブルテレビの研究成果が多い。しかしケーブルテレビの加入決定に関する研究は、あまり多くはなされてはいない。主な成果は次のようなものである。

 加入の決定要因に関する最初の報告を行ったのはPark(1971)である。1960年代の米国では年率21%でケーブルテレビは成長し、この成長は放送サービスの向上を期待できる反面、既存の放送産業に色々と影響し、さらに非加入者のサービスを低下させかねない側面があった。そこで様々な対応の一環として、究極ではどの程度まで成長するのかの研究がなされた。基本的なモデルはロジスティック曲線で、地元放送電波数、地域外再送信電波数を重要な変数とし、地域外再送信が魅力の中心である時代のモデルである。多チャンネル化が進む後の加入研究とは本質的に異なるところがある。

 次の報告が現れたのはその後10余年が過ぎてで、Collinsら(1983)はケーブルテレビのサービスが再送信から多チャンネルに移行し、かつ対象地域が地方から大都市部に変わりつつある状況の中で、新たなモデルの研究報告を行った。その報告では、モデルの目的を地域の加入率ではなく、同一地域の個人の加入の有無に絞り、個人や世帯の加入決定を促す変数が何かを知ることを重視した。そこでデモグラフィック変数以外に、ライフスタイルやメディア利用の変数として住宅所有や居住年数、子供の有無、世帯人数、テレビ利用時間、ラジオ利用時間、電話利用数などを取り上げた。調査はミシガン州の一つの多チャンネル型のケーブルテレビ地域で行い、このデータを判別分析にかけ、加入と非加入の判別に有効に効く変数を抽出した。この結果の主要点は、「テレビ視聴時間が短い」、「低収入」ほど加入者が増すという点で、これらは一般的な見方とは異なり、その説明として地域固有のモデルであることと複数地域間の比較研究の必要性が強調されている。この報告は新たな加入決定モデルの試みとして注目されるが、方法論そのものに問題があると思われる。

 ペイテレビの加入者が急増しているため、マーケティングの観点から双方の差が何かという問題に注目し、同じ時期にDuceyら(1983)はペイとベーシックに加入を分ける要因の研究を行った。変数としては加入理由、放送利用、放送波数、デモグラフィック変数の4区分に着目した。調査は4州の4地域で行い、この回答のベーシックかペイかの区分に対して判別分析を適用した。その結果の主な点は、@断然寄与が大きいのは、加入理由のHBO視聴希望、次いで年齢(若年ほど加入)、収入(高収入ほど加入)、地域外放送、映画、子供数、スポーツとなっており、高収入で映画好きの子持ち世帯はHBOに加入しやすい、AHBO加入者は質的に別の番組を求める層で、ペイ加入のためにベーシックに加入する傾向がある、などの結論がある。この場合もCollinsら(1983)の場合と同様な問題があり、これは後述する。

  これら以降の最近の研究として、1980年代後半以降は、LaRoseら(1988)、Umphery(1991)、Jacobs(1995)が、ケーブルテレビ加入の決定要因の研究を報告しているが、この時点では加入ー非加入問題の中心はチャーン(加入者の加入停止)に移って、新規の加入問題は米国では過去のテーマとなった。

 以上に述べてきた、加入ー非加入の決定要因を主目的とする研究以外にも、派生的な成果として、着目した変数における加入ー非加入での有意差に言及している報告が色々とある(Agostino(1980)、Metzger(1983)、Sparks(1983)、Bradlyら(1988)など)が、これらはすべて要因としての重要度を問題にする知見としてまとめられていることはない。このためにここでこれらを取り上げることはしない。結局、米国の先行研究では加入モデルという観点でのまとまった成果は作成されていないのが現状である。

 他方、日本でのケーブルテレビの研究は、視聴行動や地域への効果の研究に重点が置かれ(最近の例としては川本(1995))、加入問題を扱った報告はあまりない。最近になって行われた著者による報告(八ッ橋(1996B)、八ッ橋ら(1996))が数少ない事例である。これらの報告では首都圏の一地域のケーブルテレビの加入世帯と非加入世帯に世帯調査を行い、加入と非加入を分ける要因を研究している。デモグラフィック変数、夫婦のテレビ視聴傾向、電波障害などの6区分の変数に判別分析を用いて、ケーブルテレビの加入と非加入、地上波とBSなどのメディア選択を左右する要因を抽出した。しかしこの報告では、次に述べる判別分析における変数間の相関が係数の絶対値に及ぼす影響が指摘され、変数の取扱に改善の余地があることが考察されていた。
 

1・2.先行研究に見る研究上の問題点



a.加入決定要因/加入モデルの前提条件

 加入決定要因を研究するには、要因を左右する条件の整理が必要である。条件としては対象地域、成長段階、それに提供されているサービスが考えられる。

@地域性:ケーブルテレビのシステムの立地条件は地域によって異なる。放送電波数や地形難視状況は加入に影響する要因であり得る。
A普及段階:普及の初期の段階と成長期の段階では加入対象層は異なる(ロジャーズ(1990))。したがって成長段階によって加入決定要因は異なる。
Bサービス:各地域のケーブルテレビのサービスは、類似した面はあるが、細部を見れば料金や提供チャンネル数などで様々な相違がある。この相違点は加入モデルに相違を生じ得る。

 先行研究においては、Park(1971)は全米、Collinsら(1983)は単一地域の研究であり、Duceyら(1983)は複数地域にまたがる研究である。また普及段階としては、Park(1971)は普及の初期段階であるが、Collinsら(1983)、Duceyら(1983)は地域の加入率が50%を越えた段階である。この差を反映して、サービス面ではPark(1971)とその他のケースは異なり、相互比較は難しい。この様に加入モデルの研究は前提条件が多様で、比較の困難さが研究をより難しくしている面がある。

b.統計処理上の問題点

 もう一つの問題は、統計処理の方法である。加入モデルの研究において、調査データを直接に判別分析や回帰分析にかけ、係数の絶対値の大小から、要因としての重要性を判断している。しかし一般論としては、判別分析や回帰分析を機械的に適用しても、係数の大小関係から直接的に重要な要因を同定することは出来ない(Norusis(1994))。これを可能にするためには変数間の独立性が保証されねばならない。変数間の相関がない場合のみ、この様な解釈が可能である。にもかかわらず、ほとんどの場合で変数間の独立性は配慮されてはいない。このため分析に使う変数の組み合わせが異なれば、変数間に相関がある場合、係数は異なって現れることになり、当然研究成果間の結論は変わってくる。この様な場合、研究結果が何を表すかは定かではなく、従来の研究成果を素直に受け継ぐことには、相当な難点がある。経験的に見ると相関係数が0.2程度ではそれほど影響はないようだが、0.4程度となると順位変化は顕著に現れる。したがってこの対応には特に留意が必要である。
 

1・3.本研究の方針



 加入モデルの前提条件の複雑さは、モデルの多様性を示している。この様な問題を一気に扱うことには難点が伴う。前提を出来るだけ簡略化し、分析対象の条件を純化して、その条件下で信頼できる結果を出し、次の複雑さの段階に拡張することが便法である。この様な観点から、単一のケーブルテレビ地域でかつサービス、普及率の面でも標準的と見られる地域を選ぶこととした。また他の研究との比較を考慮し、以前の調査と比較が容易な条件の地域を選ぶこととした。

 次に統計処理の方法であるが、先行研究と同じように判別分析を用いるが、分析に用いる調査データの変数に因子分析を適用し、調査データの個々の変数ではなく、因子スコアを判別分析の変数として用いる。これにより、判別分析の変数間の独立性が保証され、先行研究に見られた統計処理上の問題を回避できる。さらに因子を構成する相関のある変数群を1つの要因として扱うことが出来る様になり、問題を簡略化して扱うことも可能となる。さらに加えれば、幾つかの変数が欠落しても、要因レベルで問題が扱えるようになるため、変数選択が緩和され、調査や分析作業が容易になる面もある。いわば個別の変数を扱うより、構造を理解しやすくなる可能性が大きい。因子分析を使うことによりデータが標準化され、元のデータが失われることに伴う不便さもあるが、取りあえずは骨格となる要因の把握を試みることが先決と考えられる。
 


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