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第26回 台湾の教科書

開催にあたって
 東アジアに位置する島嶼である台湾は、1949年に中華民国の中央政府が中国大陸から台湾に移転しました。現在は台湾島と周辺地域を実効支配しています。そのため、中華民国の通称として「台湾」と表記されます。台北市が首都機能を有し、その外港である基隆市、及び台湾最多の人口を有する新北市と共に台北都市圏を形成しています。
 台湾の教育制度は日本と同じく、6-3-3制で、学年は9月に始まり、2学期制をとっています。「国民教育」と呼ばれる義務教育課程は、6年間の国民小学と、3年間の国民中学を合わせたものです。国民教育では、公用語である中国語、各民族における母語(郷土言語である閩南語・客家語・原住民の言語)とともに、英語が教えられています。小学校5年生から開始された英語教育も3年生に引き下げられています。教育に熱心な台湾ですが、地域によって、特に都市と地方とでは教員の力量にも違いがあるなど、課題もあります。
 台湾は1895年から1945年までの51年間、日本の統治下にありました。学校教育は日本語で行われ、この時代に教育を受けた世代は「日本語世代」と呼ばれ、日本語を話すことができます。今回の教科書展では、台湾の教科書を実際に手に取っていただき、台湾の教育の「いま」を感じ取っていただき、日本との関係や歴史についても考える機会になればと思います。
 今回の展示パネルの解説および教科書翻訳は、本学非常勤講師・綿貫哲郎先生にお願いしました。(2019年11月)

1.台湾の概要

 東アジアに位置する「台湾」は、1949年に「中華民国」の中央政府が大陸から台湾に移転しました。そのため、通称として「台湾」と表記されます。現在、台湾本島と周辺島嶼群を実効支配する台湾の総面積は約36,000㎢、日本の九州とほぼ同じ大きさで、北東に日本、南にフィリピン、北西に大陸地区と接しています。
 台湾は、1971年までは国連安全保障理事会常任理事国でしたが、国連の総会で「中国代表権」が中国(中華人民共和国)に移される際に国連を脱退し、翌年(1972年)に日本と中国が国交を樹立すると、台湾は日本との国交を断絶しました。
とはいえ、台湾と日本との関係は深く貿易・経済・技術・文化などの交流面で、今までと変わることなく関係を保ち続けています。台湾の大使館的業務を担当しているのは台北駐日経済文化代表処です。

【台湾地図@ちゅんさん】

【台湾総統府・外観】

 台湾の人口は2,359万人(2018年12月)です。首都機能をもつ台北(タイペイ)市とその周囲に位置する新北(シンペイ)市、さらに外港をもつ基隆(キールン)市の三市で、台湾人口の三分の一(約700万人)を占め「台北都市圏」を形成しています。これは日本における東京圏への人口集中の割合(三分の一)と非常に似ています。
 台湾の政治体制は、西洋の民主主義に学び、旧王朝時代の封建社会と諸外国の侵略からの脱却・独立を目指した孫文(1866~1925年)のスローガン「三民主義(民族独立・民権伸長・民生安定)」に基づく民主共和制を採用しています。
 現在、国家元首である総統と五院(行政院[日本の内閣に相当]・立法院[日本の国会に相当]・司法院[最高司法機関]・考試院[日本の人事院に相当]・監察院[公務員の弾劾・糾明などを担当])から構成されています。台湾では、長らく中国国民党による一党支配が続いていましたが、1989年に政党の結成が自由化されると、2000年には民主進歩党(略称は民進党)から総統が選出されました。

【台湾総統府・内観;孫文の肖像画と胸像あり】

 台湾の公用語は中国語です。台湾語ではありません。中国語は、台湾では「国語」や「中文」とも呼ばれ、中国で言う「普通话(プートンホア;共通語)」と基本的に同じです。大きな違いは漢字です。中国で「簡体字(かんたいじ)」を使うのに対して、台湾では「繁体字(はんたいじ)」を使用しています。繁体字は、台湾では「正体字」と呼ばれますが、日本で言う「旧字体」とほぼ同じ漢字(例:学→學;麺→麵)です。それ以外には、使用語彙や外国語表記にいくらかの違いがあります(下表参照)。
 「それじゃあ台湾語は?」と思われる方もいると思いますが、台湾語と言うのは中国福建南部で話される「閩南語(びんなんご)」の流れをくむもので、文法に共通点はあるものの、中国語の声調は4種類であるのに対し、台湾語の声調は8種類あるなど発音に大きな違いがあります。台湾語は台湾人全体の4人に3人が話せることから、台湾人が多く集まる場所で多く耳にすることができます。
 このほか、中国から移住した客家(ハッカ)と呼ばれる人々が話す客家語、原住民族が自分たちの言語を主に話していたりします。

 台湾は別称として「フォルモサ(Formosa;福爾摩沙)」と呼ばれます。これは16世紀半ばに航海中のポルトガル人より台湾が「美しい島」と称賛されたことにちなみます。
 「美しい島(フォルモサ)」台湾へは、東京より片道4時間程の近さと航空券の値段の手軽さもあり、人々の交流が盛んです(時差はマイナス1時間)。台北の平均気温は8月で32度と東京より暑いですが、2月では18度と観光には最適のシーズンです。台湾への日本からの観光客数は約197万人(台湾からは約476万人)、韓国に次いで第2位の多さです。
 台湾は南北約400km、高速鉄道(台湾新幹線)を使えば台北市から約90分で台湾南部の高雄市まで行くことができます。切符代も安いです。台湾南部は地名「台湾」のルーツで、台湾で早くから開けた場所のひとつでもあり、台南市にはオランダ人が築いた安平古堡(ゼーランディア城)や赤嵌楼(プロヴィンティア城)のほか、日本統治時代(1895~1945年)の建築物なども台南駅や林百貨店をはじめ数多く残されています。
 最近、日本ではタピオカミルクティーが流行していますが、初めて販売されたのは台湾です。

【高速鉄道】

【安平古堡(ゼーランディア城)】

 台湾最大の観光スポットと言えば台北市士林にある国立故宮博物院(2015年、南部嘉義県に南部院区も完成)でしょう。もとは中国北京の故宮博物院所蔵品であり、中国歴代皇帝のコレクション約70万点が台湾にあり、約2万点が展示されています。
 この故宮のコレクションは第二次世界大戦後、中国内戦(国共内戦)に敗れた蒋介石の中華民国政府の手で台湾に運び込まれたものでした。台湾と北京に故宮博物院があることから「ふたつの故宮」と称されます。しかし、なぜ北京の所蔵品が運び出される(「故宮南遷」)ことになったのか、その原因について気に留める観光客はほとんどいません。実際には1931年に勃発した日本の関東軍による満洲事変以降の北京情勢の危機にあります。故宮は重要な所蔵品を選び出して箱詰めして、上海次いで南京に移しました。南京も危険と知ると、1937年には再度3つのルートで終戦まで長江上流の四川省に疎開させたのです。
 私たちは台湾と言えば、親日的な台湾人を想像しがちですが、50年におよぶ日本統治時代という過去からも目を逸らさずに向き合いたいものです。

【国立故宮博物院と翠玉白菜】

2 .台湾の教育

(1)教育の概要
 台湾の教育制度は6-3-3制で日本と同じですが、学年は9月に始まる2学期制をとっています。
 「国民教育」と呼ばれた義務教育課程は、6年間の国民小学校(初等教育課程)と、3年間の国民中学校(前期中等教育課程)を合わせたものです。2014年度からは、3年間の高級中学校(後期中等教育;日本で言う高等学校)を加えて、新たに「十二年国民基本教育」と呼ばれています。
 「十二年国民基本教育」は、教育普及・授業料無償・非強制的進学及び入試免除を基本に実施されており、国民小学校と国民中学校での授業料は無償となりました(教科書は有料)。
 後期中等教育には、長い間、高級中学校(3年)と高級職業学校(3年)、そして5年制の専科学校がありましたが、2014年度より高級中学校と高級職業学校は、法律上ともに「高級中学校」として扱われることとなりました(ただし新設校以外、校名変更はしばらくおこなわない)。
 また、2014年度から毎年旧高級職業学校の授業料無償化が進められ、2016年度より無償になりました。普通高級中学校については、1世帯の年収入が148万元(約518万円)未満の場合(例:台北市の平均世帯年収は132万6000元[約504万円];2017年時)は授業料が無償になります。
 台湾では、国民教育段階において、「国民小学課程標準」や「国民中学課程標準」(日本の学習指導要領に該当する)などを教育部(日本で言う文部科学省)が統括してきました。

(2)カリキュラムと授業形態
 台湾での初等教育(6歳~11歳)と中等教育(12歳~17歳)は、それぞれ98.3%・95.9%と100%に近い就学率にあります(2016年)。また、進学率の高い学校に入学しようとする傾向にあることは、日本と同じく学歴社会であると言えます。登下校時には、親が送り迎えをしたり、スクールバスを利用するケースが増えていると言います。

 ここでの国民小学(小学校)と国民中学(中学校)のカリキュラムを見てみましょう(下表参照)。ちなみに、それぞれ授業時間は40分と45分です。また、土曜・日曜は休校となります。
 教育部が定めた「国民小学課程標準」と「国民中学課程標準」の規程などに基づいて、合計9年間の教育内容の「統合化」「弾力化」「連続化」を目指しています。以下に、それぞれについて記します。

①統合化:義務教育における全ての科目を、学習分野の関連性により7つの学習領域(語文・健康と体育・数学・社会・芸術と人文・自然と生活科学技術・総合活動)として整理しています。

②弾力化:学習領域の週時間数を明確に提示せず、比率で示すことによって学校地域に応じたカリキュラムを推進し、学校の特色を活かせる弾性学習時間(学習内容を自由に設定できる時間)を設けています。

③連続化:それぞれの科目における最長9年間の過程を領域や科目の性質に応じて2~4段階に区切り、それぞれの学習段階ごとの能力的内容指標をガイドライン化することで、継続的な到達目標を提示している。


【「台湾における小学校英語教育の現状と課題」より】

(3)英語教育
 台湾における必修化以前の国民小学の英語教育は、地方政府または学校の判断でおこなわれていました。2001年度より国民小学5年・6年で正式な科目として始められましたが、2005年度からは、小学校3年生まで開始年度が早められ、週2時間が英語教育に当てられています(国民中学は週3時間)。さらに「弾性学習時間」を利用して、国民小学1年生から英語学習を開始する学校が少なくありません。
 台湾の英語教育では、英語での基本的コミュニケーション能力を開発すること、児童・生徒の英語に対する興味感心を伸ばして英語学習の方法を教えること、さらに児童・生徒に自国と外国の文化・習慣に関する知識を授けることを目標としています。
 小学校での学習内容としては、①大文字と小文字を活字体で書くこと、②初歩的な発音法を学習すること、③少なくとも300語が使えるようになり、④そのうち180語が正しく書けるようになること、⑤英語で簡単な日常的コミュニケーションができるようになることが定められています。
 また中学校での学習内容は、①筆記体を読めるようになること、②発音記号を学習すること、③1200フレーズを覚えて、④4技能(聞く・話す・読む・書く)を使って活動できるようになることが求められています。

3 .教科書の内容

 台湾の教科書には検定(台湾の国民教育法では「審定」と称する)制度があります。検定の基準は、教育部が定めた小・中・高等学校の課程綱要と各教科の課程綱要及び教材綱要です。教育部から権限の委任を受けた国立編譯館が「教育部教科用図書審定委員会」を設けて検定をおこないますが、メンバーの三分の一は現場の教員でなければならないとされています。
 教科書会社数は、各教科ごとに差異がありますが、おおむね国民小学では4社~8社、国民中学では4社~9社です。また教科書の採択は、各学校ごとにおこなわれています。
 以下、康軒文教事業の教科書を紹介します。なお、康軒文教事業を抱える康軒文教集団は、台湾教科書市場で40%のシェアを獲得し、日本の東京書籍株式会社とも交流があります。

小学校1年生 国語
 まず「国語」と書かれた文字の右側をごらんください。見慣れない記号のようなものが記されています。
 これは「注音符号(ちゅういんふごう)」といい、中国語の発音記号のひとつです。現在は台湾で使われています(中国では別な拼音符号[ピンインふごう]を使用しています)。

(『国語』1上:8~9ページ 翻訳は省略)

小学校3年生 社会
(『社会』3上:17ページ 翻訳は省略)

小学校5年生 社会
 台湾では、原住民族の存在を無視せず、その文化を尊重するよう学びます。原住民族として学ぶ以前に、台湾の伝統的な社会・文化の項目で原住民族の風俗習慣などを基礎として学んでいます。現在、政府が認定しているのは16原住民族です。(『社会』5上:84~85ページ 翻訳は省略)

小学校6年生 社会
 台湾では日本統治時代のことも、しっかりと教えられています。おおむね教科書本文にあるように「近代化」をもたらした存在と見なされています。(『社会』6上:8~9ページ 翻訳は省略)

 この教科書には、日本が台湾にもたらした経済発展(「日治時代的経済発展」)とともに、台湾人による日本支配への抵抗(「台湾人的武装抗日行動」「台湾人的非武装闘争」「皇民化運動的推行」など)についても6頁を割いて言及しています。(『社会』6上:16~17ページ 翻訳は省略)

(参考文献 Webサイトを含む)
・山﨑直也「教育制度:学歴社会における学校」
(赤松美和子・若松大祐[編]『台湾を知るための60章』明石書店、2016年)182-186頁

・本田勝久ほか「台北市における外国語学習環境:ひとつのカリキュラムと様々な授業実践」
(『千葉大学教育学部研究紀要』63、2015年)71-76頁

・建内高昭「台湾における小学校英語教育:都市部・地方都市・離島における授業観察から」
(『愛知教育大学研究報告』56[人文・社会科学編]2007年)91-98頁

・相川真佐夫「台湾」
(『外国語のカリキュラムの改善に関する研究:諸外国の動向』国立教育政策研究所、2004年)167-189頁

・外務省「台湾」https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taiwan/index.html(2019年9月閲覧)

・文部科学省「台湾の学校教育制度等」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/015/siryo/attach/1400691.htm(2019年9月閲覧)

・同上「台湾における小学校英語教育の現状と課題」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/015/siryo/attach/1400673.htm(2019年9月閲覧)

入場者の感想

(入場者418名中282名がアンケート回答、その中より抜粋)
・意外と日本の教科書のレイアウトと似ており、文字が読めなくてもなんとなく理解することができました。また、説明のボードもしっかりしており、博物館並みのクオリティでとても勉強になりました。(本学卒業生)

・毎年、様々な国が紹介されていて、とても興味深いです。どの教科書も読めませんが(笑)、拝見するだけでも何だか楽しくなれます。(本学卒業生)

・台湾の教科書をはじめてみました。小学校は絵が多く、日本統治が6ページにも渡って書かれていることを初めて知りました。日本と比較出来て楽しかったです。(本学学生・院生)

・昨年も見させていただきました。昨年はドイツなどヨーロッパの教科書で今年は台湾という身近な国の教科書・文化について知ることができました。ありがとうございました。(本学学生・院生)

・4年目にして初めて来ましたが、もっと早く来ればよかったと後悔するほど素晴らしいものでした。(本学学生・院生)

・台湾の英語教育は進んでいると思いました。小六の教科書からListeningやreadingがあって驚きました。(高校生)

・タピオカが流行していて、台湾も親日なのでとてもいいイベントでよかったです。(小学生)

・台湾へまた行って、もっと詳しく観てきたいです。(本学教職員)

・台湾は行ったことがあったので、大変興味深く拝見いたしました。教科書の内容は日本のものと内容も似ており身近に感じました。特に社会科の教科書、歴史の扱いが興味深かったです。(本学学生の家族)

・貴重な資料を学校見学の折に見ることができて良かったです。親日国家である台湾の教科書を興味深く見させていただきました。日本の教育に近い感じがしました。日本の教育を更に良くするためにも、近隣諸国のよい教育を積極的に取り入れていき、世界でお互いに共感しあえる関係になっていくといいと思います。(本学学生の家族)

・台湾のことが、詳しく知らせてくれてあり分かりやすかったです。1945年までの経緯で、日本語を話せる人がいる事も分かりました。ありがとうございました。(本学学生の家族)

・日本よりも一歩進んだ教育を受けておられるようでした。漢字の難しいものが低学年の頃から教育の中に定着しているのが、興味深かった。(一般)

・外国の教科書が直に見られて楽しかったです。異文化に触れるのもいいなと思いました。(一般)

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