文教大学国際学部

国際ニュースの読み方

国際ニュースの読み方

 「新聞を読んで」 06年10月7日

1. 今週、世界の目が北東アジアに向けられるニュースが相次ぎました。まず就任間もない安倍総理が8日訪中することになりました。「日本の首相が訪中して首脳会談に臨むのは2001年10月以来5年ぶり」と、2日付毎日新聞の記事が伝えているとおり、小泉前首相の靖国神社参拝を巡り、日中の政治関係は冷え込んだままでした。

2. そして中東レバノンでのイスラエル対ヒズボラの紛争が小康状態になるのを待っていたかのように、北朝鮮が「核実験を行う」と発表しました。4日の朝日新聞の白抜き一面トップ記事を始め、同日の各紙朝刊はいずれも一面で大きく報じました。既に2年近く前、北朝鮮は核兵器を保有していると宣言していましたが、「核実験を行う」と発表したのは初めてです。

3. 当然のことながら、北朝鮮に対する強硬姿勢で知られる安倍総理は「断じて許すことは出来ない」と即座に非難し、アメリカ政府を始め、多くの政府や国連事務総長らも、非難やたしなめの声を挙げています。しかし何という皮肉か、北朝鮮の発表は、朝鮮半島のもう一つの国、韓国の外交勝利に注目が集まった最中に、行われました。

4. 韓国の外交通商相のパン・ギムン氏が次期国連事務総長の座を確実にしたのです。正式には9日の安保理での公式投票とその結果を受けて開かれる国連総会で決まりますが、4日付の各紙は当然、この記事にも多くの紙面を割きました。

5. 国連61年の歴史の中で、国連事務総長はわずか7人を数えるのみです。韓国は分断国家であったが故に、北朝鮮と共に国連加盟が認められたのは、わずか15年前、1991年のこと。日本の国連加盟から数えても35年後のことです。その韓国が、国連事務総長という、国際機関最高のポスト、国際社会のトップ・リーダーの座を射止めたのです。すでに国連総会議長を務めたことのある韓国に比べて、日本はそのいずれにも立候補の機会さえなかったという事実は、多くのことを考えさせられます。

6. 朝鮮半島の分断国家である韓国の外相が、なぜ国連事務総長になれるのか。冷戦終結という歴史と世界情勢の変化がもちろん大いに関係しています。そもそも先に述べたように、冷戦が終結したからこそ、韓国と北朝鮮は何とか国連に加盟できたのです。しかしそれだけではありません。

7. パン・ギムン氏は、アメリカ大使や国連大使を務め、アメリカはもとより、ロシア、中国など安保理常任理事国との関係調整にも長年の経験があります。その能力ゆえに、ニックネームは朝日新聞によれば、「ミスター調和」、毎日新聞によれば、「コード・フリー」だそうです。つまりどの部屋にでも、いつでも好きな時に入っていって、誰とでも話が出来る、いわば“マスターキーを持つ男”と言えるのではないでしょうか。

8. 安保理の常任理事国すべてに支持されなければ、国連事務総長にはなれません。安保理が推薦した人を総会が承認して事務総長が決まるからです。パン・ギムン氏は、マスターキーを使って、アメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシアの信頼を勝ち取ったということになります。

9. 本来ならば、国連事務総長の座を獲得という外交的勝利に、韓国ではノ・ムヒョン政権挙げての快感にひたれるところでした。しかし北朝鮮の発表は、南の喜びに水をさすどころか、「対北融和策」を取ってきたノ大統領の顔に泥を塗るような、あるいは恩を仇で返すようなものとも言えます。

10. 5日の読売新聞朝刊は、「韓国 試練の対北融和策」という見出しに加えて、「ノ大統領、核実験阻止に躍起」との副見出しをつけた記事で、「北朝鮮が実験を行えなくなるよう、様々なチャンネルを通じで厳重に警告せよ」との大統領指示が出たことを伝えています。韓国の反応は、核実験の恐怖というより、北に裏切られたという怒りがよく表れています。

11. 北朝鮮の発表は「北朝鮮外務省の声明」として、4日付朝日新聞にほぼ全文とみられる要旨が掲載されています。これをよく読むと、北朝鮮は核実験を行うという一見威嚇的な声明の一方で、実は早く話し合いで、面子の立つ落としどころをつくってくれ、と哀願しているようにも読み取れます。

12. その根拠の一つは、なぜこれが格別力があるとも見られていない外務省声明なのか、という点です。その説明を新聞各紙に探してみましたが、見当たりませんでした。各紙によれば、声明は、北朝鮮外務省が3日、朝鮮中央通信を通じて発表したそうです。これまでのミサイル実験などは、抜き打ちでした。しかし今回は世界各国にお知らせする外務省発表です。その結果は、いきなり実験するより、今後どれだけ困難が伴うかは、明らかです。

13. 新聞では一様に、「北朝鮮 核実験を行うと発表」という見出しで報道されていますが、声明文では「行うことになる」となっていて、「ことの成り行き次第では」という言葉が隠されています。それも「今後安全性が徹底的に保障された核実験を行うことになる」と将来の計画を述べているのであって、現在既に実験準備が完了していることを示す文言ではありません。

14. それどころか、「核兵器を最初に使用しない」「核兵器を通じた脅しと核の移転を徹底的に許さない」「北朝鮮は朝鮮半島の非核化を実現」「対話と交渉を通じて朝鮮半島の非核化を実現しようとする我々の原則的な立場に変化はない」など等。この声明の前段では、散々にアメリカやブッシュ政権を非難していますが、これは、いわば力のない悪がきが、1人前の仲間扱いしてもらえないために、遠くで空意地を張って、「仲間に入れてくれなければ、石を投げるぞ」と恐る恐る大男のリーダーに叫んでいるような構図です。

15. 世界の良識的な声に耳を貸さない北朝鮮と言えども、アメリカ大統領から「ならず者国家」とののしられ、ならず者国家に対して、特にテロ組織と結びつく危険のある国に対しては、アメリカがどれほど一方的で、徹底的な制裁を行うか、知らないはずはありません。イラクで起きたことをもっとも学習しているのは、恐らく北朝鮮でしょう。

16. 新聞では、北朝鮮がいわゆる次々と威嚇のカードを切っているという見方では共通しています。その脅威がどれほどのものかについて、報道はまちまちです。また国々の対応の仕方も、北朝鮮に対して、安保理議長声明に始まり段階的に厳しくなる安保理の決定を求める日本やアメリカなどに対して、休眠状態の6カ国協議で対応すべきだと主張する中国が対立しています。

17. 折りしも10月は、日本が国連安保理の議長当番国です。安保理の議長は、アルファベット順に15カ国の理事国が、月代わりで務めますが、日本の最大関心事である北朝鮮問題を扱う安保理を仕切る大役がちょうど回ってきました。常任国入りを悲願とする日本です。もし安保理に席を占めていなかったら、つまり2年任期の非常任理事国にもなっていなければ、今回のような場合日本は蚊帳の外で、非公式協議と呼ばれる非公開の重要な議論にも参加出来なかったのです。その意味では、安保理改革の重要さを国民にアピールする、格好の場が出来ました。

18. 核実験というこぶしを振り上げた北朝鮮に対して、国際社会は有効な解決手段をもっているのでしょうか。私には、そのかぎを握るのが、まさに同民族の次期国連事務総長、パン・ギムンさんではないかと思います。6日付朝日新聞朝刊によれば、パン・ギムンさんは韓国メディア幹部との会見で、「事務総長になれば、南北を行き来することで、核問題に向けた対話を有利に進めることが出来る」と語っています。パン・ギムンさんが、安保理各国の譲歩を引き出し、また北朝鮮を話し合いの場に引き出すことが出来れば、まさに事務総長最大の仕事、平和のための調停役を果たすことになります。

19. 話は変わりますが、1日日曜日の読売新聞に、アホウドリが伊豆諸島・鳥島から小笠原諸島の聟島へ移住させられるという記事が載っていました。絶滅の危惧の恐れのあるアホウドリの生息地・鳥島で、火山噴火の恐れがあるためです。アホウドリは誕生地に戻る習性があるために、強引に移住させても成功しない。このため生まれた所を覚えていないヒナの時期に引越しさせる計画です。故郷をだまされる気の毒なアホウドリですが、噴火を逃れて、種の保存ができれば幸いです。しかし世界には噴火ならぬ戦火で故郷を追われる人々が後を絶ちません。朝鮮半島で再び人々が故郷を追われるような事態の発生を防ぐこと。パン・ギムンさんが取り組むべき最優先の仕事です。