文教大学国際学部

国際ニュースの読み方

国際ニュースの読み方

「新聞を読んで」 07年7月14日

1. 12日、参議院選挙が公示され、いよいよ暑い季節の熱い選挙戦が始まりました。年金問題が一番の争点です。この問題が表面化してから、既に半年近く。国会での論争や新聞、テレビでの報道を通して明らかになったことは、政府管轄の仕事がこれほどまでにお粗末、杜撰であったのかということです。

2. 本来政府に失敗があると、その政府が国民の意思によって交代させられるというのが民主主義制度ですが、これまでの日本には二つの問題がありました。その一つは、政府が少々失敗しても、すぐには政権交代ということにはつながらないということ、もう一つは政権が交代すれば明らかに明るい展望が開けるかというと、日本ではそのような期待があまり持てないということ。今回の参議院の選挙で、果たして日本の政治を覆う閉塞感は、打ち破られることになるのでしょうか。

3. それにしても、選挙がらみで12日付朝日新聞朝刊が一面で報じた記事には目を見張りました。総務省がテレビ、ラジオ等の放送局代表を呼びつけて、「慎重な当落報道を」要請するというのです。これまでも郵送文書でこのような要請が行われていたそうですが、今回は各報道機関の役員をわざわざ呼び出して、要請書を手渡すのだそうです。いつの間に政府は報道活動までコントロールし始めたのか、と唖然とさせられる話です。自由な報道があって、始めて民主主義は機能します。自由な報道は正確な報道でなければならないことは当然のことです。特に選挙結果の報道などは、正確さこそ命であることは、報道機関が一番意識していることです。

4. 13日付毎日新聞朝刊の社説は、早速この問題を取り上げて、総務省を批判していますが、ジャーナリズム全体を守るために、すなわち民主主義を守るために当然と思われました。

5. さて、この1週間の報道で、大きく注目されたのは、パキスタンンの首都イスラマバードでの武装学生による宗教施設籠城事件です。陸軍特殊部隊が制圧に乗り出した結果、籠城から1週間、銃撃戦の結果、学生側はもとより、特殊部隊側にもかなりの死亡者がでました。

6. 11日付読売新聞朝刊で、イスラマバードから特派員はこう伝えています。「(事件の舞台となった)赤いモスクは、設立が1960年代と比較的新しいが、時の政権の権力者らイスラマバードのエリートたちに人気があり、親たちも安心して神学校に(子供たちを)送っていた。だが原理主義的な傾向は明らかで、立てこもった学生のうち、女性は全身を覆う伝統的な衣装ブルカを着ていた」。そしてこの記事はさらに続けて、「米同時テロ後、テロを首謀したウサマ・ビンラーディンや国際テロ組織アルカーイダのメンバーは、一部学生のアイドルになったようだ。赤いモスクはパキスタン政府ののど元で過激な教義を広め、テロリスト予備軍を養成していた」。

7. 世界を恐怖に陥れるテロに対しては、厳しい目が向けられるのは当然です。産経新聞の11日付社説は、「この強行突入で多数の死傷者が出、痛ましい結果となったが、政府側が再三、投降を呼びかけた後でもあり、強行突入は法治国家としてやむを得ない措置だったといえよう」と評しています。同じ日の読売新聞の社説は、「武力制圧という苦渋の選択が不安定な内政やテロとの戦いにどう作用するのか。国際社会はパキスタンの今後の動向から目を離してはなるまい」とした上で、「(ムシャラフ)大統領が強硬策に転じたのは、立てこもりを続ける学生の中に、国際テロ組織アルカーイダと関係があり、パキスタン政府が指名手配中のテロリストらが多数いることが判明したからである」と述べて、「事件が世界の関心を集める中で、断固とした態度を示さなければ、国際的な批判にさらされるとの判断が、大統領に決断を促したといえる」と、今回の強硬策はやむをえなかったと見ています。

8. パキスタン情勢に詳しい専門家たちもほぼ同様の評価です。11日付毎日新聞朝刊で、山根聡・大阪外国語大学准教授は、「大統領は今回、国内の宗教勢力の一部を神学生側との交渉役として使うなど巧みな政治力も発揮した。多くの宗教指導も籠城を実行した側に肩入れしておらず、断固とした態度を示した大統領を支持している」と評しています。

9. しかしこのような評価に対して、12日付朝日新聞の社説は、如何にも朝日らしく、という言葉を敢えて付け加えたいと思いますが、「力づくでは危うい」との見出しのもとに、次のように論じています。「当局は宗教施設への電気や水道の供給を止めた。兵糧ゼミにしながら、じっくりと時間をかけて説得する余地もあったのではないか」「ところが、わずか7日で陸軍部隊を突入させ、力でねじ伏せた」。朝日はこう批判します。

10. 子供まで含む多数の神学生が水、食料もほぼ尽きかねていた7日間を短いとするか、命を投げ打つことを宣言して多数の人質をとり、宗教指導者たちによる投降の説得にも耳を貸さずに籠城した武装過激派たちでも説得が可能であったと見るか。この事件やこれまで世界で起きた数々のテロ事件から学ぶべき事が二つあります。ひとつは、いつ何とき、私たちはテロに巻き込まれるかも知れないということ。そしてもう一つは、恐らく日本以外では、テロ事件に対する強硬策は当たり前で、そのために罪のない一般市民が容赦なく巻き添えにされかねないという厳しい現実です。

11.  当局の忍耐を説く朝日の社説は、具体的な成功例を掲げることで初めて説得力を持ったという気がしますが、それには至りませんでした。

12. 何が説得力をもつか。それは常に言葉だけではなく、行動でしょう。行動というより、実績でしょう。それを身をもって示し続ける一人の日本人がいます。言うまでもなく、大リーグで活躍するイチローです。日本とは違って、たった1試合しか行わない大リーグのオールスター・ゲームで、イチローは恐らく2,3日前から自分で計画したとおりの打撃をこの大舞台で見せたのではなかったでしょうか。つまり、まず右に、次に左に打ち分ける。これは日ごろからのイチローの本領です。加えて、大リーグ最多ホームラン記録を目前にしたボンズや今シーズンのホームラン数で他を圧倒するA・ロドリゲスという大リーグ屈指のホームラン・バッターの向こうをはって、長打力も見せつける。ランニング・ホームランを含む3本の連続ヒットを打って、記者から「出ましたね」と言われて、「出したのです」とイチローは答えました。その言葉に、彼の秘めた一大野心のあったことがうかがえます。

13. しかし残念なことに、この感動を一般紙のスポーツ記事から読み取るのは困難でした。新聞記事の原点はヒューマン・インタレスト・ストーリーです。特にスポーツは、経過や結果もさりながら、素晴らしい超人的な能力を見せる人間そのものが一番の魅力です。スポーツ記事で、そこに使われた言葉や表現の素晴らしさに打たれるような経験をもっと多く持てれば、スポーツは見て楽しむと同時に、読んで更なる味わいを楽しむことにつながるのではないでしょうか。 (台風情報特別番組のために、今回はいつもより短くなりました)