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学長からのご挨拶

学長コメント集

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令和2(2020)年度
平成31年度入学式式辞

文教大学の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。文教大学は、皆さんを心から歓迎いたします。
また、ご列席の保護者、ご家族の皆様には、お子様の本日の門出を心よりお祝い申し上げます。私ども教職員は、新入生の皆さんを迎えて、これからの皆さんの大学生活が充実し、満足がいくものになるよう全力で支えたいと思っています。

大学とは、豊かな人間性を備えた有為な人材を育成することと、新たな知見と技術を創生し活用することを通して、学問の進歩と社会の発展に貢献するという使命を担う、高度の教育・研究機関です。文教大学は、建学以来、人間愛の精神に基づいた教育を行うことで、人間愛の精神をもった有為な人材を育て、その結果、人間愛に満ちた豊かな社会の実現に向かって日々邁進しています。そしてこの精神に誇りを持つとともに、この精神に基づいた実践が確実に遂行されていることに確信を持っています。この精神と実践を「育ての、文教」というフレーズに結実させることで、社会に力強く表明しています。

昨年度は文教大学にとって、とても大きな出来事がありました。それはお二人の卒業生によってもたらされました。ご存知の方もたくさんいらっしゃると思いますが、春の芥川賞を高橋弘希さんの「送り火」が、秋の直木賞を真藤順丈さんの「宝島」が、受賞したのです。一年間でこの二つの文学賞の受賞者が卒業生の中から出たということには、大きな驚きだけでなく大いなる誇りを感じます。ただし、お二人の作家の誕生とその先にある文学賞の受賞は、目的的な「育て」の先にあったとは言えないかもしれません。一見すると、目的的な「育て」なきところに「育ち」が生じたと言えるのかもしれないのです。しかしこうした見方は、目的のもとでの「育て」という、限られた視点からの見方に過ぎません。さらに広い視野に立って見たときに、今回の出来事は、「育て」がいたるところに染み渡ることで起きた出来事だと言うことができるでしょう。「育て」とは、必ずしも限られた目的のもとにもたらされる出来事をのみ指して言うのではなく、何かとの関わりの中での営み全体からもたらされたことを指して言うべきなのです。文教大学は、歴史の経過の中でこうした意味での「育て」が確実に醸成され、「歴史ある大学」としての成熟を歩み始めたことを強く確信しています。

ところで皆さんは「フンボルト」という名前を聞いたことがありますか?「フンボルトペンギン」「フンボルト海流」などはご存知ではないでしょうか。また、つい先日まで受験と格闘なさっていた皆さんですから、「新フンボルト入試」といった言葉も聞いたことがあるかもしれませんね。今あげたフンボルトは、二人のフンボルトの名前に由来しています。一人はヴィルヘルム・フォン・フンボルトで、もう一人はアレキサンダー・フォン・フンボルトです。フンボルト家はプロイセンの有力な貴族であり、政治家、外交官、官僚、学者を多く輩出した家系なのですが、この二人のフンボルトは、18世紀半ばから19世紀半ばに研究者として活躍した兄弟なのです。ちなみにこの時代の研究者は、二人のフンボルトのように、身分が高く教養がある貴顕紳士がほとんどで、現在のような研究における「専門家」である研究者が誕生するのはもう少し後のことです。
弟のアレキサンダーは、博物学者、探検家、自然科学者として知られています。彼は世界各地を探検し、様々な人と交わり、その成果を発表し、名声を高めました。中でも南北アメリカ大陸での実際の探検、調査には突出したものがあり、それらは地理学の古典的名著の「コスモス」にまとめられています。他にも多くの標本を残し、博物学の発展に大いに寄与しました。フンボルトペンギンやフンボルト海流は、この弟の研究から生じた果実です。
兄のヴィルヘルムは外交官で教育制度の改革者で研究者でした。彼は、最高の教育は自己の研究成果の披歴であるとする考え方のもとにベルリン大学を創設して、その理念は19世紀から20世紀にかけて世界各地の大学に大きな影響を与えました。フンボルト理念は、その後批判的ながらも継承され、その先に、現代の「新フンボルト入試」という言葉が残っているのです。彼の研究領域は言語学でした。サンスクリット語、ジャワ語、さらに日本語などの個別な言語研究と同時に、言語類型論の分野でも大きな成果を上げました。実は、兄は、弟とは対称的に、ベルリンの郊外にある豪邸の中にほとんどいながら、世界の多くの言語の研究をしていました。彼は、世界に散らばった宣教師、商人、外交官、探検家、研究仲間などからなる巨大なネットワークを構築し、そのネットワークからもたらされた情報を集めることによって研究を可能にしたのです。兄は部屋の中を出ることなく、弟の「実際の旅」に負けないほどの一人きりの「想像の旅」に出かけていたと言っていいでしょう。
二人の「旅」の仕方は確かに違います。しかしその旅の仕方は、どちらかが正しいとかどちらかが効果的であるとかどちらかが役に立つとか、そのような価値の側面から評価することはできません。どちらもその「旅」の経験とそれによって得たことを知性に変換したことこそ重要なのです。

「大学」とは多様性によって構成されている場です。いろいろな入試を入り口として多様な能力を持った人材が集まる場です。いくつもの学部・学科によって構成されている関係上、自らの所属以外においてでも、人にも学びにも触れることができる場です。また当然大学は「閉じた場」ではなく、地域、世界など多様な社会に開かれた場でもあります。さらに、先端の技術がそこにはあり、人間だけではなく機械などと対話できる場でもあります。この多様性の共生社会の中で生きることによって、様々なことを学ぶことができるのこそ大学生としての四年間だと言えるでしょう。

経験を知性に変換するということを考えたとき、私は夏目漱石の「三四郎」の、ある一場面を思い出します。三四郎は、熊本を離れ、大学に入るために上京する汽車の中で、面長の痩せた濃い髭を生やした男と乗り合わせました。浜松あたりで彼が三四郎に向かって話した場面に、「「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より…」でちょっと切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。「日本より頭の中のほうが広いでしょう」と言った」という描写があるのです。「頭の中」は時間と空間から、さらに現実世界から「自由」であり、最も「広い世界」ということでしょう。漱石は、この言葉を言われた三四郎に、「真実に熊本を出たような心持ちがした」と言わせています。三四郎のこの発言は、もちろん地理的な意味での移動のことを述べたものではありません。経験を知性へと変換することは、「頭の中」が「もっとも広い世界」であるということに象徴され、さらに三四郎の言葉から、その世界においては精神的な跳躍が行われることを感じ取ることができるでしょう。この精神的な跳躍に至ることこそ、一個における「育ち」と言っていいでしょう。

現代は、二人のフンボルトが「旅」をした時代よりも、「旅」の仕方が大きく変わっています。直接的な「旅」においては、その「時間」と「距離」を縮める手段は格段に進歩していますし、東西冷戦終了後の世界は、場所の限定からも解放されています。また情報の蓄積は彼らの時代より確実に積み重なっている上に、あらゆる情報と接触できるようになっています。そしてインターネット社会の実現によって、人や情報と交わるための手段も想像をはるかに超える次元で進歩しています。現代は、人との「交わり」はもとより、モノ、コト、情報との「交わり」の可能性が格段に広くなっていますし、今後の世界ではさらに予見すら届かない状況の到来も想像できます。しかし、「旅」のあり様がいくら変化しようとも、それを知性に変換することと、そのことによってもたらされる精神的な跳躍、即ち「育ち」はいつの時代も変化しません。
大学時代とは、一生において、ヒト、モノ、コト、情報との「交わり」を自由に、そして積極的に行うことが許される期間だと言えます。そして「交わり」の結果もたらされる知性を獲得し、限りない世界を体感する期間だと言えます。そして、大学入学に向かう三四郎のように、その先にある精神的な跳躍を行なう期間だと言えます。皆さんはこのことを深く胸にとどめ、大きく育ってください。「育ての、文教」を標榜する本学において、皆さんが「育つ」ことを保証します。皆さんが、桜に彩られた文教大学のキャンパスで、本日をもって大いなる「育ち」の「旅」を始められたことを心より歓迎し、これをもって、式辞といたします。

平成31年4月
学長 近藤研至

平成30年度卒業式式辞

本日晴れの日を迎えられた卒業生、修了生の皆さん、おめでとうございます。また、この日まで長きにわたって皆さんを支えてこられたご家族および関係者の皆さまにおかれましても、ここに深く敬意を表したく存じます。

本日迎えた「卒業・修了」というのは、皆さんの「これまで」の努力の結果であり、そこには大きな喜びがあることでしょう。皆さんの表情にはそれが溢れています。しかし、これは「本日」という点においては一つの側面でしかありません。「本日」には「これまで」という側面以外にも、「これから」という側面もあるからです。皆さんは古井由吉という作家を知っていますか?古井さんの最近の作品に「たなごころ」というものがあります。そこには、「ただ明日と言うだけでも、一身を超えた存続の念が含まれてはいないか。一身を超えていながら、我が身がそこに立ち会っているというような」という表現があります。80歳を超す、さまざまな経験をしてきた作家による、生きていることは、前後へのひろがりを現在の内に抱え込んでいるということを表わしたこの短い一節に、私は深い含蓄を感じます。「本日」は「これまで」と「これから」をあなた方の「内」に抱え込んでいる一日で、喜びだけでなく不安などの様々な感情が立ち上がる日だと思います。

最近経験した出来事を三つお話しします。
私は80歳を超す母と同居しています。ある日、こたつに入りいつもと同じように話に興じていた矢先、突然、彼女が「庭のフクジュソウが咲いた」と言いました。私にはその景色が見えず、「ん?」と反応したところ、「ほら、あそこ、フクジュソウが咲いとる」と再び言いました。私はやはり「ん?」と繰り返しました。「見えんのか!目は大丈夫か!」と強い語調で言われたのですが、これは想像通り、私の目のせいでは当然なく、私の座っている位置と母の座っている位置の違いによってもたらされた景色の異なりを表しています。
続いては、久々に会った友人と話した時の話です。最近、彼女の親が脳梗塞を患い、その結果、半身に麻痺が残ったと言います。そして彼女はそうした経験をしてから、社会には障害を持つ人がたくさんいるということを初めて知ったと言いました。私も同様の認識を父が脳梗塞を患ったときに抱いたことを思い出し、彼女の発言に同意しました。言うまでもなく、これは突然そうした方たちが増えたわけではなく、そうした経験をすることでそれまで見えなかった景色が見えるようになったという私たち側の問題です。
もう一つの話です。今年度は文教大学にとって、とても大きな話題がありました。それはお二人の卒業生によってもたらされた快挙です。春の芥川賞を高橋弘希さんが、秋の直木賞を真藤順丈さんが受賞されたのです。つい先日、直木賞の授賞式に参加させていただいたのですが、その授賞式で、真藤さんは、惰眠と果報待ちのそれまでのご自身の生活と心持ちを語りながら、受賞後にやってきた、「見え方」と心持ちの変化について表現力豊かに語りました。そしていくつかの報道機関では取り上げられたのですが、2月24日に行われる「沖縄の県民投票」について触れました。そしてどのような一票を入れるか入れないかの問題ではないし、どのような結果になるかの問題ではないが、それが行われる前と後とでは、県民もそれ以外も、そして政府も、必ず「見え方」が変わるはずである、ということを力強くおっしゃいました。

モーリス・メルロ=ポンティという哲学者が、『知覚の現象学1』という書物の序文で、「真の哲学とは、世界を見ることを学び直すことである」と力強く述べています。哲学的な行為は、思考の途上で問いに問いを重ねることであり、そこには決定的な解答はなく、ひたすらに問いと省察(せいさつ)とを繰り返す行為だとされます。こうしたことから「学び直す」ことは永遠に継続されると言えるでしょう。しかしこうした行為は哲学的な行為に限らず、そのまま私たちがその時々を生きることに一致します。私たちは問いかけと省察を繰り返し、世界を見ることを学び直す中で「生きる」のです。先に取り上げた三つの出来事は、母との話は位置によって、友人との話は経験によって、真藤さんのスピーチは時間(あるいは経験)によって、それまで見えなかった景色が突然開かれ、私にとって、世界の見え方が「学び直された」ことの経験だと言えるでしょう。
ただし、こうして立ち現れた景色は、唯一絶対な世界の姿なのではなく、自分にとっての見え方の一つであるという認識をもつことが大切です。私たちは成長していく中でいろいろな経験をし、その経験によりいろいろな見え方があることを知り、いくつかの見え方を根拠に、その時々を生きます。わかりやすい例を出すなら、例えば幼少のころ水と氷と水蒸気は別々のモノであると思っていました。しかし小学校に上がるとそれは「水」の状態であるという、すなわちコトであるということを知りました。さらに中学にあがって原子、分子などを知ることでそのコトやモノについての解像度が増したはずです。こうして「学び直された」わけですが、私たちはそのすべての「見え方」を「内」に抱いたまま、様々な事態に対面した時、それぞれの見え方の上に立って時々を生きています。冷たいオレンジジュースを飲みたいときは、水や水蒸気などではなく、ましてやH2Oなどでもなく、やはり「氷」というモノを入れてほしいのです。

私たちはその時々の景色を確信した上で進むか、それを疑いながら別の見え方を探して進むか、さらにはぼんやりとしたものをくっきりさせるために補助線を補いながら進むか。その時々に立ち現れた景色と、その時の自身の視座とをしっかりと検証しながら生きるのです。そこには必ず置かれた状況と自己自身についての、冷静な肯定が必要となります。あなた方が「喜び」を抱いている今、「明日」が古井さんが言うように一身を超えていても、今日に近しい「明日」である限り、これまでの経験から「内」にある「見え方」が通用します。しかし「明日」が今から離れるほど、それは不透明になります。4月からあなた方が進んでいく社会について、いろいろな方が「社会は厳しいよ」とわざわざ忠告をしてくれます。また、もう少し後にやってくる、AI時代、society5.0の社会などについても、繰り返し喧伝されます。経験なきこれからを、私たちはどう生きて行くのかということに不安感を覚えることもあるでしょう。それは今の時点からでは見る対象が不透明であるにもかかわらず、私たちは今までの視座を以て、見ようとしていることから生じているにすぎません。世界はどうなるかというよりも、「世界がどうなっても、その時自分はその時の見え方を信じてその時を生きる」と思ってほしいのです。今日までの経験、特に文教大学での暮らしにおけるあらゆる経験は、その時の「明日」の見え方を必ず保証してくれます。自信をもって胸を張ってください。

過日、卒業生の家族と遊んでいた時、4歳になったばかりの子どもが、「どーせ未来は腹の中」と突然言い出しました。「ぐでたま」というキャラクターが最近はやっているようで、そのキャラクターの言葉だそうです。私は心からどきりとし、4歳の子供に向かって、「そんなことないよ!」と、大人げなく、少し大きな声を出してしまいました。私の世代ではテレビで「あしたのジョー」というアニメが放映されていました。その主題曲は寺山修司が作詞しているのですが、「明日はきっと何かある 明日はどっちだ」と〆ます。不安があるでしょうが、「明日はきっと何かある」と信じることもまた、この不安を乗り越えていくための一助になると思います。明日の見え方を信じて、今を生きること。こうしてこれからの人生をお過ごしください。本日は誠におめでとうございます。

平成31年3月
学長 近藤研至

平成30年度入学式式辞

文教大学の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。文教大学は、皆さんを心から歓迎いたします。
また、ご列席の保護者、ご家族の皆様には、お子様の本日の門出を心よりお祝い申し上げます。私ども文教大学の教職員は、新入生の皆さんを迎えて、これからの皆さんの大学生活が充実し、満足がいくものになるよう全力で支えたいと思っています。

高校生の頃、私はまじめな受験生とはとても言えなくて、高校の授業の、周辺的なところばかりの記憶が残っています。そんな中、今でも心に深く残っていることの一場面に、お年を召した国語の先生が、三木清という哲学者のことについて静かに語ってくれた時のことがあります。昭和初期、日本が戦争に向かって進む状況の中、三木が「諸君のまず身につけなければならぬ武器は知性である。それが武器としては小さいものであるにしても、諸君の有する最小のものを放棄しないことが大切である」と述べたことを取り上げてくださいました。ファシズムが台頭するその時代における、このとても勇気ある態度と、そのとても重いことばは、今でも私の心に深く沈んでいます。

その後、予備校で、私は再び三木に出会いました。教養ということに関して述べた小文で、国語の問題としてはちょうどいい長さのものでした。私はその内容に興味を持ち、帰りに名古屋の書店で三木の本を求めました。本日の式辞のために、三木の著作を久しぶりに読み返したところ、「教養と時代感覚」という小文がそれにあたるのじゃないかと思いました。その中で三木は、「時代の有する教養の観念はその時代の有する人間の観念をあらわし、人間の観念の変化するに応じて、何が教養と考えられるかも変化する」と言います。つまり、それぞれの時代の教養の内容は、その時代に生きる人間の「時代感覚」によって決定されると言うのです。しかし「時代感覚は感覚の性質上新しいものに向かうのが常である」ために、「時代感覚にのみ頼ろうとする教養は単に流行を追うという結果に陥る危険を含んでいる」と指摘します。そして三木は一呼吸置いた後、「新しいものに傾く時代感覚に真に進歩的な意義を負わせなければならぬ。そこにこそ真の教養が生ずる」と強く主張するのです。そして「古典も時代感覚に基づいて新たに理解されることによって真の教養となり得るのである」とも言います。まず三木は教養の内容を、今・未来・過去に振り分けます。その上で、自らが「今いる」ということを基軸にして、それぞれを知ることこそ「真の教養」であると言うのです。そうした意味で、教養とは、教養側にその意味の本質があるのではなく、「今」を生きる私たちそれぞれが教養を主体的に捕捉することにこそ意味があり、それが私たちの義務であると言っているのではないでしょうか。

皆さんは、今まで、「こんなことを学んでも役に立たない」などと思ったことはありませんか?しかし「役に立つ」かどうかの価値判断は、その時になってみないとわからないでしょうし、そもそも役に立つかどうかという価値基準自体、絶対的なものではありません。特に第四次産業革命がやってくると言われる「変化が激しいこれからの社会」を生きる限り、現在の「役に立つ―役に立たない」という価値基準は、将来的な「役に立つ-役に立たない」の価値基準と連続しているかどうかすら不明なことです。三木の主張はこうしたことに対して、一つの解答を与えてくれている気がします。三木はこの小文の終わりあたりで、「教養とは単にものを知ることなのではなく、自己の人間を形成することである」とし、「教養と言われるものは、人間を真に人間らしくし、人間性を完成するに必要な普遍的知識である」と強く主張します。このことばこそ、私が高校の時に心にとどめた「知性こそ武器である」ということにつながっているのではないでしょうか。

「大学」とは多様性によって構成されている場です。いろいろな入試を入り口として多様な能力を持った人材が集まる場です。いくつもの学部・学科によって構成されている関係上、自らの所属以外においてでも、人にも学びにも触れることができる場です。また当然大学は「閉じた場」ではなく、地域、世界など多様な社会に開かれた場でもあります。さらに、先端の技術がそこにはあり、人間だけではなく機械などと対話できる場でもあります。この多様性の共生社会の中で生きることによって、様々なことを学ぶことができるのこそ大学生としての四年間だと言えるでしょう。

昨今、「学習成果」を表す「ラーニングアウトカム」という言葉を頻繁に聞きます。大学は入るのが目的ではなく、出た後、「何を学び、何ができるようになったのか」が重要であるということです。大学が、学生一人ひとりの人生において、どのような「成果」を保証する「場」としてなければならないのか。こうした場の設計が大学に強く要求される一方、学生たちにとっても、この4年間で「何を学び、何ができるようになったのか」を自身に問い続けなければならないことになります。成果を意識した前進は、今この時代に生きる私たちにとって必要であることは否定しませんし、そうした価値観を持ち続けることは夢の実現をもたらすことにつながるかもしれません。しかし、大学が、成果主義に基づいたそんな機能的な側面のみを持った場であり、さらにそこに学ぶ学生たちが、そうした価値の下にのみ生きることには、私は強い違和感を覚えます。それよりも、大学が本来持つ多様性の中で、今を生きることそのものに、大きな意味を見出すべきだと信じます。大学はそうした多様性が共生する場である限り、皆さんにとって必ずどこかに居場所があるはずです。そこにおいて、真に人間らしく生きるために、「知性こそ武器である」という信念のもと、しなやかに伸びやかに学んでほしいのです。幸福とは多様な価値観の果実であり、こうした多様性の中で知性を持って生きることの先にこそ、必ずたどり着ける形があるはずなのです。

文教大学の建学の精神は、「人間性の絶対的尊厳と、その無限の発展性とを確信し、すべての人間を信じ、尊重し、あたたかく慈しみ、優しく思いやり、育むことである」という「人間愛」です。少しまとめれば、あらゆる人を尊重し、あらゆる人を思いやる心を大切にせよということでしょう。相手の立場に立ち、相手を思いやり、そして相手とともに歩む。あらゆる多様性が横たわる現実の共生社会において、また、サイバー空間と現実空間とが交差し共生する超スマート社会において、私たち人間が「生きる」ためにも、この「人間愛の精神」は普遍的かつもっとも重要な姿勢であると確信します。

本学は「育ての、文教」というアピールを掲げています。これは多様性を肯定した上で、そうした社会に生きるための力である「人間愛の精神」をもった人材を、大学が「人間愛の精神」をもって育てに当たるという姿勢を表したものです。また、本学が、人を、時代を、社会を、文化を、育てることに積極的にかかわっていくという姿勢を表したものでもあります。このように、「「育て」の底に人間愛の精神が横たわる」という確信と、それに基づいた育ての実践こそ、本学が広く社会から大きな信頼を得てきた理由でありますし、これからの時代において変わることなく、この姿勢を毅然と取り、育てに邁進していきます。学生たちが生きていくこれからのために、学生たちが安心して主体的に学べ、安心して生活できる場の構築こそ、本学が担う責務なのです。

皆さんにとって文教大学のキャンパスは、未来に向かって開かれており、これからの人生にとって大きな一歩を本日踏み出したことを心より歓迎し、これをもって、式辞といたします。

平成30年4月
学長 近藤研至

平成29年度卒業式式辞

本日晴れの日を迎えられた卒業生、修了生の皆さん、おめでとうございます。また、この日まで長きにわたって皆さんを支えてこられたご家族および関係者の皆さまに対しても、ここに深く敬意を表したく存じます。

さて、卒業式を迎えた本日、皆さんに一つお願いしたいことがあります。それは、ぜひ、入学をした頃のことを振り返ってほしいということです。いろいろな思いを胸にしながら、未来に出会うであろう自分と世界の姿を想像し、初めて立ったキャンパス。その時から密度の濃い数年間を過ごされました。あの時抱いていた思いと、今皆さんにある、これから歩んでいこうとしている決意とは、どうつながっているでしょうか?今日はそれを考えてほしいのです。

皆さんはヴィクトール・フランクルによる『夜と霧』という本を読んだことがありますか?私は高校生の時、ある人から「この中にはとてもすごいことが書いてあるよ」と言われ、読みました。そしてその後何度か読み返しました。本日のようなおめでたい席上では少し重すぎるかもしれませんが、私が皆さんに申し上げたいことの多くがこの本の中に凝縮されていると考えるので、内容についてお話をさせていただきます。

第二次世界大戦の折、フランクルはユダヤ人であるために強制収容所に収監されました。そこでの過酷な体験の中で、自分も含む、収監された多くの人々は、刻々、精神的な変化をきたしていきます。強制収容所において、あらゆる権利や自由を剥奪されていく日々の積み重ねの中で、フランクルは「「生きていることにもう何も期待が持てない」こんな言葉に対して、一体どう答えたらいいんだろう。」と思い、生きることの意味について問い続けます。そのような過酷な体験の中ででも、燃えるような天空の景色や山並みなどの美しさに見とれ、だれかが叫んだ「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」ということばに共感します。また、歌を歌ったり、詩を朗読したり、収容所生活を皮肉ったギャグなどを披露したりする、即席の演芸会を催したりもします。また、毎日ひとつは笑い話を作ることを義務とするなど、ユーモアへの意志を持とうともします。そうした体験を通じて、彼の思弁が到達したところは、「人間の内面は外的な運命よりも強靭だ」ということでした。この一文に出会ったとき、私は震えました。そしてこのことばは、以後、私の生きていく指針の一つとなりました。
そしてフランクルは、「もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、私たち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。私たちはその問いに答えを迫られている。考えこんだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない」と言います。フランクルの指摘は、生きるということの意味について一般論で語ることも答えることもできず、それは常に具体的な状況で要請され、具体的な文脈を持って考えられ、具体的に行動することであるということであり、それは「その答えは、具体的な状況にすでに用意されているのだ」という主張に結実します。

当然のことながら、フランクルのような特異な環境は、戦争を知らない今ここにいる私たちは経験がありませんし、今後もないことを強く願います。しかし私たちは自らにおいてコントロールできない状況、たとえば、東日本大震災のような大きな災害に遭うとか、生まれついての身体的な事情とか、突然病気に罹患するなどのような大きな事柄から、電車に乗って移動している最中、仕送り前やバイト代が入る前の金銭的状況などのほんの小さな事柄までの、そうした状況に常にとらわれています。そのようなコントロールできない状況において、私たちは具体的に生きているわけで、そう考えれば私たちの日常も、フランクルの経験ほどの特殊性はないにしても、さほど変わらないのではないでしょうか。そうすれば、その状況、運命を「引き受けよ」というフランクルの態度を、私たちは日常における身近なものとして実感できるのではないでしょうか。

フランクルはその後自身の予測不可能な運命を嘆くのではなく、収容所に収監されている人々の精神的なケアを日々行うことに自分の「生きる」を見出します。彼はあるとき、「わたしたちが経験したことだけでなく、私たちがなしたことも、私たちが苦しんだことも、すべてはいつでも現実の中へと救い上げられている」と言います。私は、このフランクルのことばの中に、人間の「知」(知恵や知性という場合の「知」)を見るのです。私たちは、それぞれのすべての経験は私たちにとっての「知」として定着させることで、その「知」をもってこそ、今、ここにおいて私は「生きる」ことができるのだと。「知」とは、「何かを命題として知っている」だけではなく、それが「現実」において活性化され、それぞれが生きることを支えるという点において重要だと私は考えます。

フランクルは、途中、ニーチェの有名な箴言を引きます。「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える」と。このことばが「意味」するところをフランクルは、自身の体験の中で生きた「知」として理解するのです。私は、すべての「今」を引き受けたときに、そこにこそ人間が人間として絶対的に自由であることが保証されると考えます。「すでに用意されている具体的状況」に正対し、「知」をもって思弁し、人間の内面は外的な運命より強靭であることを感得した時、私たちは人間として自由であることができるのではないでしょうか。

私は、本日、最初に、入学時での皆さんの思いと、今の決意とのつながりについて考えてほしいと述べました。これは皆さんが文教大学においてこの数年間を生きてきたこと、そのものを認識してほしいということを伝えたかったのです。そしてそこに変化があったとしても、それは皆さんが日々生きてきたことの結果であり、それぞれの時々において活性化された「知」によって判断された、フランクルの言うところの「正しい答え」の姿であるということを言いたかったのです。「今」現在の皆さんは、文教大学での数年間の充実した、学問を通じての、あるいは日々の生活を通じての、すべての「学び」から形成された「知」をもって生きてきた、その姿であるということなのです。そして私は、皆さんに、これからもそれぞれの「今」を引き受け、「知」をもってそれぞれの「今」を生きていってほしいということを伝えたかったのです。

実は私も皆さんと同じように、今から35年前に、文教大学の卒業式に出ていました。そこで、当時の学長だった小尾乕雄先生がおりしも、「生きろ」と力強くおっしゃいました。このことはいまだに当時の仲間たちと会うと出てくる話です。この一言を30年以上かみしめていましたが、私もまた、本日、小尾先生と同じく、ただし、同じ意味であるとは限りませんが、皆さんに「生きろ」という一言をお伝えすることをもって、私の式辞といたします。本日はまことにおめでとうございます。

平成30年3月
学長 近藤研至

平成29年度入学式式辞

文教大学の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。文教大学は、皆さんを心から歓迎いたします。
また、ご列席の保護者、ご家族の皆様には、お子様の本日の門出を心よりお祝い申し上げます。私ども教職員は、新入生の皆さんを迎えて、これからの皆さんの大学生活が充実し、満足がいくものになるよう全力で支えたいと思っています。

実は私には、皆さんと二つの共通点があります。一つ目の共通点は、今から37年前、私も皆さん同様、大いなる夢を抱いて、文教大学の入学式の会場に座っていた一人だということです。もう一つの共通点は、私はこの4月から学長になったばかりで、ある意味、新入生だという点です。学長の任期は4年です。つまり、皆さんと同様、本日が4年間の始まりです。そして皆さん同様、本日、この場において、大いに緊張をしているという点においても共通しています。

皆さんはヴィクトール・フランクルによる『夜と霧』という本を読んだことがありますか?私は高校生の時、ある人から「この中にはとてもすごいことが書いてあるよ」と言われ、読みました。この本は、フランクルが第二次大戦の強制収容所での過酷な環境を経験した結果、「生きる目的を持つこと」が生き残る唯一の道であると考えるに至ったことが書かれています。私は最初の読書において、書かれている出来事に注目するばかりで、表面的な読みしかできませんでした。しかし、その後の人生の中で数度読んだ結果、この本が私に訴えていることは、「運命に毅然とした態度を取り、どんな状況でも一瞬一瞬を大切にすること。それが生きがいを見出す力になる。幸福を感じ取る力を持てるかどうかは、運命への向き合い方で決まる。」という箇所にこそあると感じるようになりました。ここにある態度を「肯定する態度」とするならば、「肯定する態度」とは「自分自身と向き合う」ということになるでしょう。自分自身と向き合うことこそ「生きること」そのものなのではないでしょうか。私は、そう考え、フランクルの思想を次のように自分のものとしました。「与えられた運命を引き受け、そのもとでこそ成長が生まれる」。あまりに簡潔なこの結論はもしかすると間違った解釈なのかもしれませんが、私が高校以来生きていく上で、大きな支えとなってきた思考の枠組みであることは確かなのです。フランクルの経験には到底及びませんが、私はこれまでの人生において、こうした「肯定する態度」を自覚することで、人間的な成長をしてきたと確信しています。

今、この入学式に集っている皆さんは、それぞれ歩んでいらっしゃった歴史の中で形成された、それぞれの感情を抱えて、ここに座っていることでしょう。伸びやかに誇らしくいる方も、第一志望とは違って入学したので少し曇った気持ちでいる方も、この先を思い非常に不安な気持ちでいる方も、強いまなざしをもって大いなる希望を持っている方もいるでしょう。そうしたそれぞれが抱いているその気持ちと状況とを引き受けることからのみ、その後の成長があると考えてほしいのです。

ところで、「肯定する態度」は、単に状況を肯定するだけでは「生きる」ということにはつながりません。「知」がそこになければならないということです。「知」こそ、この先生きていく上であなた方を救ってくれる唯一の事柄だと言えるでしょう。ただし、ここでいう「知」とは、皆さんがイメージするような、教養とか学力とかとは違った話です。アルフレッド・コージブスキーというポーランド人の学者の有名な言葉に、「地図は現地ではない」というものがあります。確かに「地図」は「地図」であって、「現地」そのものではないのですが、しかし「地図」と「現地」とがあり、人間にとってそれらは補完しあう関係であることも確かなのです。私たちは、この二つの存在を知り、この二つの区別を前提に様々な経験に対応しています。先に述べた経験と「知」との関係もこれと同じです。人は日々刻々と様々な経験をします。人との関係、事柄との関係、場所との関係、時間との関係において、様々な経験をします。そうした関係における経験を、経験したという「出来事」として処理するだけでは人は成長しません。経験を「知」に変換できた時、あなた方はその先の「生きる」ということに向かっていけるはずです。ここからの4年間は、多くの経験をし、その経験を肯定し、そしてその経験を「知」に変換する4年間にしてください。「知」への変換こそ、その後の「生きる」を保証してくれることなのです。大学時代とはそれを身につける期間で、皆さんにとって、単なる年表上の4年間ではありません。経験すること、さらにそれを「知」に変換すること。これを積極的に行っていってください。

ところで、皆さんは本学の建学の精神をご存知でしょうか?本学の建学の精神は「人間の絶対的尊厳と、その無限の発展性とを確信し、すべての人間を信じ、尊重し、あたたかく慈しみ、優しく思いやり、はぐくむことである」という「人間愛」です。少しまとめれば、人が人を思いやる心を大切にせよということでしょうか。相手の立場に立ち、相手を思いやり、そして相手とともに歩む。これは先に述べた「肯定する態度」と連続しています。私は先に、自らが置かれている状況と自らを肯定せよと述べたのですが、「人間愛」は、その状況に関与するあらゆる他者を肯定せよと言っています。他者肯定の態度に裏打ちされた実践は「献身」であり、「献身」こそ、「人間愛」の実践と言えるでしょう。皆さんの4年間には、正対する「相手」がたくさんいることでしょう。「相手」とは、人であったり、出来事であったり、場所であったりなど、いろいろとあるでしょう。そしてその「相手」と正対する状況もいろいろでしょう。そうしたさまざまな正対において、「他者肯定」と「献身」を実践していってください。文教大学が広く社会から信頼されていることは、さまざまな専門性を身につけた人材を輩出してきたことが大きいでしょう。しかし、そうした側面だけではなく、その背後にある、この「他者肯定」の精神を有し「献身」の実践ができる人材の育成こそ、本学が広く社会から大きな信頼を得てきた理由であると言えるでしょう。これからの社会においては、さまざまな課題について協働しながら主体的に取り組んでいかなければならず、今まで以上に人間愛の精神を有した人材が必要とされることでしょう。本学はこうした精神を有した人材の育成を、教職員一丸となって行っているという自負があります。

私は、今、自らと自らの置かれている状況を肯定する態度と、他者を肯定する態度の必要性を述べました。そしてさらにさまざまな経験の「知」への変換と「献身」の必要性について述べました。こうしたことを述べたのは、これらの態度とこれらの実践の先にこそ、皆さんの自己実現の姿があるはずだと確信しているからです。しかしこうした確信は、皆さんへの要求をしているだけではなく、当然ながら、その実現に大学はどのように関われるのかということを、文教大学は50年の歩みの中で常に考えてきたのです。学生たち一人ひとりと向かい合い、その一人ひとりの自己実現にどのように関われるのか?皆さんを新入生として「受け入れる」ということは、大学にとっても重い責務を自覚することなのです。文教大学はこれまでずっとそうした視座のもと、学生たちの人間的成長を、そして自己実現を全力で支援してきましたし、これからも支援し続けます。その結果こそが、多くの卒業生が文教大学に抱いている「ホーム」意識の醸成につながっていると言えるのではないでしょうか。

皆さんが、桜に彩られた文教大学のキャンパスで、これからの人生の一歩を踏み出したことを心より歓迎し、これをもって、式辞といたします。

平成29年4月
学長 近藤研至

平成28年度卒業式式辞

皆さん、ご卒業おめでとうございます。また、大学院の皆様、教育専攻科、外国人留学生別科の皆様には修了おめでとうございます。
ご家族の皆様におかれましては、本日お子様が実社会への晴れの門出を迎えられ、心よりお祝い申し上げます。

今日卒業される皆さんの将来は、前途洋々たるものです。折々に、卒業生が集まる会合で皆さんの先輩たちに会う機会がありました。活躍の分野はそれぞれですが、卒業生はおしなべて、自信に満ち、話す中身に重みがありました。そのときの卒業生のイメージと、今日卒業の皆さんのイメージが重なる思いがします。ぜひ、これらの先輩を追って、皆さんも実社会で活躍する一角の人間になってほしいと思います。

実社会に出て、大学で培われた専門性を生かすことは大事です。同時に、これも大学で培われたものですが、人間性や社会性を生かすことも大事だと思います。端的に言うと、他者との関係性を築くこと、もっと端的に言うと、人と温かい会話・対話できることが大事だと思います。

文教大学の建学の精神が「人間愛」であることを思い出してください。卒業しても大学のホームページをたまには覗いてほしいと思いますが、そこにもあるように、人間愛とは「人間性の絶対的尊厳と、その無限の発展性とを確信し、すべての人間を信じ、尊重し、あたたかく慈しみ、優しく思いやり、育むことである。」ということです。少々わかりづらいかもしれません。私は、こう思っています。私たちそれぞれが「人間愛」という言葉から感じるもの、たとえばある人は「思いやり」、ある人は「人のぬくもり」、またある人は「受容」だと感じ、あるいは、ある人は自らの行動に引き付けて「小さな勇気」だと受け止めるかもしれません。その考えを大事にしてもらえればいいと思います。

人は、他者を支え、また他者に支えられるものだと思います。「人」という字の形がそれを表しています。人は一人では生きられません。ですから、人が他者とコミュニケーションをとれる、よい人間関係をつくれるということは、生きるために、人間的に生きるために、きわめて大切であると思うのです。

私たちが最も避けたいのは、「一人ぼっち」になること、人を一人ぼっちにさせることです。たとえば、天気がいいし、爽やかな気分で気持ちいい、ということをだれかに伝えたいとか、スマホで撮った気に入った写真をだれかに見せたい、とか、きょう手にした卒業証書を誰かに見せたいという気持ちは、誰しもあるでしょう。「一人ぼっち」だとそれができない。「一人ぼっち」の対極にあるのが、人間的なふれあい、思いやり、つまり「人間愛」だと思うのです。

アメリカの政治学者ロバート・パットナムは、アメリカのコミュニティを分析して『孤独なボウリング』(“Bowling Alone”)という本を著しました。ご存知のようにボウリングは、何人かの仲間で出かけ、わいわい話をしながらゲームを楽しむことが多いのですが、今のアメリカではボウリング場に一人で行って黙々とボールをレーンに転がしている姿が目立ってきている、というのです。本のタイトルの『孤独なボウリング』は、アメリカ社会で人間関係が希薄化しつつあることを象徴的に示すものですが、状況は日本社会でも、程度の差はあれ、同じだと思います。

日本の劇作家・山崎正和氏は、社会で尊重されるべき人間関係の型として「社交」の大切さを説いています。山崎氏はこのように言います。「社交的な人はしらけない人であって、自分のものではないさまざまな感情の物語に『つきあう』ことのできる人である」。職場組織や地域で、他者の感情を汲み取りつつ、適度の距離感をもって、温かい人間関係を保つ能力がいっそう求められているように、私は思います。

アメリカの社会学者、マーク・グラノヴェッターは、『弱い結びつきの強さ』(“The Strength of Weak Ties”)という論文を書いていて、いま注目されています。「ウィーク」は「弱い」、「タイ」は「つながり・結びつき」という意味です。ウィーク・タイの反対は「ストロング・タイ」です。さしあたり家族や親友は、「ストロング・タイ」です。人はこのストロング・タイのみに頼って生きているわけではありません。それだけでは、いつか人間のもろさが露呈してしまいます。人はさまざまな機会に、さまざまな人と出会い、その関係を大切にしながら人は豊かに成長していくものです。ウィーク・タイの大切さに目を向け、それを創り出す力が今求められています。

皆さんは、文教大学のキャンパスで先輩・同輩・後輩、あるいは教職員との関わりの中で、温かい人間関係をつくる実践をずっと続けてこられました。今後は、身近な人間関係から始まって、地域社会、さらに国際社会に向けて、関わりを広げていってほしいと思います。

さいごに、文教大学は、皆さんの出身大学として、末永く皆さんの心のふるさと、心の支えとなりたいと思っています。また皆さんには、文教大学OB・OGとして大学の発展、そして、あとに続く後輩のがんばりを温かく見守っていただきたいと願っています。

これをもって学長式辞といたします。

平成29年3月
学長 野島正也

平成28年度入学式式辞

今日、東京地方はすっかり晴れました。このようなすばらしい天候のなかで本式典を挙行でき、たいへんうれしく思います。

文教大学の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。文教大学は、皆さんを心から歓迎します。また、ご列席の保護者・ご家族の皆様には、お子様の今日の門出を心よりお祝い申し上げます。
今回の入学試験では、多くの方々が文教大学を志願してくださいました。社会状況が依然厳しい中、私たちの大学を選んでくださったことに感謝しております。
本日出席の皆さんは、文教大学の7つの学部、5つの大学院研究科、教育専攻科、外国人留学生別科の新入生、編入生、合わせて約2200名です。なお、この中にはドイツ、中国、韓国、ベトナムからの交換留学生13名が含まれています。
私ども教職員は、新入生の皆さんを迎えて、これからの皆さんの大学生活が充実し、満足がいくものになるよう全力で支えたいと思っています。

文教大学は、昭和41年(1966年)に設立された立正女子大学を起源とし、そこから数えて、今年、創立50周年を迎えます。皆さんはちょうど、本学の記念すべき区切りの年の入学となります。これを機に、私たち教職員は、新たな気持ちで、次の50年に向けて皆さんと共に一歩を踏み出したいと思っています。
大学が開設された当時、キャンパスは越谷校舎の1学部のみで、学生数はわずか71名でした。その後、湘南校舎を開設し、現在、両校舎全体で約8700名の在学生・院生を擁する総合大学に発展することができました。またこの半世紀で、約6万人の卒業生が社会に巣立ち、現在、さまざまな業界・分野で活躍しています。

この間、文教大学が強みとして培ってきたものは何であったか。改めて考えてみると、大きく2つのことを挙げることができます。一つは、「教育力の文教」として評価を得てきた、授業やゼミでの教育力の高さです。大学の教育力の根幹は、端的にいえば「授業」にあります。先生方は学生の皆さんに満足してもらえるよう、専門研究の成果を授業に取り込み、授業の方法についても工夫を重ねています。皆さんは、講義や演習・実習に積極的に参加して、わからなければ先生にどんどん質問をするとよいでしょう。「授業」というのは、学生の皆さんと先生が一緒になって創るものです。どちらかが気を抜けば、それだけ教える力も学ぶ力も弱まってしまいます。「よい授業」とはそうしたお互いの緊張関係の上に成り立っています。

強みのもう1つは、「にぎわいのあるキャンパス」「語らいのキャンパス」です。ある学生と話をしていたとき、彼はこんなことを言うのです。「授業のないときも大学に行きます。行けば友だちや知り合いに必ず会うし、だいいち楽しいから」。こうした学生のつくるキャンパスの雰囲気こそが文教大学の「顔」だと私は思うのです。学生同士や学生と教職員が語らいを通して豊かな人間関係を広げています。創立以来、こうした特長が文教大学の校風として着実に育っていることを感じます。今日からは皆さんも越谷と湘南で「語らいのキャンパス」づくりに参加し、サークル活動・部活動、各種のイベント、昼休みなどで、うちとけてなごやかに会話を楽しんでください。

創立50周年は、いま述べましたように、文教大学の強みを改めて確認し、継承発展する機会でありますが、同時に新たに発展の軸を設定するよい機会でもあります。この発展の軸は、一言でいえば「グローバル化の推進」ということができます。英語等によるコミュニケーション能力を高め、異文化の理解を進め、グローバルな視点で物事を考えられる人材を育てるのが目標です。
本学は、これまでも海外での体験研修や留学に力を入れてきました。昨年度は、約400名の学生が長期・短期の海外研修・留学で世界に飛び立ちました。本学の海外協定校はアメリカ、ドイツ、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、タイ、ベトナム、マレーシア、モンゴルにあり、その数は着々と増え続けています。皆さんには、在学中に一度は日本を離れ、文化の異なる社会を実感することをお勧めします。ともあれ、これからは全学を挙げて、皆さんが国際社会に通用するセンスや教養を身に付けられるように、皆さんを支援します。

大学での勉強では、講義や演習など教室での勉強は大事ですが、加えて、その知識を、キャンパス内外の様々な体験に結びつけ、実践的な知見にまで高める活動も大事です。いまや世界有数の企業になった本田技研工業の創業者・本田宗一郎氏は、生涯、チャレンジ精神を貫いた人ですが、彼はこのように言っています。「人生は見たり、聞いたり、試したりの3つの知恵でまとまっているが、そのなかで一番大切なのは試したり、であると僕は思う。」 在学中に経験するボランティア活動等の地域活動、インターンシップの活動、目的をもった体験旅行、そして意図が明確なアルバイトの活動もまた、実体験を通して知見を高めるよい機会となるでしょう。

さて、人がコップに半分の水が入っているのを見たとき、「まだ半分ある」と感じる人もいれば、「もう半分しかない」と感じる人もいます。大学は、学部の課程で言えば修学期間は4年間です。そこで、入学してから実社会に出るまでに「まだ4年もある」と思うのはいささか楽観的に過ぎるように思います。これからそれぞれの専門を系統的に学び、体験を通してそれらを血肉化する期間としては、「もう4年しかない」と考えるのが適当ではないでしょうか。
「時間予算」(タイム・バジェット)という言葉があります。例えばお金がそうですが、目論見をもって計画的に使わないと、いつの間にかなくなってしまいます。時間も同じことです。だらだらと使っていると、いつの間にかなくなっています。
皆さんは何かやりたいことが見つかったとき、「でも、時間がないから」といってかんたんにあきらめてしまうことはないでしょうか。じつは、それは時間がないのではなく、やる気が足りない、やる知恵が足りないということかもしれません。ほんとうにやりたいのであれば、人はかならずや時間を工面し創り出すものです。多くの学生にとって、文教大学での生活が、小学校以来長く続いた学校生活の最後のステージとなります。卒業までの約3万5000時間、1時間たりとも無駄にしたくはないですね。
皆さんが文教大学を卒業あるいは修了し社会人として巣立っていくときには、自分は何をやりたい人間なのか、何に向いているのか、どんな価値を大切にしている人間なのか、自分は地域や社会に対しどのような貢献ができるか、などについて、願わくば、しっかり答えを出せるようになってほしいと思います。
このかけがえのない勉学の期間、皆さんに選んでいただいた文教大学は、皆さんの勉学・人間的成長を全力で支援します。また文教大学は、その実績を糧にしてこれからの半世紀も発展を続け、皆さんの「第2の故郷」として、皆さんの生涯を通じて心の支えになれるように努力いたします。

皆さんが、文教大学で学生生活の第一歩を踏み出したことを心より歓迎し、これをもって、式辞といたします。

平成28年4月
学長 野島正也